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第五話 クーデター

 その出来事から数日が経過した現在、スリュムヘイムの街では変化が起こっていた。

 市民の間で反軍隊運動が起こっているのだ。

 今まで溜まっていた軍への不満が、今回のパレードの件で一気に爆発した形になった。


 市民と軍人が言い争い、暴動にまで発展するトラブルがいくつも発生していた。

 その騒ぎの原因となった市民は軍に連行され、余計に大衆の感情を逆なでする。

 街の至る所でデモ行進が行われ、その度に軍の鎮圧が行われる。

 その激しい対立に、観光客の街への出入りも制限されるほどであった。


 その騒ぎに巻き込まれ、俺たちも否応なしにしばらく街に留まることになった。

 俺はできればこの騒ぎがどう収束していくのか成り行きを見たい気持ちもあったので、ここにしばらく留まることに抵抗はなかった。


「それにしても大変な時期に来ちゃったみたいだね」

「ああ、外には兵士がウロウロしてるから気を付けないとな。みんなピリピリしてるから因縁を付けられるかもしれない」


 早朝、宿の一室で、俺はレンと一緒にいた。

 今の会話もベッドの上での何気ない世間話だ。

 ベッドから起き上がり、服を着ると、そこで同じく衣服を身に着けたレンが言った。


「僕としては、このまま今の体制が崩壊するところまで行くのが一番良いと思うけどね」


 俺もレンと同意見だ。

 この国は客観的に見ても腐敗している。

 軍があまりにも力を持ち過ぎた。

 先日のパレードから分かるように国王も現状の体制を変える気はなさそうだ。

 それなら大衆の手によって一度壊してしまった方が良いかもしれない。


「だけど、崩壊した後に国を立て直すのにはある程度リーダーシップを持つ人間がいる。時間もお金も掛かる。今よりも生活が良くなるとは限らないぞ?」


 ヨトゥンヘイムが観光都市としてそれなりに繁栄しているのも事実だ。

 観光地として案内看板や商店等を整備したのも今の国王であり、軍の手腕によるものだ。


「今はその観光客も減ってきているし、どっちに転んでも元通りになるまでには時間が掛かるのは間違いないんだ。それなら僕は希望の持てる方を選ぶよ」

「……ああ、レンの言うとおりだな」


 俺もできることなら希望のある未来を望む。

 レンに言ったのは単なる意地悪だ。

 俺はレンと顔を合わせると、小さく笑った。

 さて、顔でも洗いに行くか。

 そう思ったとき、そこで大きな爆発音が聞こえた。建物が僅かに揺れる。


「……随分と大きな音だったね」


 レンも驚いて俺と顔を見合わせる。

 とにかく状況を確認しなければ。

 簡単に身支度を済ませると、俺たちは急いで一階へと降りる。


「何かあったんですか?」

「宮殿の近くで爆発があったみたいです!」


 俺が尋ねると、宿の主人が血相を変えて俺に言った。

 宮殿の近くと聞いて真っ先に考えたのは、反軍隊派によるテロの可能性であった。

 そうだとすれば、今までデモや軽い喧嘩はあったがこれほど過激な行動を起こしたのは初めてのことだ。

 みんなと合流すると、俺たちは爆発の起こった宮殿の方へと急いだ。


――


 宮殿の近くまで行くと、そこにはすでに人だかりができていた。

 現場には軍の兵士たちが集まっているのであからさまに近づくことはできないが、みな遠巻きにその様子を眺める。


