第八話 玉座の間の戦い
そこから広間までは国王軍の兵士は誰もいなかった。
俺たちは廊下を駆け抜け、広間まで真っ直ぐに向かう。
すると目の前に大きな扉が見えてくる。
俺はそれを両手で勢いよく開けた。
そして中で国王の護衛をしていると予想される兵士に対応するため、俺はすぐに身構える。
しかし、俺がそこで見た光景は、驚くべきものだった。
「……あら、遅かったですわね」
そこにいたのは黒いバラの髪飾りをした、ドレス姿の若い女性だった。
俺はその少女を見た瞬間に、これまでにない警戒心を覚える。
そしてその予感は、目の前に広がる光景からも決して気のせいではないだろう。
彼女の周囲に、おそらく国王の護衛をしていたと思われる兵士たちが倒れていた。
みな気絶しているだけと考えるのは都合が良過ぎるだろう。
次第に粒子となって何人かの兵士が順番に消えていく。
そして、彼女の足元には国王が倒れていた。
美しい見た目に騙されてはいけない。
彼女はかなりの実力者だ。
「……誰だ? お前は」
「わたくしはスカジ。ロキ軍では『厄災の魔女』と呼ばれていますわ。以後お見知りおきを」
スカジと名乗った女性は膨らんだスカートを摘まむと、丁寧にお辞儀をした。
「ロキ軍だって?」
彼女の口から出てきた単語に俺は驚く。
「ええ、あなたもロキ様のお名前くらいは聞いたことがあるのではないかしら?」
「よく知ってるよ。冷酷で目的のためなら手段を選ばない、最低な奴だ」
レンは彼女に対して殺気を隠すことなく答える。
復讐するべき敵の関係者が目の前にいるのだからそれも仕方のないことだろう。
正直俺だって心中穏やかではない。
彼女の立場によってはすぐにでも斬り付けるだろう。
出方を窺うために彼女と睨み合っていると、そこで背後から足音が聞こえた。
「ユージ、大変だ!」
そこにアキラが慌てた様子で飛び込んでくる。
カイも一緒だった。
カイは目の前に広がる光景と俺たちの様子を見て何かを悟ったらしい。
「どうやらそっちが本命だったらしいな」
カイは冷静な口調で言った。
ちょうどそのとき、廊下の向こうから、ゆっくりと何者か歩いてくるのが見えた。
カイとアキラはその人物を知っているらしく、すぐさま警戒した表情を見せた。
そして、その人物は扉を潜ると、俺たちの前に立つ。
そこに現れたのは、黒い軍服を着た、長身の屈強そうな男だった。
その軍服に俺は見覚えがあった。
それはロキ軍のものだ。
男はぎろりと無感動な瞳で俺を睨む。
俺は息を呑む。
その右手には、ユミルの首があった。
男が掴んでいた首を無造作に放り投げると、首は粒子となって消滅した。
「……お前もロキ軍か?」
「……俺の名はヴァーリ」
俺が尋ねると、男は静かに重々しい声で答える。
そこで俺たちを挟んで反対側からスカジが男に声を掛けた。
「邪魔な虫たちは排除したようですわね」
「……そちらも目的は達したようだな」
スカジが勝気な微笑を浮かべて言うと、対するヴァーリは静かな口調で言った。
この二人の圧倒的な存在感に俺たちは言葉を失う。
たった二人でここまで辿り着き、そして国王軍の兵士を簡単に屠った。
その実力を疑う余地はない。
「どういうつもりだ? どうしてアースガルズの人間がここにいる?」
「すべてはロキ様のシナリオだからですわ」
「なに?」
スカジはにやりと妖艶な微笑を浮かべる。
「この混乱は元々ロキ様が仕込んだものですのよ。パレード中に子どもを横切らせたのも、デモを起こすように民衆を扇動したのも、すべてはこの日のため。ヨトゥンヘイムをロキ様が手に入れるためなのですわ」
つまり、反軍隊派の活動が活発になったのも、今回のクーデターのきっかけも、ロキがそうなるように仕向けていたというのか。
「全部お前らの手のひらの上ってことか? 舐めやがって」
アキラが怒りの表情を浮かべてスカジを睨む。
だが、スカジは涼しい顔で言った。
「ここまでご苦労様でした。もうあなたたちに用はありません。ここで素直に退いていただけるのなら命だけは取らないであげましょう」
逆に言えばここで退かなければ容赦なく殺すということだ。
この状況はとても好ましいとはいえない。
【ヴァーリ】レベル450 素手
体力:26,000 魔力:18,000 筋力:31,800 耐久:27,000 敏捷:25,800
装備:幹部の軍服『体力が100上昇』『耐久が200上昇』、高級な軍靴『耐久が200上昇』『敏捷が200上昇』、破壊者の腕輪『筋力が1,000上昇』『敏捷が500上昇』
【スカジ】レベル400 素手
体力:18,700 魔力:27,000 筋力:9,800 耐久:14,080 敏捷:21,480
装備:魔女のドレス『体力が100上昇』『魔力が100上昇』『耐久が300上昇』、魔女の履物『魔力が300上昇』『敏捷が300上昇』、魔女の首飾り『魔力が100上昇』『敵のステータスを5%減少』
スカジは小悪魔めいた微笑を浮かべ、ヴァーリは無言で俺たちを睨みつける。
人数ではこちらが有利だが、前後を挟まれているこの位置は不利だ。
そして、二人ともかなりの実力者だ。
それはステータスを見ても明らかである。
いくら人数では勝っていても、今の俺たちではまともに戦って勝てる気がしない。
