第十話 ダンジョン再び
ヤンヴィルド迷宮の中も当時と何も変わっていなかった。
ひんやりとした洞窟の中を、壁の窪みに設置した松明の明かりを頼りに進む。
今では右手を振るうだけで倒せる低レベルのモンスターを相手にしながら先へ進み、難なく地下一階へと降り立った。
地下一階までは以前も来たことがあるので、俺たちは迷うことなく、最短ルートでこの階の最深部を目指した。
この階のモンスターのレベルを当時は高く感じたが、今ではまったく脅威にならない。
現れるモンスターを一撃で屠りながら、休むことなく通路を進む。
「それにしても随分と魅力的なダンジョンだね。確かにユージ君たちが入れ込むのも分かるよ」
「いかにも何かありそうといいますか、独特な雰囲気がありますよね」
レンの言葉にアイが頷く。
一見するとよくあるダンジョンのように見えるが、内部の構造は他のダンジョンに比べて広大かつ精密な造りになっている。
それは奥に進むほどより実感する。
そして生半可な備えでは攻略できそうにないどこか神秘的な雰囲気があった。
旅をして他のダンジョンにもいくつか潜ったおかげで、このダンジョンの特殊性が余計に鮮明になった。
このダンジョンには何かとてつもないものが眠っている。
そんな予感があった。
そして問題の広間に俺たちはあっさりと辿り着いた。
松明の炎で明るく照らされた部屋。
そこにはあのときと変わらないモンスターが待ち構えていた。
【ゴーレム】レベル100
【トロール】レベル85
【トロール2】レベル80
【トロール3】レベル80
当時は絶望的と思えたモンスターたちも、今では負ける気がしない。
前回に一体だけ倒したはずのトロールはなぜか復活している。
あのときの苦労は何だったのかと少し拍子抜けするが、いまさらツッコむ気も起きず、そういう仕様なのだと諦めた。
俺は剣を構えてモンスターの前に立つ。
「久しぶりだな。今日こそはお前らを倒す」
以前はここまでが限界だった。
だが、今は違う。
俺たちはこのダンジョンの全てを解明するためにここにやってきたのだ。
「ユージ、分かっていると思うが、油断はするなよ?」
カイが俺に言った。俺は頷く。
「ああ、もちろん分かっている」
そこで目の前にいるトロールの一体が、俺に勢いよく拳を突き出した。
それを俺は剣で受け止める。
「……この程度か」
以前は重く感じた拳も、今はとても軽く感じる。
そして剣を払ってトロールの拳を上方へ弾き飛ばすと、両手で剣を振り抜く。
俺はトロールを一撃で葬り去った。
残りの二体のトロールもカイとシーナがそれぞれ相手をして一撃で倒す。
それが俺たち三人にとって一つの区切りとなる儀式みたいなものだった。
残るはゴーレムだけだ。
俺は地面を蹴り跳躍すると、ゴーレムへ剣を振り下ろす。
ゴーレムは防御するために右腕を出した。
だが、その腕ごと俺は切り裂く。
ゴーレムを頭から真っ二つにすると、その体は岩の塊となりバラバラに崩れた。
俺は剣を背中に背負うと、粒子となって消えるゴーレムの体だったものを見つめる。
「……呆気なかったな」
「それだけ俺たちが成長したってことだろう」
カイの言うとおり俺たちは成長した。
それは喜ばしいことではあるが、同時に物足りなさを感じた。
目標の一つをこんなにもあっさりと達成してしまったことへの喪失感。
贅沢な悩みなのは分かっている。
それでもモンスターを倒した充実感は殆ど感じなかった。
しかし、それもこの先へ進めば忘れるのだろうか。
ここも通過点でしかない。
目指すのはあくまでダンジョンの最深部だ。
さらなる強敵を求め、俺は奥にある階段へと向かう。
俺たちは階段を下り、下の階層へと進んだ。
――
地下は俺の予想していた以上に広大だった。
階段を下った先はまたもや続く暗くて長い通路。
終わりの見えない迷宮に、みんなの表情にも疲労が見える。
「一体どこまで続いているんでしょうか?」
ユキが誰に聞くわけでもなく疑問を口にする。
現在俺たちは地下5階まで来ていた。
階層が下がるごとにモンスターのレベルは上がっており、ここまで来ると地下一階で戦ったゴーレムと同じくらいのレベルのモンスターが普通に出てくる。
そんな奴らとの連戦に加え、ここまでぶっ続けで歩いてきたこともあり、俺たちは少し休憩を取ることにする。
比較的見晴らしの良い開けた場所に出たところで、周囲にモンスターがいないことを確認し、転がっている石の上に腰を下ろす。
「こうしてダンジョンで休憩していると、昔を思い出すな」
「ああ、よく三人で、どうやったら効率よく攻略できるかとか色々考えたりしてたな」
「久々に心が躍ってきた」
俺と同じく物足りなさを感じていたらしいカイがにやりと笑う。
俺もカイと同じ気持ちだ。
このダンジョンはまだ先が見えない。
未知の通路。
強い敵。
この期待感こそが俺の求めていたものだ。
そこで俺の隣に座るシーナがぽつりと呟いた。
「お弁当を持ってきた方が良かったですね」
「そういうばシーナも俺によく手作りの弁当をくれたっけ」
村にいた時からもっぱらフィーアが俺の昼飯を作ってくれていたが、シーナも何度か俺に軽食を作って持ってきてくれていた。
そのときのことを思い出し、思わず口元が緩む。
「むー、シーナちゃんばっかりずるい」
すると、フィーアが不満げに頬を膨らませて、俺たちをジト目で睨む。
どうやら疎外感を覚えたらしい。
俺は苦笑するしかなかった。
「まあまあ、嫉妬しても仕方ないよ」
レンがフィーアを窘めると、腕組みをしたアキラが神妙に頷いた。
「いや、三人ばっかりこんな面白そうなダンジョンに潜っていたなんて確かに羨ましいな」
「え、そっちですか?」
驚くアイ。
なんというか、随分と懐かしいやり取りだと俺は思った。
ここ最近はアースガルズとの一件でみんな気を張り詰めていた。
俺も含めて、旅の目的が強くなるという一点に終始していたような気がする。
そういう意味では、このダンジョンに来たのは良い気分転換になったかもしれないな。
「それにしても自称冒険者も今では立派な冒険者か。人は変わるものだな」
カイがにやりと皮肉げな微笑を浮かべて俺をからかう。
今日のカイは随分と機嫌が良いようだ。
「そういうカイは自称勇者のままだな」
「心外だな。俺は自称ではなく正真正銘の勇者だ」
カイは相変わらず真面目な表情で言った。
「カイくんがよく言ってる魔王って本当にいるのかな?」
「ああ、いる」
「そんなに自信があるってことは何か根拠があるのか?」
あまりにカイが自信満々だったのでアキラが驚いて尋ねる。
「俺がとある村で耳にした伝説だ。確かにその存在を実際に確認した者は現代にはいない。だが、俺は魔王が存在すると信じている。俺はそのために己の腕を磨いてきた」
「いるかもわからない魔王のために?」
「その方が面白いだろう?」
カイは当然と言わんばかりに言った。
実に馬鹿馬鹿しくカイらしい理由である。
だけどその単純さは俺たちも同じかもしれない。
俺たちも何が眠っているのかわからない、ひょっとするとただモンスターが住んでいるだけかもしれないダンジョンに興味を持って潜っているわけだからな。
人が動く理由なんて大抵はそんな単純な理由だ。