 周囲の人々は口ぐちに囁き合い、耳を傾けていると次々と情報が聞こえてくる。

 それをまとめると、爆発の原因は現在調査中ではあるが、思いの外被害は小さいようであった。

 爆発の衝撃こそ大きかったが、当時は周囲に誰もいなかったため怪我人はおらず、損害は宮殿の城壁の一部が崩れた程度だったらしい。


 だが、王宮に対してテロがあったということは間違いない。

 その事実は、反軍隊感情を持つ大衆たちの感情を煽るには十分だった。

 軍にとっては間違いなく面白くない話である。


「怪しい奴は手当り次第に拘束していけ!」


 門の外でユミルが大声を張り上げて部下へ指示を出す。

 警備に当たる兵士たちも厳しい表情で任務に就いていた。

 宮殿の中には軍の本部もあり、今回のテロによって軍の面子は丸潰れだ。

 気合が入るもの当然だろう。

 ちょうどそこで、兵士の一人が拘束した男を連れてユミルのところへやってきた。


「ユミル中将、不審な行動をしていた男を確保しました」

「放せ畜生! 俺はやっていない!」


 拘束された男は必死に叫んで抵抗していた。


「よし、連れていけ」


 だが有無を言わさずにユミルは告げる。

 男は宮殿の中へと消えていった。

 意外とあっさりと容疑者が見つかったな。

 そう思ったところで、今度は他の兵士が別の男を連れてやってきた。


「ユミル中将、容疑者と思われる男を拘束しました」


 その後も、拘束された人たちが続々と軍に連行されていく。

 さすがにそれが異様な光景であると俺も気付いた。

 同時に軍の思惑も察しが付いた。


「え? 何でこんなに怪しい人がいるんですか?」


 アイが困惑した表情で俺を見る。


「奴らは犯人捜しをまともにするつもりはないんだ。犯人はいくらでも作ることができる」


 これから予想できる展開としては、おそらく捕まった人たちは軍の本部で拷問により自白を迫らせることだろう。

 実際の犯人でなくてもいい。

 違っていても疑わしい人物をまた捕まえてくるだけだ。

 ユミルの言うように本当に手当り次第である。


「無茶苦茶だな」


 アキラも怒りを通り越して呆れた声で言った。

 俺もアキラに同感だ。

 奴らのやり方は無茶苦茶だ。

 また拘束された市民が連行されてくる。

 俺は我慢できずに、ユミルの前に姿を見せた。


「おい、この人がやったっていう証拠はあるのか?」

「証拠だと? こいつらは反軍隊派のデモに何度も参加していた。それが何よりの証拠だ」


 ユミルは俺の抗議を鼻で笑う。

 彼らは以前から軍にマークされていたのか。

 軍の対応が速いはずだ。


「そんな理屈が通るはずないだろ」

「ここでは俺がルールだ。邪魔をするならてめえも牢にぶち込んでやろうか?」


 ユミルは鋭い眼光で俺を睨みつける。

 俺もユミルを睨み返した。

 もう我慢できない。

 俺はユミルと一戦交えるつもりで身構える。


「待ってください」


 そこで誰かが俺の肩を掴む。

 俺を止めたのはニョルズだった。


「ユミル中将、彼は私が教育しておきます。中将は引き続きここで兵士に指示を与えてください」

「……ちっ、仕方ねえな。好きにしろ」


 ユミルはどうやら目の前の確保した男の方に熱心で、俺の相手をしている余裕まではないらしい。

 意外にもすんなりと引き下がった。

 おそらく反軍隊派の者たちを一掃できるこの機会をユミルは窺っていたのだろう。

 そこで、ニョルズが俺の耳元に小声で呟く。


