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第十二話 転機

 現在、俺たちはミズガルズにある街、『ビフレスト』を訪れていた。

 アースガルズがヨトゥンヘイムを統治したというニュースはミズガルズにも伝わっており、街の人々の間でもその話題で持ちきりだった。

 その内容の多くはアースガルズがこれからさらに勢力を拡大したことで、ミズガルズにまで進行してくるのではないかというものだった。


 これは俺たちがギムレーから出た後の話なのだが、ミズガルズは無断で領土に侵入してギムレーを襲ったアースガルズへ抗議し、現在はアースガルズと険悪な状態になっているのだという。

 アースガルズがヨトゥンヘイムの方へ意識を向けていることもあり、本格的な戦闘行為が怒っているわけではないが、お互いに睨み合いの状態が続いており、いつ戦争が起こってもおかしくないらしい。

 ここビフレストも、以前に比べて街の中で軍の兵士を見かける頻度が増えたように思える。


「なんだか物騒な世の中になってきましたね……」


 眉を八の字にしてアイが言うと、レンが悲しげに微笑んだ。


「そのきっかけってきっと僕のせいなんだろうね……」

「元々アースガルズとは隣国としての利害関係で繋がっていただけだ。あの一件がなくても、いつかはこうなっていたさ」


 ミズガルズはアースガルズと一応同盟こそ結んではいるものの、その実態はアースガルズがその強大な国力でミズガルズを脅して無理やり言うことを聞かせているだけに過ぎない。


