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第二話 奴隷と偽善と優しさ

 このスリュムヘイムにある遺跡の多くは街の中にあり、見学料を払えば遺跡の中に入ることができる場所もある。

 その壮大な建造物に俺も目を奪われる。

 土と岩で造られているのに計算された美しさがある。

 遥か昔に作られたはずなのに、どうしてこんな精巧なものを造ることができたのだろう。


「こんな立派な建物を昔の人が造ったなんて信じられないですよねー」

「ほんと不思議だよねー」


 アイたちも遺跡に夢中になり、楽しそうにはしゃいでいた。

 その光景を傍らで眺めながら、カイが真面目な表情で俺にぼやく。


「それにしてもここはやけに物価が高いな。見学料も取られるし金がかかりそうだ」

「ああ、確かにな。観光業で成り立っている街だし、多少のぼったくりも仕方ないと思うしかないな」


 俺もカイに同感だった。

 この街というよりもこの国の物価は他の国よりも高い。

 そもそもこの街に入るときに払った通行料からして高かった。

 通行料のいらない街も珍しくないので軽くカルチャーショックを受けたものだ。


「ふん、サービスが悪いな」


 依然としてカイは不満そうだった。

 そういえばカイは家計簿を付けているんだったな。

 魔物の討伐とクエストの報酬によって金にはかなり余裕があるというのにマメである。


 それからも俺たちは遺跡巡りをしながらぶらりと街を歩く。

 観光都市なだけあって外観に気を使っているのか、道にはゴミが全然落ちていない。

 たくさんの人がいてこれだけ綺麗なのは珍しかった。

 左右に商店や宿屋が並ぶ、舗装された広い通りを進んでいく。


 そして、街の中心部から少し離れた場所まで来たとき、俺は建物の壁に寄り掛かった女の子の存在に気付いた。

 ある者は不快そうに顔をしかめ、ある者はそこに誰も存在していないように顔を逸らして通り過ぎていく。


 そこにいたのはこの街並みに不釣り合いな、みずぼらしい姿の幼い少女だった。

 汚れてボロボロになった薄手の衣服。

 手入れのされていない髪。

 街の中だというのに少女は裸足だった。

 そして、その首には鎖の付いた首輪が付けられていた。


「奴隷……でしょうか」


 俺が立ち止まると、少女の存在に気付いたユキが足を止めて言った。

 過去の自分と重なったのか、複雑そうな表情を浮かべる。


「この街にもあんな子どもがいるんだな」

「近くに商人の姿が見えないけど、どうしたのかな?」


 フィーアがキョロキョロと周囲を見渡すが、それらしい人物は見当たらなかった。

 俺は余計に少女のことが気になった。

 商人が奴隷をほったらかしにしておくはずがない。

 少女をじっと見ていると、そこでカイが俺を横目で睨む。


「まさかユージ、あの少女を助けるつもりじゃないだろうな?」


 俺は首を振った。


「いや、俺はそこまでお人好しじゃない」


 奴隷の存在は大抵の国で公式に認められている。

 それを可哀想だと思ってもどうすることもできない。

 一人一人救っていたのではキリがない。

 上がいれば下もいる。

 この世界は平等ではないのだ。


「だけど、彼女を一人の女の子として扱うことくらいは許されるべきだろう?」


 相手の身分で接し方を変えることが悪いことだとは言わない。

 奴隷には奴隷として接することで互いの立場を明確にする意図もある。

 だけど、それは一般的な話であり、俺には関係ないことだ。

 彼女に嫌悪感を持っているわけでもないのに、どうして見て見ぬふりをすることができるだろうか。


「まったく、ユージらしいな」


 呆れるようにため息を付くカイ。

 その声は俺を責めているわけではないようだ。

 悪いなカイ。


 俺は少女に近づいて、地面に座る少女に声をかけた。


「大丈夫か?」

「……誰?」


 少女は虚ろな瞳で俺を見上げる。


「俺はユージ。君の名前は?」

「……リリア」


 少女は消えそうなほど小さな声でぽつりと呟いた。


「どうしてこんな場所に座っているんだ?」

「逃げてきた」

「逃げてきたって、誰から?」

「私を知らない誰かに売ろうとしていた男の人」


 やはり彼女は商人に売られた奴隷だったようだ。

 俺に彼女を救うことはできない。

 商人には商人の生活がある。

 わざわざ商人に突き出すつもりもないが、彼女を自由にする権利もない。

 俺が彼女を救うには彼女を買うしかないのだ。


 だけど、それが本当に正しいことなのだろうか。

 それで彼女は救われるかもしれないが、もしこれから他の奴隷と出会ったら俺はどうすればいいのだろう。

 その度に奴隷を買って自由にするのか。

 そもそもそれが奴隷にとって本当に救いとなるのだろうか。


 俺は旅に出てから色々な街で何度も奴隷を目にしてきた。