「……すまない。俺に付いてきてくれ」


 その言葉に俺はニョルズへの警戒を僅かに解く。

 やはり彼は他の兵士とは違うようだ。

 他のみんながニョルズに手を出さないように俺はアイコンタクトを送る。

 みんなも俺の意図を察してくれたようで無言で頷いた。


 ニョルズもカイたちの存在に気づいているようだが、あえて何も言わずに先へと進んでいく。

 俺はそのニョルズの背中を追いかける。他のみんなも俺の後ろに続いた。

 人気のない裏路地で、ようやくニョルズは立ち止まる。


「あそこで中将に喧嘩を売るのは得策ではないよ。軍と正面からやり合うことになる。納得いかないかもしれないけど、君の力はまだ後に取っておいてくれないか」


 ニョルズは何やら含みのある言い方をする。

 俺はニョルズに尋ねた。


「……あなたも今の軍のやり方に反対しているんですか?」

「そういう君たちも今のこの国の体制には不満があるんだろうね。まあもっとも、軍人でなければ不満があるのはみんな同じか」

「はい、俺の目から見て、この国は腐っています」

「俺も同感だ。俺も今の軍のやり方には付いていけない」


 ニョルズははっきりと軍部に対して不満を口にした。

 本来、軍人が自らの組織を否定することはご法度のはずだ。

 ニョルズの意思は本物だと思って間違いないだろう。

 そしてニョルズはその決意を口にした。


「だから、俺たちは一度この国の仕組みを壊そうと思っている」

「まさかクーデターを起こすつもりか?」


 カイが眉をひそめて尋ねると、ニョルズは真剣な表情で頷いた。


「この国のシステムはもう限界だ。根底から変えるしか方法はない。そして、できることなら君たちにも俺たち革命軍の手伝いをしてほしい」

「……出会ったばかりの俺たちのことを、随分と信用してくださるんですね?」


 初対面の人間に話す内容にしては重過ぎる話である。

 このことを軍が知ったら大事になるだろう。

 俺が軍にこのことを告げ口しないという保証はないはずなのに、ニョルズはどうしてここまで躊躇うことなく話すことができるのか俺は不思議だった。

 だが、ニョルズは迷うことなく確信を持った声で言った。


「俺は君たちなら、俺たちの考えを理解してくれると思っている。以前に税の強制徴収をした現場を見て、不快な表情をしていた君たちならね」


 ニョルズのことを始めて見たとき、あのときにニョルズも俺たちのことを見ていたのか。


「軍に正面から刃向うことのできる強い意志を持つ者。そういう人を俺たちは一人でも多く仲間にしたいと思っている。君たちならそれに値すると思った。さっきユミル中将に食ってかかったのも、軍の暴走を許せなかったからだろう?」


 ニョルズは真剣な瞳で俺の顔を見つめる。


「どうだろう、俺たちの同志になってくれないか?」


 俺は今までのユミルたちの行いを思い返す。

 これまでの軍のやりたい放題の行動は目に余るものがあった。


 俺たちの村、ギムレーのことを思い出す。

 あのときも軍によって無抵抗の人たちがなすすべなく死んでいった。

 このままでは同じような思いをする人たちが増え続けるだろう。

 それは許されることではない。


「ちなみに現在どれくらいの人数と蓄えがあるんですか?」

「戦力はすでに5千人ほど集まっている。中には俺のような軍人も大勢いる。武器についても軍の同志を通じてスリュムヘイム内に集めている。もちろんこれだけでは心許ないが、行動を起こすには十分だ」


