第二十六話 終結
俺は話題を変える意味も込めて、こほんと一度咳をすると、気持ちを戦闘モードへと切り替えた。
「アホなこと言ってないで、そろそろあの魔物を何とかするぞ」
いつまでも無駄話をしてはいられない。
依然として魔物はまだ健在なのだ。
戦う準備をするため、俺はまずユキに頼んだ。
「ユキ、俺の筋力を強化してくれ」
「はい、分かりました……では、失礼します」
ユキは頷くと俺との距離を詰め、俺の胸元にそっと触れる。
すると、みるみるうちに体の中から力が湧いてきた。
これであの魔物の耐久力にも多少は対抗できそうだ。
「シーナ、瞬間移動で俺をあの魔物の背後に移してくれ」
「分かりました」
シーナの能力は触れている相手も一緒に移動させることが可能である。
それを利用して先ほどシーナが単独で行ったように魔物の背後から奇襲を加える。
「俺とシーナで魔物を地面に落とす。そこをみんなで仕留めてくれ。フィーア、弓で魔物の牽制を頼む」
「うん、任せて」
これで準備は整った。
あとは各自が持てる力を出し切り、魔物の体力を削っていく。
俺はシーナの肩に左手を乗せた。
「頼んだぞ、シーナ」
「はい。では行きます」
シーナはこくりと頷くと、上を向いた。
移動する位置を決めるために、魔物の姿を視界に捉える必要があるからだ。
その間にフィーアが素早く矢を放ち、魔物の行動を制限する。
そして、俺は一瞬の浮遊感を覚える。
そして一度瞬きをしたときには、もう目の前に魔物の背中が見えていた。
先ほどのシーナの一撃でできた深い切り傷がまだ残っていた。
魔物は俺たちの存在に気付いて身をひるがえそうとする。
だがもう遅い。
俺は剣を思い切り振り下ろす。
魔物の鳴き声とともに、背中から血が噴き出した。
そのまま俺はその大きな魔物の背に乗り、剣を力任せに背中へと突き立てる。
空中で魔物が暴れるが、振り落とされないように剣を握る両手に力を込める。
一方、シーナが空中を瞬間移動しながら、何度も魔物を切り裂いた。
自由に消えては現れてを繰り返しながら移動するシーナ。
その攻撃に魔物は防御もままならない様子で、ただ滅茶苦茶に翼を羽ばたかせて暴れていた。
飛行する魔物の高度が徐々に下がっていく。
今がチャンスだ。
俺は振り落とされる前に能力で加速する。
スローになった世界で、魔物の背中から剣を引っこ抜くと、翼の付け根を狙って思い切り剣を振り抜いた。
そこで鈍い手応えがあった。
硬い骨が剣の刃を阻んだのだ。
だが、手を緩めるわけにはいかない。
俺は両手に力を込めると、強引に刃先を進ませる。
「うおぉぉぉぉぉ!」
そしてついに、剣は魔物の片翼を切り裂いた。
翼を切断された魔物は、地上へと落下する。
「ユージ、私の手を」
落下直前、俺の隣に瞬間移動したシーナが俺に手を伸ばす。
俺がその手を握ると、再び瞬間移動をしてその場から離脱した。
地上に戻った途端、ドスンッという大きな音とともに、土煙が舞い上がる。
魔物の落下の衝撃によって地面が陥没したのだ。
だが、それでも魔物は起き上がり、地上で大きな鳴き声を上げる。
「よくやった、あとは任せろ」
カイは地面を駆け、魔物へと接近する。
魔物が残った片方の翼を羽ばたかせ、カイへと羽根を飛ばす。
カイはそれを左右へかわすと、魔物の懐まで潜り込み、刀を振り抜く。
刀は魔物の腹部を大きく切り裂いた。
魔物は大きくのけ反るが、すぐに体勢を立て直し、苦し紛れに翼を振り抜いた。
カイはそれを後ろに飛んで避ける。
同時に、そこでレンが二本のナイフを投げる。
ナイフは魔物の両目を正確に潰した。
「アキラ君!」
「おう!」
その隙にアキラが魔物へ真っ直ぐ突っ込むと、暴れる魔物の翼をかわし、魔物の背後に回り込む。
