第二十四話 フレースヴェルグ
今、森のどこ辺にいるのだろうか。
霧の中、前方にある木を避けながら歩き、方向感覚が分からなくなる。
アキラが三日も彷徨ったのも納得だ。
そろそろ目当ての魔物と遭遇しても良い頃だと思うのだが、一向に姿を見せない。
いつまでも周囲に気を配っているのは精神的に疲れる。
気分転換にアキラに色々尋ねてみると、アキラも俺たちと同じく各地を巡る旅をしていることが分かった。
「アキラはずっと一人で旅をしてるのか?」
「まあな」
「でも一人だと大変じゃない?」
フィーアの疑問ももっともだ。
一人だとどうしても限界がある場面もあったはずだ。
高レベルのモンスターと対峙した場合に、一人だと敵わなくても大人数で協力すればたとえ相手が自分より上のレベルでも勝てることもある。
また、経験値は敵を直接倒すとその人物に最も多く入るが、戦闘に参加しているだけでも一定数は手に入る。
つまり一人の場合は高レベルのモンスターを倒す機会が少なくなり、経験値を稼ぐ効率も下がってしまうのだ。
「大変だけどやりがいはあるぜ」
アキラはあっけらかんとした声で笑った。
その一言だけで済ますことができる大らかさはたいしたものだと思う。
「アキラさん、皆さんと気が合いそうです……」
「バトルマニアがまた一人増えたね」
アイがため息を付くと、レンが苦笑を浮かべた。
そんな会話をしながらも休まず森の中を歩き続けていると、俺は周囲の霧が次第に薄くなっていくことに気付いた。
すると視界の奥に大きな動くものが見える。
そこで、俺は足を止めた。
徐々に霧が晴れていき、視界が完全にクリアになる。
気付くと俺たちは開けた場所に出ていた。
その周囲一円のみ樹木が一切生えておらず、背の低い雑草が芝生のように一面に生えているそこは、さながら自然の闘技場のようだ。
そしてそこには俺たちを待ち構えるモンスターがいた。
「……ゴーレム」
【ゴーレム】レベル100
【ゴーレム2】レベル100
【ゴーレム3】レベル100
俺たちの前に三体のゴーレムが立っている。
土と石で出来たその無機質な巨体は、獲物を見定めるように俺たちをじっと見つめる。
「うおっ、随分高レベルだな。今までこの森でこのレベルのモンスターを見たことはなかったぞ?」
俺の後ろで、その存在に気付いたアキラが驚いて声を上げる。
アキラの言うとおり、今まで森の中で出会ったモンスターとは明らかにレベルが違う。
「みんな、気を付け――」
そこで俺は言葉を止める。
俺たちの頭上を巨大な影が覆ったからだ。
その影に俺はゴーレムよりも強大な力があることを本能的に感じた。
俺は慌てて他のみんなに注意を促す。
「上だ!」
そして上空からその何かが急接近してくる。
俺はそいつと目が合った。
獲物を狙う瞳がきらりと光る。
フィーアに向かってそれは真っ直ぐ落下してきた。
「きゃっ?」
「フィーア!」
俺は咄嗟にフィーアを抱きしめて地面に倒れると、転がってそれを紙一重で避ける。
下降してきたその影は地面スレスレで急上昇し、また上空へと向かった。
それは巨大な鳥だった。
その鳥の両足がフィーアを襲おうとしたのだ。
「あれがフレースヴェルグ?」
「いや、あれは鷹だ。鷲じゃない」
アルヴィースさんの話ではフレースヴェルグは大きな鷲だと言っていた。
あれは別の魔物だろう。
俺は覆いかぶさっていたフィーアから離れると、上空のそいつを確認する。
【ヴェズルフェルニル】レベル140
やはり別の魔物らしいが、なかなかのレベルだ。
「ラスボスの前の中ボスってところか」
ゴーレムに加えて中ボスの登場。
本来ならここで無理に奴らと戦う理由はないように思える。
しかし、俺は戦うつもりでいた。
ここで逃げても再び森の中を彷徨うだけな気がする。
こいつらを倒さないと先へと進めない、そんな予感がするのだ。
「フィーア、あの鳥を打ち落とせるか?」
「うーん、どうかな? とにかくやってみる」
上空の敵にはフィーアの弓が一番有効だろう。
問題は高速で動くあの的に当てることができるかどうかだが、正直そこまでは期待していない。
自分よりレベルがかなり上の相手に対して、そこまでフィーアに求めるのは酷だろう。
仮に落とせなくても牽制になってくれればいい。
それだけでも助かるのだ。
フィーアもそれを分かっていて俺の指示に従ってくれている。
「俺とレンで先にゴーレムを倒す。アイは結界で上空のあいつの攻撃からみんなを守ってくれ」
「俺も手伝うぜ」
俺とレン、それとアキラでまずはゴーレムを倒す。
確かにゴーレムは高レベルだがアルフヘイムでのドラゴンとの戦闘を経験している俺たちにとっては恐れるほどの相手ではない。
さっさと倒して、みんなでフィーアとアイの加勢をする。
俺は地面を蹴り、ゴーレムの一体へと接近すると、剣を振り下ろした。
剣はゴーレムの体を僅かに傷つけるが、硬い体がそれ以上剣を通さない。
俺は反撃を受ける前に距離を取った。
ゴーレムはその硬い体のおかげで耐久力に優れている。
一撃で倒せるなど元より思っていない。
細かく何度も攻撃をすることでダメージを蓄積させる。
