第六話 突入
スリュムヘイムの王宮内。
広間の玉座にスリュムは座っていた。
スリュムの前には片膝を付いて恭しく頭を下げるユミルがいた。
「最近、民たちが騒がしいようだな」
「はい、どうやら軍の方針に不満があるようです」
粗暴で冷酷なユミルだが、スリュムに対しては忠誠を誓っていた。
その若さで今の中将という地位にいるのも、彼の能力だけでなく、その忠誠心を買われてのことであった。
「ふん、愚民どもが。誰のおかげで今の暮らしを維持できていると思っているんだ。アースガルズの脅威はすぐそこまで迫っている。その中で観光都市として平和にやってこられているのは我が国の軍事力があってこそだ……くそっ、あの若造め」
「……ロキのことですか?」
「このままではこの国も以前のアースガルズと同じ道を辿ってしまう。それだけは避けなければならん。この財産も、地位も、全て私の者だ」
スリュムは眉間にしわを寄せ、厳しい表情を浮かべる。
そのとき、広間の扉が開き、兵士が血相を変えて入ってきた。
「報告します! 街でデモ行進をしていた大衆たちが暴れ始めました。監視に付かせていた兵士たちを一斉に襲っているようです。かなりの大規模なものとなっており、応援を向かわせました」
ユミルは立ち上がるとあからさまに顔をしかめた。
「ちっ、全員捕まえて牢にぶち込め」
「はっ!」
兵士は敬礼をすると、すぐさま広間から出て行った。
「暴動か。愚民どもめ……」
「ご安心ください。我々がすぐに鎮圧します。王が気に病む必要はありません」
「う、うむ、ユミル中将に任せておけば間違いないだろうな」
「何か心配ごとでも?」
「いや、何だか胸騒ぎがするのだ。何か悪い予感がする……」
そしてまもなく、スリュムの予感は的中した。
――ドオオオオォォォン!
王宮内に大きな爆発音が響いた。
同時にスリュムたちのいた広間も激しく揺れる。
「な、何だっ?」
床に手を付いたスリュムが驚いて周囲を見渡す。
そこで、先ほどとは違う兵士が駆け込んできた。
「た、大変です! 王宮内に、し、侵入者です!」
「なにっ?」
「どうやら反乱軍のようです。軍の内部からも反乱者が出ております」
「ちっ、国王を全力でお守りしろ。賊をこの広間には絶対に近づけるな!」
「はっ!」
兵士はすぐに広間から出ていく。
その表情には動揺が見て取れた。
そして出て行った兵士と入れ違いに、続々と広間に武装した兵士が集まってくる。
そしてユミルがスリュムに言った。
「国王、ここから決して動かないでください。賊は我々が排除します」
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「はい、私も向かいます。国王に刃向ったらどうなるか、奴らに思い知らせてやりますよ」
ユミルはにやりと不敵な笑みを浮かべ、広間を出て行った。
――
爆発の混乱に乗じ、俺たちは王宮内へと侵入した。
王宮の外でも中でも、革命軍と国王軍との激しい戦闘が繰り広げられていた。
雄叫びや金属音が周囲で聞こえる。
俺たちも兵士と戦いながら、上下左右とも広い廊下を走り抜ける。
「全軍、敵を倒しつつ国王のいる広間を目指せ!」
俺の前方を走るニョルズが、剣で兵士を斬り付けながら指揮を執る。
優先順位としてはまず国王の身柄の確報だ。
国王さえ拘束できれば目的は殆ど達したと言っていい。
あとは軍の中心人物も一緒に拘束できれば最高だ。
しかし、廊下にも大勢の国王軍が押し寄せ、俺たちの行く手を阻む。
俺たちのすぐ近くにいた革命軍の兵士たちも足を止めて戦闘を開始した。
俺たちはそれを追い越して先へと急ぐ。
「くそっ、こいつらどれだけ湧いてくるんだ?」
アキラが兵士を殴り飛ばしながら苛立たしげに舌打ちをする。
「ああ、切りがないな」
俺たちは向かってくる兵士を倒しながら廊下を走り続ける。
数は多いが個々はたいした障害ではない。
レベルの差が大きいため相手の反撃は全てかわすことができた。
だが、フィーア、ユキ、アイの三人はこのような白兵戦には向かないため野外で敵の攪乱を担当してもらうことにした。
説得するのに時間が掛かったが、今回ばかりは一緒に連れていくことはできない。
「それにしても広い廊下だね。まだ先が見えないよ」
レンが兵士でごった返す廊下の先を見て呟く。
廊下の先に銃を持って待ち構える兵士たちもいたが、シーナが銃を持った兵士の背後に瞬間移動で回り込み、その首へと鎌を振り抜いた。
周囲の兵士たちは突然現れたシーナに動揺して動きを止める。
その隙に俺も兵士の陣の中へと突っ込んで剣を振り抜いた。
「やるな、シーナ」
「ユージほどではありません」
「よし、このまま一気に駆け抜けるぞ!」
勢いに乗って俺たちはニョルズを先頭に奥へと進む。
戦闘を繰り返しながら先へと進むと、そこでようやく扉が見えた。
その扉を開くとそこは食堂だった。
そこには丸腰で怯える人々が何人もいた。
彼らは兵士ではなく王宮の使用人たちだ。
俺たちの姿を見た途端、彼らは一層怯えて部屋の片隅で肩を寄せ合って震えていた。
俺たちはそれを一瞥するとすぐに無視をする。
武器を持たない人とは戦わないとニョルズと事前に決めていた。
彼ら全員が国王に忠誠を尽くしているわけではない。
ただ仕事で働いている者もいるはずだ。
そんな人々にまで手を出す理由は俺たちにはない。
「先へ急ごう」
ここに俺たちの敵はいない。
食堂を出ると、宮殿の奥へと急いだ。
その先は軍の中でも位の高い兵士たちの部屋があった。
有事の際、すぐに王の下へと駆けつけられるようにと宮殿内に用意されたものだった。
廊下を走り抜けるとき、扉の開いたままになっている部屋へちらりと視線を向ける。
そこで俺は見知った顔を見つけ、思わず足を止めてその部屋へと入った。
「……リリア?」
そこには裸のままベッドの上に座り込むリリアがいた。
首輪と手錠を付けられて、虚ろな瞳で俺を見つめる。
一言も声を発しない。
俺だと認識しているのかさえ分からない。
ただぼんやりと俺を見ていた。
そんなリリアを俺も無言で見下ろす。
気付けば唇を噛み、拳を握りしめていた。
俺の背後でカイの声がする。
「……どうやら兵士に買われたようだな」
そういう役割のために売られる奴隷も珍しいことではない。
ましてリリアのように綺麗な顔立ちをしていれば当然考えられることだ。
だが、こんな幼い少女に対してこんな酷いことが許されていいはずがない。
「リリアは分かっていたはずだ。それでも奴隷を選んだ。ユージが気に病むことじゃない」
あのとき無理にでもリリアを自由にすれば良かったのではないか。
そんな俺の考えをカイは見透かしていた。
「……それでも俺は、こんな結果を認めるわけにはいかない」
全てが終わったらリリアも奴隷の身分から解放する。
リリアだけじゃない。
奴隷制度そのものをこの世界からなくさなければならない。
途方もない考えだが、俺はそれを成し遂げなくてはならないと強く思った。
リリアをその場に残し、俺たちは先へと進んだ。