 ビフレストにしても、アースガルズとの中継地点として繁栄こそしているものの、関税の問題に政府は頭を悩ませていた。

 アースガルズからミズガルズへ輸入される製品には関税が殆ど掛からないのに対し、ミズガルズからアースガルズへ輸出する製品には高い関税が掛けられているのだ。

 そのせいで、アースガルズで作られた製品ばかりが街に溢れ、ミズガルズの生産者たちからは不満が続出している。


 そういった事例のように、ミズガルズにとって不利な条件をアースガルズ側の圧力で無理やり呑まされているということは今や周知の事実だ。

 そして今回の侵略行為でミズガルズも我慢の限界に達したのだろう。


 問題はアースガルズと正面から戦って勝算があるのかということだ。

 俺たちの故郷を襲ったことに抗議をしてくれたことには感謝しているが、そのせいでミズガルズという国自体がヨトゥンヘイムと同じ道を辿ってしまえば元も子もない。

 この国はヨトゥンヘイムと違って市民が国に不満を持っているわけではない。

 アースガルズに支配されても誰も喜ばないだろう。


「ロキは本気で世界の支配者になるつもりなのかな?」


 世界の支配者。

 それは以前にギムレーでフリュムが俺たちに言った言葉だ。

 ロキの最終的な目的は世界の支配者になることなのだろうか。

 フィーアの問いに俺は首を振る。


「さあ、どうだろう。いずれにしても、ロキのやり方は決して肯定されるべきものじゃないのは確かだ」


 ロキが支配者になれば生きにくい世の中になりそうだ。

 当初、俺たちは故郷である村の復讐のためにロキを追っていた。

 だけど、今は別の目的が生まれている。

 ロキの野望を阻止する。

 これまでの出来事を通して、それが俺たちの新たな目的になっていた。


「そのためにもまずはロキ軍に対抗できるだけの力が必要だ。今の俺たちじゃあまだ奴らに対抗するだけの力が足りない」


 思い出すのはスカジとヴァーリの存在だ。

 ロキ軍にあの二人のような高レベルの人材がまだ何人もいるとすればそれは脅威だ。

 今の俺たちはあの二人にさえ勝てるかどうか分からないというのに。


「まずは9つの秘宝を集め終え、戦力を整えた方が良いのではないでしょうか?」

「だけどアースガルズの脅威はすぐそこまで迫っている。あまり時間は残っていないんじゃないかな?」

「一緒にアースガルズと戦う仲間を集めるか?」

「私はしばらくヤンヴィルド迷宮で経験値稼ぎを続けるのが良いと思うけど」


 みんなから口々に意見が飛び交う。


「ユージ、どう思う?」


 そしてカイがギルドのリーダーである俺に最終判断を仰いだ。

 俺は迷っていた。

 何が正解なのか。

 それは全てが終わってみないと分からない。

 それらの意見はどれも正しいように聞こえるが、俺はその中から一つを選ばなくてはならない。


「……俺は――」


 俺はそれを口にしようとする。


「――はたして、本当にその決断は正しいかのう?」


 その声に俺は驚く。

 いつの間にか俺の隣に老人が立っていた。


「お主にとって有益な情報がまだ残っとる。決断するのはそれを聞いてからでも遅くはない。そう思わんか?」


 老人はにやりと笑う。

 白くなった口髭が僅かに動いた。


「あの、失礼ですが、どちら様ですか?」

「ワシの名はフォルセティ。お主も名前くらいは聞いたことないかの?」

「フォ、フォルセティって、ミズガルズの頭脳とまで言われるあのフォルセティさんですかっ?」


 その名前は俺も村にいたときに聞いたことがある。

 フォルセティさんといえばミズガルズの頭脳と呼ばれ、ミズガルズ政府の参謀兼ご意見番として活躍している大物だ。

 その見た目と経歴に反して意外に行動的で、自ら現場に出ることも多いという。

 そんな人物がどうしてこんな場所にいるのだろう。


「左様。若いのに世情もしっかり把握しているようじゃの。関心関心」

「そ、それより、どうしてあなたがここに?」

「ワシだってここの市民じゃからな。街で買い物くらいしてもおかしくないじゃろ?」


 そう言われると一理あるような気もするが、街の中を政府の重要人物が一人でうろつくのは不用心ではないだろうか。

 俺が怪訝な顔を浮かべていると、そこでフォルセティさんは再び不敵な微笑を浮かべて言った。


「しかし、お主たちの前に現れたのは決して偶然ではない」

「え?」

「お主たちの噂は聞いておるよ。アルフヘイムでのドラゴン退治では大活躍だったそうじゃな」

「よく知っておられますね?」


 フォルセティさんがその出来事を知っているという事実に俺は驚く。


「ミズガルズとアルフヘイムは友好関係にあるのでな。情報は定期的に入ってくるようになっているのじゃ」


 それにしても俺たちのことまで知っているのだからミズガルズの情報網はなかなか侮れない。

 そしてその口ぶりからして、フォルセティさんは最初から俺たちに会うことが目的でここに来たようだ。


「お主たちはずっと旅をしておるから足取りを掴むのに苦労したが、幸いにもお主たちがこちらに戻ってきてくれたおかげで色々と手間が省けた。どうやら運は我らに味方しておるようじゃな」

「どうして俺たちがミズガルズにいることがわかったんですか?」

「ワシの情報網を侮ってもらったら困るの」


 そう言ってフォルセティさんは不敵に笑みを浮かべた。

 具体的な方法は教えてくれないようだ。

 ひょっとしたらミズガルズには探したい人を見つけることができる探知能力のようなものを持つ人がいるのかもしれない。


「それでお主たち、話を聞いておるとアースガルズにあまり良い感情を持っておらんようじゃな?」


 その問いに俺は正直に頷く。


「……はい、奴らは好き勝手にやり過ぎた。多くの人がアースガルズのせいで酷い目にあったことも知っています。俺たちはこれ以上アースガルズの暴挙を許すことができません」

「じゃがアースガルズは大国じゃぞ。それを相手にするとなれば生半可な実力では返り討ちにされるのが目に見えておる。それでも戦う覚悟があるのかの?」

「はい、俺たちは本気です」


 それは最初から分かっている。

 それでも俺たちはやらなければいけない。

 レンの村と俺たちの村の復讐、そしてヨトゥンヘイムでの一件もある。

 ロキ軍を倒すことが俺たち全員の共通した意思だった。


「ではその決意にワシも賭けさせてくれぬか?」

「え?」

「うちも人材不足でな。アースガルズを何とかしたいが武力では歯が立たん。そこで力のある者に頼もうというわけじゃ」


 その唐突な申し出に俺は困惑する。


「良いんですか? 俺たちはただの旅人ですよ?」

「それだけ事態は切迫しておるのじゃ。アースガルズがいつミズガルズに侵攻してくるとも限らん。どうじゃ、力を貸してくれぬか?」


 フォルセティさんは真剣な表情で俺の顔を見つめる。

 この流れは以前にヨトゥンヘイムで革命軍に力を貸したときと同じだった。

 俺たちはそういう星の下にでもいるのだろうか。

 過剰な期待をされても困るが、とりあえず話だけでも聞いてみる。


「もし協力するとして、俺たちは何をすればいいんですか?」

「お主たちにはまずヨトゥンヘイムを奪取してほしい」


 予想以上に重要な任務に俺は呆気に取られる。

 本当にただの旅人に頼むレベルを超えているのではないか。

 普通は大規模な軍隊が編成されるレベルの話だ。


「……なるほど、俺たちは陽動ってことか」

「どういうことだ?」


 カイの呟きを聞いたアキラが尋ねる。

 カイは答えた。


「ヨトゥンヘイムを奪取すれば、アースガルズは再びヨトゥンヘイムに目を向ける必要が出てくる。たとえ奪取できなくとも、アースガルズの意識が俺たちに向けば作戦は成功。そうなれば一時的ではあるがミズガルズへの侵攻を遅らせることができると考えているんだろう」

「ご明察。察しが良くて助かる。ついでに言えば、現在ヨトゥンヘイムにはアースガルズからそれなりに軍隊も派遣されている。ヨトゥンヘイムを叩けばアースガルズの戦力に大打撃を与えることができるというわけじゃ。だからお主たちにはかなり期待しておるんじゃぞ」

