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第二十三話 迷い人

 そういうやり取りがあって以来、俺たちの間にはローテーション制という取り決めがなされたのだった。

 仮にアイも俺のことが好きで、俺がアイも受け入れるということは、アイもそのローテーションに加えるということだ。

 つまりエッチなことをするという意味だ。

 レンはそれも分かっていて言っているのだろうか。

……恐らく分かって言っているんだろうな。


 それにしても、思い返すと俺もあの場で随分大胆なことを言っていたような気がする。

 あのときのことを思い出すと少し恥ずかしくなって、俺は歩くペースをちょっとだけ速めた。


「とりあえずその件は置いておいて、早いとこユキたちと合流するぞ」


 そこで他の三人も頷いて表情を引き締める。

 それにしても、結構な距離を歩いたように思えるが、今だに終わりが見えない。

 『硬質の羽根』を持つ魔物、『フレースヴェルグ』が現れる気配もない。

 まさか同じ場所をぐるぐる回っているだけなのではないだろうか。 

 そんな不安を感じながら歩いていると、そこで俺は前方に何かが動いた気配を感じた。

 俺はフィーアたちを手で制して立ち止まる。

 人か獣か、それともモンスターか。

 俺はじっと霧の向こうを窺う。


 そしてすぐに、霧の中から何かが俺たちの前に飛び出してきた。

 そのままその大きな何かは俺に向かって飛び込んでくる。

 人だ。

 それを判別したときには、俺の目の前に何かが迫っていた。


「ちっ」


 俺は首を横に傾けてそれを避ける。

 それは人間の放った拳だった。

 拳は背後の樹木の幹に当たって、樹木を派手に揺らす。

 その拳を放った人物と目が合った。


 それは体格の良い若い男だった。

 俺と近い歳のように思える。

 男の目は血走っていた。

 俺は瞬時にその男の伸ばした腕を掴むと、そのまま男の背後へと回り込み、腕を背中へと捻った。

 男は堪らず地面に膝を付いた。


「痛たたたたっっ? ちょっと、タンマ! ギブ! ギブ!」


 男は情けない悲鳴を上げる。

 すでに男の戦意が喪失しているのが分かった。

 それでも俺は男の腕を掴んだ手に力を入れたまま、低い声で男に尋ねた。


「お前は何者だ? 返答次第では腕を折る」

「待て! お前らと争うつもりはない!」

「じゃあどういうつもりで俺たちを襲ったんだ?」

「ちょっと食べ物を奪おうと思っただけだ! 腹が減って我慢できなかったんだよ!」

「……争う気満々じゃないか」


 男に不満を言いつつも、一応俺はその手を僅かに緩めた。

 男はほっと小さく息を吐く。

 それでも手は離さず、男が不審な動きをしたらすぐに力を入れるつもりだ。


「それで、どうしてこんな場所にいるんだ? 腹が減ったならこんな場所にいてもしょうがないだろ」

「……森で迷ったんだよ。くそっ、脱出アイテムも持ってないし、仕方ないからモンスターを狩りながら何とか生活をしてたんだ」

「迷ったって、いつから?」

「たぶん三日くらいはいたな。今日なんて何も食ってない。最初は地面に落ちてる葉っぱでも食おうとしたけど不味くて諦めた」

「そりゃそうだろ」


 普通は食べようとさえ思わない。

 それだけ追い込まれていたということか。


「あー、腹減った。ここは食えそうな植物も全然生えてないからマジ死ぬかと思ったぜ。というかもう限界だ」


 男は切実な声で言った。

 この森も以前は緑でいっぱいだったのかもしれないが、今は枯れてしまっている。

 ここまで歩いた限りでは生き物も俺たち以外はモンスターしかいない。

 本当に食べるものがここには何もないのだ。

 こいつ、俺たちが通りかからなければ死んでいたかもしれないな。

 俺は男のステータスを確認する。


【アキラ】レベル89 素手

 体力:2,980 魔力:1,890 筋力:3,760 耐久:3,120 敏捷:2,950

 装備:見習いの武道着『体力が50上昇』『筋力が100上昇』『耐久が100上昇』『敏捷が100上昇』、武闘家の靴『敏捷が300上昇』、破壊の指輪『筋力が200上昇』


 さらに別の項目を確認する。


【アキラ】レベル89 体力:73/2,980 魔力:230/1,890 状態異常:なし


 やはり見た目以上に体力の限界が近かったようだ。


「ユージくん、可愛そうだしこの人に食べ物を分けてあげない?」

「そうだな、さすがに見殺しにしたら目覚めが悪い」


 フィーアが憐れむようにアキラを見つめる。

 レンとアイも異論はないようだ。

 仕方ないので俺は拘束を解くと、腰に付けた袋からおにぎりを出してアキラに手渡した。


「サンキュー、いただきます!」


 アキラは俺の手から引ったくるように奪うと、拳くらいの大きさのおにぎりを一気に口の中へ放り込みガツガツと咀嚼する。

 数秒で食べ終わってしまった。

 しかも図々しくも一つでは足りないと言うので俺はもう一つ分けてやった。

 それもあっという間に食べ終わると、地面にあぐらをかいたアキラが俺たちを見上げて満足そうな笑顔を見せる。


「いやー助かった。お前ら、良い奴だな」


 いきなり襲っておいて随分調子の良い奴だ。


「凄い食べっぷりですね」

「うん、鬼気迫るものを感じたよ」


 感心しているアイの隣でレンは呆れるように苦笑する。


「まったく、命の恩人に感謝しろよ」

「おう、この恩は一生忘れない」


 アキラは調子の良い返事を返すが、どうもありがたみを感じないのはなぜだろう。


「しかしユージ、お前強いな。お前のレベルを見たけど、襲うのは無謀だった」


 俺のステータスを見たらしいアキラがへらへらと締まりのない笑顔を浮かべる。

 ずっと迷っていて死にかけていた割にはどうも危機感のない奴だ。


「それより、どうしてここへ? アキラも何かのクエストで来たのか?」

「クエスト? 俺はただ強い奴を求めてここに流れ着いただけだ」


 アキラはそう言うと、勢いよく立ち上がり、俺ににかりと白い歯を見せて笑う。


「飯の恩もあるし、この森を出るまでお前らに協力してやるよ」

「どっちかっていうと俺たちが脱出に協力してやる立場なんだけどな……まあ良い。早いとこみんなと合流するぞ」


 協力してくれるなら拒みはしない。

 むしろ助かる。


「無条件で信用して大丈夫かな?」

「ああ、疑う理由もないしな」


 小声で俺に耳打ちするレンに、俺は確信を持って頷く。

 アキラは体力が尽きかけていた。

 あれが演技とは思えないし、アキラがそういう演技を出来る人間にも見えない。

 つまり俺たちとアキラが出会ったのは全くの偶然であり、偶然会った俺たちをアキラが騙すメリットが思いつかない。

 それに、本人の性格もあるのだろうが、俺はアキラに昔からの知り合いだったような気安さを覚えるのだ。

 アキラは悪い人間ではない。

 ただの印象論で何の根拠もないが、不思議と確信があった。

 だから俺はアキラを信用し、行動を共にすることにした。



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