 そして俺は彼らを救うことはなかった。

 ユキを助けたのは俺がユキに特別なものを感じたからだ。

 憐れみでも罪悪感でもなく、心の底から彼女を助けたいと思った。

 あそこにいるべきじゃないと思った。

 ユキは例外だったのだ。


 もちろんリリアを恋愛対象にならないとか性的対象で見られないというような理由で救わないわけではない。

 むしろ彼女が美しいからこそ、俺がどんな理由によって彼女を買っても、それは結局、他の奴隷を買った奴らと同じでしかないからだ。

 仮にそこにいたのが若い男や老人だったら俺はきっと気の毒だと思うだけで、救おうとは思わなかっただろう。

 だからここで彼女を救ったとしても、それは俺の偽善であり自分の罪悪感を紛らわせるためでしかない。


「君と少し話がしたいんだ。ここだと人目に着くから移動しよう。ほら、立って」


 だから、俺は彼女を救わない。

 だけど、ここで見世物にさせておくつもりもない。

 俺は彼女へ右手を差し出した。


「……あなたも、私の体が目当て?」

「心外だな。俺がそんなふうに見えるかい?」

「……私に希望を持たせないで。希望を持つと裏切られたときにつらくなる」

「ごめん。だけど、こんなところで女の子が一人でいたら、悪い奴に何をされるか分からないよ」


 それは少女も理解しているのか、一瞬不安げな表情を見せる。

 それから少女は俺の顔をじっと見つめると、俯いてぽつりと呟いた。


「……不思議な人」


 そして、少女は俺の右手を掴んだ。


――


 彼女の姿は目立つので人の少ない裏通りへと移動する。

 新しい服を買ってあげようかとも考えたが、それはやめておいた。

 中途半端に彼女と接してしまえば、情が移って後々困る恐れがある。

 石畳の階段に腰掛けるリリアの隣に俺も座り、そして尋ねる。


「体の方は大丈夫か? ここまで歩いて疲れてないか?」

「……ううん、大丈夫」

「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」


 フィーアの言葉に、リリアは俯いてこくりと頷く。


「お腹、いてない? 何か食べたいものとかあるかな?」


 今度はレンが尋ねると、リリアは俯いたまま、今度はふるふると首を横に振った。

 一緒にいて段々分かってきたが、リリアは俺以外の人には首を動かすことしかしない。

 人見知りというより、大勢に囲まれて自然と警戒しているのだろう。

 まともに会話が成立するのが俺しかいないようなので俺ばかりリリアと話す形になってしまっていた。

 逆に言えば少なくとも俺には心を開いてくれているのだろうか。


「ユージ君、懐かれてるね」

「こんな小さな子まで手懐けるなんてちょっと驚いたかも」


 女性陣の生暖かい視線が俺に突き刺さる。

 別にやましいことはしていないのに罪悪感を覚えるのはなぜだろう。


「この子のことが気に入ったのか?」


 アキラが俺に尋ねる。


「いや、どうなんだろう……俺はただ、あの場でリリアが見世物になるのが許せなかっただけだ」


 気に入ったと言い方は彼女に対してどうもそぐわない気がする。

 友人や異性に持つ感情とは違う。

 やはりこの感情は同情や憐れみといったものだろう。


「……どうして優しくするの?」


 そこでリリアが不思議そうに俺の顔を見つめた。


「奴隷に優しくする人なんておかしい。たまに優しくしてくれた人も、みんな何か目的があって近づいてきた……あなたは何を私に求めるの?」


 リリアは優しくすることには理由があるのが当然だと信じて疑っていなかった。

 今まで他人に無償で何かをしてもらった経験が殆どなかったのだろう。

 それは不幸なことだと思う。


「目的なんてないよ。今言ったように、俺はリリアがあの場で通行人の目に晒されるのが許せなかった。ただそれだけだ」


 通行人の反応は至極当然のものだと思う。

 それを非難するのは的外れだ。

 むしろ奴隷に対して人と対等に扱うという考え方を持つ方が少数派なのだと自覚している。

 それでも、俺は人として、リリアをあのままにしておけなかった。


「……あなたは良い人なの?」

「いや、決して俺は良い人間じゃない。君を憐れみ自分の都合で君を助けた。どこにでもいる普通の奴だ」

「それで実際に行動できる奴がどれだけいるのか疑問だがな」


 カイは容赦なく俺に皮肉を言った。

 カイは厳しいけど優しい人間だ。

 中途半端な優しさが時には相手にとって良い結果をもたらさないことを知っている。

 だからカイの気持ちも理解できた。


「……リリアは奴隷から解放されたいのか?」


 しかしリリアは俺の問いに首を振った。


「……私は生まれた時から奴隷だった。奴隷になるしか生きる方法がなかった。他の生き方が私には分からない」


 俺はその答えを半ば予想していた。