「簡単に言ってくれますけど、そんなリスクのある任務を一般人に頼んで良いんですか?」


 レンの疑問ももっともだ。

 俺だってそう思う。

 だがフォルセティさんはそうは思っていないようだ。


「先ほども言ったがミズガルズは人材不足でな。今は猫の手も借りたいんじゃよ。それに、いくら頭数を集めても圧倒的な個の前には無力なのはお主たちも分かっておろう?」


 確かにこの世界ではステータスという数値によって実力がはっきりと決まっている。

 レベル100の人間一人に対してレベル10の人間が100人集まってもまず勝てないだろう。

 能力やアイテムでその差を覆すこともできるかもしれないが、それは奇跡といえるほど僅かな可能性に過ぎない。

 だからこそ、フォルセティさんは俺たちの個としての実力に期待しているのだろう。


「報酬は? 成功すれば政府は俺たちに何をしてくれるんだ?」


 カイが尋ねると、フォルセティさんは今までで一番悪い笑顔を浮かべて言った。


「奪ったヨトゥンヘイムをお主たちにそのままやろう」

「……正気か?」

「正気も正気。ミズガルズへ譲渡するのもそのまま王になるのもお主たちの自由じゃ」


 どうやらフォルセティさんは冗談ではなく本気で言っているらしい。

 俺もカイと同じくフォルセティさんの正気を疑う。

 それとも思った以上に状況が切羽詰まっているというのか。

 条件だけ聞けばハイリスクハイリターンな任務だ。

 しかし俺たちは別に国が欲しいわけでも王になりたいわけでもない。

 魅力的な提案とは言い難い。


 だが、悪い話でもない。

 元から危険は承知だ。

 そしてフォルセティさんがこの任務に本気で賭けていることは伝わった。


「あなたはどうしてそこまで俺たちのことを信用しておられるんですか? 俺たちが途中で怖気づいて逃げる可能性だって十分に考えられるでしょう?」


 もちろんそんなことはしないがミズガルズ政府からすれば俺たちを信用する根拠がないはずだ。

 それにいくら俺たちがドラゴン退治に貢献していたとしてもロキ軍とは規模もレベルも雲泥の差がある。

 任務を失敗する可能性だって十分に考えられるのだ。


「それはお主たちの実力とこれまでの実績からの判断。あとはワシの勘じゃ」

「勘って……」

「年寄りの経験を馬鹿にしてはならんぞ。この勘という奴はこれまで蓄積された知識と経験則から無意識に導き出された解であるとワシは考えておる。つまり勘も時には理論より優先する価値があるということじゃ。このワシがお主らを信用に値すると判断した。だから間違いないとワシは確信しておる」


 もっともらしいことを言っているような気がするが、その勘が正しいという根拠はどこにもない。

 客観的に見て第三者にそれを納得させるデータがないのだ。

 他人が俺たちを信用するかどうかはつまるところ、フォルセティさんの実績と人望次第なのである。

 それでも、そう言い切られると本当に間違いないような気がしてくるのだから不思議だ。


「お主たちは個人的にアースガルズに恨みがあるようじゃが、アースガルズに良い感情を持っていないのはミズガルズ政府も同じなのじゃよ。ワシらも援助は惜しまん。必要であれば資金も軍も出す。ぜひミズガルズの力になってくれんかの?」


 その提案はとてもありがたいことではある。

 元々俺たちだけでアースガルズと敵対するつもりだったのに、国のバックアップまで加わったのだから俺たちにはメリットしかない話ではないか。


 これまでも修羅場は経験してきた。

 ヨトゥンヘイムでも結局俺たちは革命軍に力を貸した。

 断るという選択肢は初めからなかった。


 俺は仲間たちの顔を順番に見渡す。

 みんな無言で頷いた。

 アースガルズを倒す。

 その決意はみんな同じ気持ちだった。


「……分かりました。その依頼、受けましょう」

「うむ、お主たちの勇気に感謝する」


 それにしてもとんでもないことになったな。

 ヨトゥンヘイムで革命軍に手を貸したこともあったが、俺たちはついに正式に国の依頼で国と対決することになってしまったのだった。


 それからフォルセティさんと今後のことを話し合ってその場は別れた。

 明日、ビフレストの中にあるフォルセティさんの屋敷で任務の詳しい内容や条件を詰め、正式にミズガルズの任務として俺たちはヨトゥンヘイムへ進撃する準備を進めることになる。


 俺たちの存在は少々特殊な立場にある。

 そのため表向きはミズガルズ軍に元々存在していた特殊部隊という形になるらしい。

 そしていきなり軍の中で上の役職をもらい、俺は隊長として兵士たちを指揮することになる。

 その殆どが傭兵になるだろうということだ。


 いきなりの大出世に喜びより困惑の方が大きい。

 まさかギルドマスターから軍の小隊長になるとは思わなかった。

 その責任の重さに俺はしばらく頭を悩ませることとなった。


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