第三話 ヨトゥンヘイムの闇
リリアと出会ったと次の日、俺たちはギルド支部へと向かうために街の中を歩いていた。
スリュムヘイムの中を歩いていると、たまに軍服を着た兵士たちを見かける。
彼らを見かけると、街の人々は皆一斉に顔を逸らし、すれ違う人々は彼らからなるべく距離を取る。
観光客でさえ、街のその異様さに気付くほどであった。
「ユージくん、なんとかできないのかな……」
その話をしている途中で、フィーアが言った。
「気持ちは分かるけど、簡単にどうにかできるものじゃないな」
俺たち個人でできることは限られている。
一番単純なのは武力を使って変えることだが、国家と戦うには俺たちには力が足りない。
民衆が集団となって立ち向かって、それでようやくどうにかなるかもしれないと希望が湧くレベルだ。
「国に対抗するには俺たちに力が足りない。それにまずはアースガルズをどうにかしないといけないしな」
冷たいようだが俺がフィーアにそれを伝えると、カイも俺の意見に頷く。
「それに俺たちは部外者だ。そこまでの覚悟を持ってこの国を変える動機も義理もない。ただの魔物退治とは話が違ってくる」
カイの言うとおり、魔物退治の手伝いとは事情が違う。
仮にこの国の軍隊を武力で倒したとして、その後は誰が治めるのか。
その面倒まで見ていては途方もない時間が掛かる。
アースガルズに対しては俺自身やレンの復讐という動機もあるが、ヨトゥンヘイムにはそれもない。
「でも、納得いかないですっ」
アイが頬を膨らませてぷんぷんと怒りを露わにする。
頭では分かっていても納得できないことなど往々にあるものだ。
「できれば内部で自浄作用が働いてくれることに期待したいね」
アイを宥めるようにレンが言った。
俺もそれに期待したい。
それから俺たちは大通りから少し離れた位置にある通りを歩く。
この辺りにも土産物などの店がぽつぽつと立っていた。
周囲を見渡していると、ふいに何かが壊れるような声が聞こえた。
「やめてください!」
続いて、とある商店から悲鳴が上がる。
俺たちがその声のする方へ行くと、周囲には人だかりができていた。
「お願いです! そんなに持っていかれたら生活が成り立ちません!」
「ろくに税も払えない屑の癖に見苦しいぞ!」
店の中から出てきたのは、店の売り物と思わしきものを持った兵士と、その足に縋りつく店の主人だった。
税を払えない街の人から金目のものを強制的に没収しているのだろう。
他にもぞろぞろと兵士が店から出てくる。
「しつこいぞ!」
「うっ!」
兵士が店主を蹴飛ばす。
店主は手を離して、その場でうずくまる。
「財産の没収が嫌なら体で払ってもらうしかないな。貴様の娘を代わりに差し出すなら見逃してやってもいい」
「そ、それは……」
店主は狼狽えて口ごもる。
よく見ると店の奥には店主の妻と娘と思われる二人が抱き合っていた。
娘の方はまだリリアと同じくらい幼い。
「酷い奴らだ……」
その光景にレンが顔をしかめる。
アースガルズの兵士たちのことを思い出したのだろう。
高い税収に強い軍事力。
この国とアースガルズは似ている。
だが、宿泊している宿の主人に聞いた話によると、ヨトゥンヘイムとアースガルズは過去から因縁があるらしい。
今現在も領土を争って睨み合っている状態であり、高い税収の大半も軍事力の強化に利用されていると聞く。
しかしそのせいで軍部が大きな顔をしているのだからこの問題は根が深い。
そのせいか最近は訪れる観光客の数も減ってきているという。
そこで、他の兵士が店主の娘へ邪な視線を向ける。
「なかなか綺麗な娘だな。こいつも連れて行くか」
「やめてください! 財産は持っていって構いませんから、娘には手を出さないでください!」
店主は止めようとするが、他の兵士が店主の腕を掴んで邪魔をする。
娘はその母親と抱き合って震えていた。
「おら、立つんだ」
兵士の一人が店の奥にいる少女に手を伸ばす。
見ていられなくなり、俺は飛び出そうと身構える。
だがその前に、兵士の腕を他の男が掴んだ。
「――その辺にしておけ。徴収はそれで済んだだろ」
それは軍服を着た20代くらいの青年だった。
青年は兵士の手を掴んだまま睨みつける。
「っ、ニョルズ少佐!」
「任務は終わりだ。本部に戻るぞ」
静かな声で青年が言うと、兵士は一瞬で大人しくなった。
そこで青年は兵士の手を離す。
どうやら彼の方が上官であるらしい。
あの若さであの兵士たちをまとめているということは優秀な人なのだろう。
青年が立ち去ろうとすると、乱暴を働いていた兵士たちも渋々、彼の後ろに付いて行く。
「……軍にもまともな人間がいるらしいな」
兵士たちが去って行った後、ほっと息を付いた俺はそんな感想を漏らす。
「だけど実際に見てみると酷いもんだな。くそっ、好き勝手しやがって」
アキラが苛立った声を上げる。
この分だとあの青年が止めなければアキラも俺と同じく兵士たちに突っかかっていたかもしれない。
「ユージ、次に会ったら斬りましょうか?」
シーナが俺に可愛らしく首を傾げながら物騒なことを言う。
「いや、斬るのはやめておいた方がいい。もっとも、俺もこのまま好き勝手させておくつもりはないけどな」
「お、ユージもやる気になったか?」
「言っとくけど戦争する気はないぞ? ただ目の前で誰かが不幸になるのを見過ごせないだけだ」
あの兵士たちはやり過ぎだ。
だが、あの青年のように何度も止めてくれる人がいるとは限らない。
今までもきっと軍のせいで必要以上に苦しい思いをした人たちがいたはずだ。
もし次に同じような光景を見たら、俺は躊躇わずに彼らを殴り倒すだろう。