だが、持久戦にするつもりもない。
俺は能力を使用し、加速する。
そして剣で首や肩、腹部など同じ場所を何度も斬り付けた。
それを繰り返していると、真っ先にゴーレムの両腕を切断することに成功する。
それでも手を緩めずに剣を振るうと、ついにゴーレムの首を胴体から切り離した。
すると途端にゴーレムはバラバラになって地面に崩れ落ち、そして粒子となって消えた。
これでまずは一体倒した。
その間に、アキラとレンも他のゴーレムの相手をしていた。
「おらっ!」
アキラが拳でゴーレムを殴り付ける。
だが、それに対してゴーレムもアキラへと腕を突き出した。
二つの拳がぶつかり合う。
相手は規格外の耐久と力を持つゴーレムだ。
しかもレベルはゴーレムの方が高い。
普通であればゴーレムとまともに力比べをするのは無謀であった。
「……この程度か?」
だが、アキラの拳が徐々にゴーレムを押し始める。
そして、ついにゴーレムの腕に亀裂が入り始めた。
アキラはさらに力を入れる。
「ゴーレムが何だ! 人間様を舐めんな!」
ついにゴーレムの腕はアキラの拳に耐えきれなくなり、その肩から先が完全に壊れて粉々になった。
そしてアキラはゴーレムの懐に潜り込むと、腹部に思い切り拳を叩きこんだ。
「オラオラオラオラぁ!」
さらに連続で拳を叩きこむと、ゴーレムの腹部を中心にヒビが入り始める。
そしてついに拳がゴーレムの腹を砕いた。
ゴーレムは粉々に崩れ落ちていく。
「――肉体強化、それが俺の能力だ」
振り返ったアキラはケロリとした顔でそう言った。
やはりここまで一人で旅をしてこられた実力は伊達ではない。
「あとはレンだけか……」
ちょうどそこで、地響きとともに、ドンッ! と大きな音が聞こえた。
その方向を見ると、レンが粉々になったゴーレムを見下ろしていた。
地面が黒く焦げ、ゴーレムからはバチバチとと電気が流れる音が聞こえる。
「さて、僕も終わったよ」
振り返ったレンが涼しい表情で言った。
おそらく宝石を使ったのだろう。
これでゴーレムは全部倒したな。
「フィーア、アイ、大丈夫か?」
俺は急いで二人に声を掛ける。
ゴーレムの相手をすることに集中していたために二人の戦闘にまで注意を向けておくことができなかった。
だが、見たところ二人とも怪我はしていない。
それに魔物はゴーレムと戦闘中の俺たちを襲うことはなかった。
二人ともうまくやってくれたらしい。
しかし、フィーアは俺を見ると、申し訳なさそうに俯いた。
「ごめん、ユージくん。私じゃ全然ダメージを与えられなかった」
上空を見ると、何本か魔物の体に矢が刺さっているのが分かった。
しかし致命傷にはなっていない。
しかし、フィーアはよくやったと思う。
2倍近くレベルの違う相手に目立ったダメージを与えられないのは仕方のないことだ。
むしろ高速で動く相手に数本当てただけでもたいしたものである。
「私も、何とか頑張ってみましたが……もう限界です……」
フィーアの隣でアイは疲弊した表情を浮かべ、苦しそうに呼吸をしていた。
アイが結界を張り続けてくれたおかげでみんなが襲われることはなかったが、その代わりに魔力を大量に消費してしまったらしい。
「二人とも助かった。あとは俺が何とかする」
俺は剣を構え、上空を飛び回る魔物の細かな動きを見逃さないように集中する。
魔物が上空にいる間は手を出せないが、攻撃をするときは最初にフィーアを襲ったときのように下降してくるはずだ。
そこを叩く。
灰色の雲に覆われた空。
そこを旋回していた大きな影がちょうど俺の頭上へ移動する。
そこで、魔物が動いた。
魔物は加速しながら一直線に下降してくる。
俺はその魔物をじっと睨みつける。
まだだ。
まだ早い。
ギリギリまで引き付けるんだ。
そして俺にその魔物のくちばしが届く直前、俺は剣を振るった。
魔物が俺の体の真横を通り、地面に激突する。
ドスンと地面が揺れた。
見ると魔物の姿は粒子となってそして消えた。
魔物を倒したのだ。
「やったね、ユージくん」
「さすがユージさんです!」
「やれやれ、紙一重だったね」
剣をしまうと、みんなが俺の側にやってくる。
「……一撃で倒す腕前。そしてギリギリまで 度胸。うん、ますます気に入った」
そこでアキラは何やらぶつぶつと呟いて一人で頷いていた。
「どうした?」
「いや、なんでもねーよ」
そう言ってアキラは首を振る。
おかしな奴だ。
それにしても、とりあえず全員無事で良かった。
ほっと笑みを浮かべかけた瞬間、そこで俺は新たな魔物の気配を感じた。
ぞくりと背筋に寒気が走る。
獲物を狙う鋭い視線。
体を射抜くような殺気。
俺のあらゆる感覚が告げている。
こいつは危険であると。
そして、そいつは俺たちの前に姿を現した。
それは巨大な鷲だった。
先ほどの魔物の倍はあるのではないかという大きな体。
それでいて目を奪われるような美しい姿。
その圧倒的な存在感に俺は思わず息を呑む。
「……本命の登場ってわけか」
さすがはSSSランクのクエスト。
最後にこんな大物を残していたとはな。
【フレースヴェルグ】レベル200