 カイも予想していたからこそ彼女を助けることに乗り気ではなかった。

 しかし、こんな幼い少女がこのような生き方しかできないのはあまりにも悲しいではないか。


「……つらいけど、それでも生きていられるなら、私は奴隷に満足している」


 リリアは諦めきった表情で淡々と告げた。

 だが、この街にはリリアのような奴隷でなくとも、生きていくだけで大変な人たちが大勢いた。


 街の人々から話を聞いたが、この繁栄した観光都市には裏の顔があった。

 この国の税率は他の国に比べてかなり高い。

 国民から多くの税を取る一方で、それで武力を蓄えた軍人が幅を利かせているらしい。

 税の取り立てという名目で彼らに酷いことをされた者も大勢いるという。


 そして高い税率によって人々の暮らしはどんどん苦しくなっていた。

 街の外れには、リリアのような貧しい子どもたちが集まった貧困街もあるという。

 この街の人たちのどこか重苦しい雰囲気も、そういう理由があってのことだったのだ。

 この国はどこか歪んでいる。

 やがてその歪みが広がり、そしていつか限界が来る日もそう遠くないかもしれない。


 リリアとしばらく話していると、夕暮れを告げる鐘の音が鳴った。

 随分と時間が経っていたようだ。そろそろ潮時か。

 切りの良いところで話をやめ、俺たちは立ち上がる。


「今日は楽しかった。ありがとう」

「……私も、今日は人生で一番幸福だった」

「大袈裟だな」


 俺は苦笑するが、リリアは真面目な顔で俺を見つめ続けていた。

 彼女にとっては決して大袈裟な表現ではなかったということか。

 複雑な気持ちではあるが、リリアにとって俺たちとの出会いが無意味ではなかったのであればこれほど喜ばしいことはない。


「おいっ、こんなところにいたのか!」


 突然、大声が聞こえる。

 その声のする方を見ると、小太りの男が俺たちの方へ走ってやってきた。

 どうやら彼がリリアの今の所有者である商人らしい。

 男は俺たちに目もくれず、やってくるなりリリアの腕を掴む。


「勝手に逃げ出しやがって! きつい躾けが必要みたいだな!」


 リリアは何も言わず、されるがままに男に腕を引っ張られる。

 逃げ出した奴隷に対する態度としてはまだ生温い方かもしれない。

 だが、決して気分の良いものではなかった。

 俺はなるべく穏やかな声で接することを心掛けて、商人に声をかけた。


「あなたが彼女の所有者ですね。ありがとうございました」

「え?」

「これは楽しませてくれたお礼です。奴隷二人分くらいの額はあるんじゃないかと」


 内容は適当にぼかしつつ、俺は商人の手を両手で掴むと、その手にお金を無理やり握らせた。

 自分の手の中にあるお金の存在を認識した途端、商人はぽかんとした顔で俺を見る。


「こ、こんなにですか?」

「彼女に渡すより主人のあなたに渡した方が良いと思いまして。どうか受け取ってください」


 これでリリアへの怒りが収まるのなら安いものだ。


「俺が無理を言って彼女を連れ回したんです。彼女を許してやってくれませんか? お詫びに奴隷をもう一人分買えるだけの額を差し上げます」


 やはり俺は非情になりきれなかった。

 いくら理由を付けて言い訳をしても、結局俺はリリアを救いたかったのだ。


「も、もちろん許します。むしろ感謝しかありません」


 商人は愛想笑いを浮かべてへこへこと頭を下げる。

 これで大丈夫とは言い切れないが、必要以上に厳しい罰をリリアが受けることはないだろう。


「リリア、君は強い。リリアに会えて本当に良かったと思う。またいつか会う日を信じて、お互いに生きていこう」

「……うん」


 リリアは頷くと、僅かに笑みを浮かべた。

 そのまま商人に連れられてリリアは行ってしまった。


「やっぱりお前は甘いな」


 リリアの姿が見えなくなると、またカイがの呆れた声が聞こえた。

 でかい出費をしたことは許してほしい。


「でも、ユージくんらしくて良いと思うよ?」


 フィーアが優しい声でそう言った。


「ああ、器の大きさが違うな。俺まで惚れそうだ」


 アキラが感心した顔でうんうんと頷く。

 褒めてくれるのはありがたいが、あまり嬉しくないのはなぜだろう。


「でも、あれだけお金を出すなら彼女を買っても良かったんじゃないか?」


 アキラの疑問に俺は首を振る。


「いや、行く当てもないのに彼女を自由にしても、どのみち後で困るだけだ。それが彼女にとって幸せになるとは限らない。まさか一緒に旅をするわけにもいかないしな」


 彼女は幼すぎる。

 たとえ俺たちの旅に付いてきたとしても体力的に厳しいだろう。

 俺にできることは、リリアがこれからなるべく平穏に生きてくれることを祈ることだけだ。


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