スカジの言葉を信じるのであれば、ここは撤退するのが賢明な判断のように思える。
だが、それでいいのだろうか。
目の前にずっと憎んでいた敵の一味がいるというのに、
みんなの視線が俺に向けられる。
そこで俺は決断した。
「……分かった。この場は退こう」
ここで焦って戦っても決して良い結果にはならないだろう。
他のみんなも撤退に多少の不満はありつつも、二人との実力差があることは理解しているので俺の決定に反論はない。
レンが悔しげにスカジを睨みつけた。
俺はヴァーリの横をすり抜け、廊下へと出る。
他のみんなもそれに続く。
だが、これで終わりではないだろう。
こういう連中は約束しておいて背後から平気で攻撃してくる。
俺は歩きながら、背後に意識を向けることを怠らなかった。
そして案の定、背後から何かが飛んでくる気配を感じた。
俺は振り向きざま、能力で加速してそれの軌道を見切ってかわす。
飛んできたのは光る球体だった。
「あら、よく避けましたね」
予想通り攻撃してきたスカジが不思議そうに目を丸くする。
「おい、約束が違うぞ?」
「できればわたくしたちは独裁者を倒した英雄として穏便にこの国を手に入れたいんですの。ですから、真実を知るあなたたちが生きていると色々と不都合があるのですわ」
「ペラペラと事情を話したのはそっちだろ」
「さて、なんのことでしょう?」
スカジはとぼける。
何とも都合のいい奴だ。
とりあえず、穏便にここを抜けることは難しいようだ。
俺たちはスカジとヴァーリに向き合い、戦闘態勢を取る。
そこでカイが小声で俺に話しかける。
「……どうするんだ、ユージ? 奴らと正面から戦うとなると、下手をすれば死人が出るぞ」
「ああ、まともに戦おうなんて思っていない……隙を見て逃げる」
俺も小声でカイに言った。
やることは変わらない。
なるべく戦闘は避け、この場から撤退する。
「コソコソと作戦会議ですか? なんと健気な努力でしょう」
そこで、スカジは右手を俺へと向ける。
すると、そこから魔力の塊が放たれた。
先ほどの攻撃と同じものだろう。
俺は横に跳んで避ける。
そこでヴァーリも動いた。
大きな体に似合わない速さで俺の前に一瞬で接近すると、右手で思い切り殴り付ける。
「ぐっ……」
俺は剣を前に出して拳を受け止めるが、衝撃に耐えられず後ろに吹き飛ばされた。
そのまま廊下まで転がる。
「ユージ、大丈夫ですか?」
「……ああ、問題ない」
俺の側に駆け寄ってきたシーナを俺は手で制する。
その間にも広間では戦闘が繰り広げられていた。
両手にナイフを持ったレンが、ヴァーリにナイフで斬り付ける。
だが、ヴァーリはそれを難なくかわすと、レンのナイフを素手で掴んだ。
「なっ? ……くっ!」
レンはもう片方のナイフをヴァーリに向かって突き刺す。
だが、それはヴァーリの体を貫くことはできず、その筋肉に阻まれた。
相手の筋力に対して耐久が圧倒的に勝る場合、いくら刃物であろうと傷を付けることもままならない。
数値というのはそれくらい絶対的なものなのだ。
僅かながらにダメージは与えているはずだが、それは圧倒的な体力の前では微々たるものでしかない。
「……己の無力を嘆くが良い」
ヴァーリがレンへ拳を放とうと腕を引く。
だが、間一髪でカイが真横からヴァーリに刀を振り下ろした。
ヴァーリは掴んでいたナイフを離し、後ろへ跳躍して刀を避ける。
「おらぁ!」
追撃するアキラがヴァーリの側頭部に蹴りを放つ。
しかしヴァーリは腕でガードすると、逆にアキラの側頭部に蹴りを放つ。
「ちっ」
アキラは間一髪、後ろに体を逸らして蹴りをかわす。
そのまま後ろ向きに跳んで床に手を付くと、回転しながら距離を取った。
そこで入れ替わりにカイが刀で斬り付けるが、ヴァーリはそれをすべて見切ってかわした。
一方、その間にシーナは傍観していたスカジの背後に瞬間移動し、大鎌を振り下ろした。
「っ!」
スカジはそれに素早く反応すると、右手を出す。
そこに魔法陣が現れ、シーナの鎌を防いだ。
「危ないですわね」
「……硬い」
攻撃が通らないことを悟ったシーナは再び俺の側へと移動する。
そしてヴァーリと戦闘をしていたカイたちも俺のところまで後退してきた。
「随分と粘ってくれますわね。いい加減に諦めて死んでくださいまし」
圧倒的な二人の実力に俺たちは対抗する手段がなかった。
ヴァーリが俺たちに向かってゆっくりと近づいてくる。
このままでは全滅だ。
どうする。
俺は思考を巡らせる。
戦う必要はない。
この場から離れるだけでいい。
何とか相手の隙さえ作ることができれば……
ちょうどそのとき、俺たちの背後、廊下の後方から、ヴァーリに向かって一本の矢が飛んできた。
ヴァーリはそれを素手で掴んで眉間に直撃するギリギリで受け止めるが、おかげでヴァーリの足が止まった。
さらに、そこで俺たちの前に見覚えのある半透明の結界が張られた。
今がチャンスだ。
「っ、アキラ!」
「おう!」
アキラが地面を思い切り殴りつける。
床に亀裂が入り、地面が崩れ、俺たちは下へと落下していく。
頭上でヴァーリが張られていた結界を一撃で破壊するのが見えたが、そのときには俺たちはすでに下の階へと落ちた後だった。
こうして俺たちは戦闘から離脱した。