そして跳躍し、背中を駆け登ると、翼を抱え込むように両手で掴んだ。
「ふんっ! うおおおぉぉぉっ――」
そのまま背中に両足を付けて踏ん張りながら、力任せに翼を背中側へと引っ張る。
魔物は暴れるがアキラは翼を離さない。
その激しさに無数の羽根が地面へと落ちる。
「終わりだ」
そしてカイが無防備な魔物の体に刀を突き刺した。
「―――――――っ!」
魔物の断末魔が森の中に響く。
その大声に俺たちは再び耳を塞いだ。
そこでカイが容赦なく刀を引き抜いた。
魔物から飛び散る血と羽根。
そこで背中にいるアキラも翼を離して魔物から離れる。
すると、魔物は地面に前のめりに倒れた。
それでもなお、抵抗するように鳴き声を上げ、片翼をばさりばさりと動かす。
だが、それもここまでで、魔物は次第に大人しくなり、そして最後には力尽きた。
「……やりましたね、ユージ」
「ああ、終わったな」
その壮絶な死闘を終え、俺はほっと息を付く。
誰も怪我をしなくて良かった。
魔物が粒子となって消えていく光景を、俺はぼんやりと見つめた。
そして、魔物が消滅した後で、俺はそこに残った銀色に光る大きな羽根を拾う。
これが『硬質の羽根』なのだろう。
拳一つ分くらいの大きさで、羽根の形をしており、鉄のように硬い。
「へー、これが『硬質の羽根』かー。本当に硬そう」
フィーアが俺の手にある羽根を覗き込んで感嘆の声を上げる。
「これで後は、街に戻ってアルヴィースさんに渡せばクエスト達成だね」
「案外あっさり終わったな」
レンの言葉にカイが頷く。
今回のクエストをあっさりだと言えるところがカイらしい。
俺が小さく苦笑すると、そこに、たたたっ、とこちらへ駆けてくる足音。
「やりましたねユージさんっ」
少し休んで元気になったアイが俺に飛びつく。
俺は反射的に抱き留めると、アイはキラキラした瞳で嬉しそうに俺を見上げた。
「アイ、ベタベタし過ぎです」
「まさかアイさんもユージさんのことを……」
シーナは無表情で、ユキは驚きと不安の混じった顔で、それぞれ俺たちのことを見ていた。
俺は気まずくなって視線を逸らす。
そういえばこの二人は合流が遅かったから俺たちのやり取りを聞いていなかったな。
「なあ、これが修羅場ってやつか?」
「はは、僕たちの間に争いはないから大丈夫だよ」
「? ……ユージってモテるんだな」
遠くでアキラとレンの話し声がするが、聞こえないふりをした。
この流れを俺は何度も経験したような気がする。
しかし、こういうやり取りができるのもみんなが無事であるおかげだ。
みんなの晴れやかな表情を見ても、戦いが終わったのだと実感する。
戦い自体は俺も嫌いじゃないが、やはり平和が一番だ。
俺はアイを引き離すと、みんなに声を掛ける。
「よし、『ノルンの羽根』を使って森を出るぞ――」
だが、そこで唐突に、それは起こった。
俺の言葉は、途中でそれにかき消される。
――パァンと一発の銃声が聞こえた。
「え?」
そこで側にいたフィーアが声を漏らす。
そのまま後ろへ倒れるフィーア。
俺はそれを茫然と見つめていた。
フィーアの胸からじわりと血が広がって衣服を赤く染める。
「フィーア!」
遅れて俺はフィーアに駆け寄ると、その体を抱きかかえた。
銃弾は正確に心臓の辺りを貫いていた。
普通ならまず助からない。
嫌な想像が脳裡をよぎる。
「おい、フィーア! しっかりしろ!」
俺は何度も何度もフィーアに声を掛ける。
すると、そこでフィーアはぴくりと眉を動かし、苦しそうに顔をしかめた。
「……痛っ……ユージくん……大丈夫……」
フィーアは生きていた。
俺は大きく安堵のため息を付いた。
その間にフィーアの傷口はどんどん塞がっていく。
良かった。
超高速再生の能力もここまで来ると不死身だな。
それにしても一体誰がこんなことを?