 ニョルズの言うようにそれほど悪くない数字のように思える。

 戦い方次第では国を相手に勝利をすることも可能だろう。

 問題はその戦い方についてだ。

 一番効率的かつ効果的な戦い方とはなんだろう。

 俺は頭の中である程度の計算を始める。


 勝利条件は国王の身柄の確保になるだろう。

 もちろん生死は問わない。

 だが、それだけでは駄目だ。

 軍に余力を残してしまえば実権を奪っても後から再度クーデターを起こされる可能性が高い。

 今の軍隊については十分に叩いて戦力を削いでおく必要がある。

 また食料や資源の点で長期戦は不利になるため、短期間で決着を付ける必要があるだろう。


 カギとなるのは大衆の動向だ。

 現在は反軍隊派が多数であるので、純粋に考えればニョルズ側に付く可能性が高いだろう。

 これは大きなアドバンテージだ。

 クーデター後の混乱の収拾はニョルズに任せて問題ないと思う。

 彼ならうまくまとめてスリュムヘイムを再生してくれるだろう。


 結論としては、俺はニョルズに力を貸しても良いと思った。

 あとはみんながどう思っているか……


「どうする? 俺は彼に力を貸しても良いと思っているけど」


 これは俺の意見や多数決で決められるような簡単な問題ではない。

 国を相手にして戦うのであり、これまでのクエストとは訳が違う。

 訓練された兵士と戦うのであり、魔物と戦う以上にリスクが伴う。

 俺は一人でも反対すれば断ろうと思った。


「当然俺も賛成だ。俺もあいつらのやり方には我慢ならん」

「僕も同感だね。奴らは生かしておく価値もないよ」

「ユージの意見に従います」


 アキラ、レン、シーナが即答する。

 この三人が賛成することは俺も予想できた。


「俺も力を貸すことに異議はない。民を悪から救うのは勇者の役目だからな」

「あれ、カイくんはテロリストに力を貸すのは反対じゃなかったの?」

「これはテロではない。民衆たちが立ち上がった立派な聖戦だ。それに力を貸すことのどこに問題がある?」

「つまり基準は結構適当なんだね」

「そういうフィーアはどうなんだ?」

「……私も賛成かな。争いは良くないと思うけど、それでも今のままじゃいけないと思うから」


 カイとフィーアも賛成する。


「争いは怖いし嫌ですけど……でも、これはきっと止められないんですよね? だったら私は皆さんを守ります」

「私も微力ながらお役に立ちたいと思います」


 続いてアイとユキも自分の思いを口にした。

 戦うことに積極的な意見も消極的な意見もあったが、結局、誰も反対しなかった。


「……分かりました。俺たちはあなたに力を貸します」

「ありがとう、我々革命軍は君たちを歓迎するよ」


 俺とニョルズはがっちりと握手を交わした。


――


 それから俺たちはニョルズに連れられて革命軍のアジトへと向かった。

 そこはとある民家の地下室に作られており、薄暗い電灯に照らされた部屋の中には丸いテーブルと椅子が置かれ、壁の棚には槍や弓、銃といった様々な武器が並んでいる。

 ニョルズはそこで俺たちに言った。


「行動開始は今からちょうど一週間後の正午。王宮を襲撃し、そこで国王の身柄を拘束する」

「勝算はあるのか? あそこには軍の本部もある。守りはかなり厳重だぞ?」


 カイの言葉にニョルズが重々しく頷く。


「陽動として100人ほど、同時刻に街の中心部で行う予定のデモ行進中に暴れさせる。監視の兵士たちが応援を呼ぶはずだ。同時に、同志の兵士たちが大砲や重火器の置いてある倉庫を無力化する。それを確認後、残りの者で王宮内に突入する」


 どうやらかなり具体的なところまで話が進んでいるようだ。

 もう後戻りはできない。

 俺たちも腹を括るしかないようだ。


「君たちには王宮内への突入の役目をお願いしたい」

「一番重要な役目ですね」

「ああ、それだけ危険も大きい……大変な役目を押し付けてしまってすまない」

「いえ、構いません」

「何よりも速さが重要だ。突入隊は俺が指揮を執る。混乱に乗じて一気に侵入し、国王を捕える」


 ニョルズの言うとおり、これは突入からいかに速く国王のところまで辿り着けるかが勝負になるだろう。

 時間が長引けば長引くほど、俺たちには不利になる。


「特にユミル中将には気を付けろ。彼はああいう性格だが、あの若さで中将になるだけあって強敵だ」


 むしろ圧倒的な強さがあるからこそ尊大に振る舞うことができるのだろう。

 最初にユミルの姿を見たときから、彼が強敵であることは俺も分かっていた。


 だが、恐れることはない。

 俺たちはこれまでも様々な強敵と戦ってきた。

 油断はしてはいけないが自信を持つことは必要だ。

 そうでなければこの作戦は成功しないだろう。


 そして俺たちは王宮内の地図を確認し、当日まで他の革命軍の仲間たちも交えて入念に打ち合わせを繰り返した。

 もう引き返すことはできない。

 賽は投げられたのだ。



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