「誰だ! 出てこい!」
カイは抜刀する体勢のまま、銃弾の飛んできた方向を睨みつける。
すると、大きな樹木の後ろから、その人物はゆっくりと姿を現した。
「今ので死なないのね」
そこにいたのは、黒いドレスを着た黒髪の美少女だった。
少女はその手に小型の銃のようなものを持っていた。
銃の色も少女の恰好と同じく黒一色。
見たことのないシンプルな形状だ。
あれに人を殺傷できる威力が本当にあるとすれば、俺の知らない新しい技術を使っているとしか思えない。
彼女は何者なのだろうか。
そして彼女の凛とした、それでいて冷たそうな瞳を見て、俺は確信する。
森の中でずっと感じていた視線の正体はこの少女のものだったのだ。
「あ、あの人……」
そこでユキがぽつりと声を漏らす。
口元に手をやり、目を丸くしていた。
「ユキ、何か知っているのか?」
「いえ……どこかで見たと思ったら、初めてギルドに行ったときに見せてもらった写真に写っていた人です」
「ああっ、あのクエストか!」
俺もユキの言葉で思い出す。
ニダヴェリールのギルド支部でエルフの受付嬢から紹介されたSSSランクの依頼。
そのとき写真に写っていた少女が彼女だった。
確か名前は『サクヤ』だったか。
しかし、彼女がどうしてここに? 単なる偶然なのか?
「サクヤ、姿を見せて良かったのですか?」
そのとき少女の後ろから、今度はスーツを着た若い男が現れた。
その手には白い手袋をはめている。
その男も俺たちと歳は変わらないように思える。
そしてこちらも顔立ちがやけに整っていた。
男は少女の後方に控えるように立つ。
「ええ、作戦変更だわ。やっぱりこの方法じゃ駄目みたいね」
「はい、焦らず正式な手順を踏んでいきましょう」
俺たちを見ながら淡々と話す二人。
俺は二人の動きに警戒しながら尋ねる。
「お前らは何者だ? 何が目的だ?」
いきなり襲われるような恨みを買った覚えはない。
盗賊にも見えないし、アキラのように森で迷った遭難者にも思えない。
彼らの目的が分からない。
それに、この二人は得体が知れない。
不思議なことに、この二人は先程からステータスが見えないのだ。
すると、俺の問いに少女が答えた。
「私はこの世界を終わらせに来たのよ」
少女は迷いのない瞳でじっと俺を見つめる。
そういえばギルドの受付嬢にも世界の秩序を乱す反乱者とか言われていたような気がする。
しかし世界を終わらせると言われても壮大過ぎて俺にはぴんとこない。
だが、その瞳からは強い決意を感じた。
彼女は本気だった。
そこで、少女は俺から視線を逸らし、目を伏せた。
「……イクス、行くわよ」
「分かりました、サクヤ」
イクスと呼ばれた男は恭しく頭を下げる。
そして二人は俺たちに背を向けた。
呆気に取られた俺たちは、それを追おうとは思わなかった。
そうでなくとも、相手の意図が分からないので迂闊に近づくことはできない。
離れていく二人の後ろ姿を黙って見つめる。
そこで、少女はちらりと振り返って俺の顔を見た、ような気がした。
その表情がどこか切なげで、俺はとても印象に残った。
そして、森の風に乗って、少女の囁きが俺の耳に届いた。
「――ユージ、私が必ずあなたたちを救うから」




