第二十一話 ハーレム
ドラゴン退治を終えて街を出てからすぐのこと、俺たちはアルフヘイムにある別の街へ来ていた。
その街の宿に泊まったときのことだ。
昼間、俺はフィーアの部屋を訪れていた。
フィーアに一緒にお茶をしないかと誘われたからだ。
小さな丸いテーブルに向かい合って俺たちはフィーアの入れた紅茶を飲む。
「他のみんなは誘わなくて良かったのか?」
「みんな買い物に行ってるから私たち以外は誰もいないよ」
あれ?
俺は誘われなかったんだけど?
ちょっと疎外感。
しかしフィーアはそんな俺には気付かずに、紅茶を一口飲むと幸せそうに大きく息を吐いた。
「こうして二人でのんびりするのも久しぶりだね」
「ああ、色々あったからな」
旅の先々で戦う毎日。
こうして部屋でのんびりするときも、大抵は他の誰かも一緒だったからな。
フィーアと二人っていうのは珍しいかもしれない。
「最初は私とユージくんの二人だった。それからみんなと出会って、旅をして、ギルドも作って……それに、最近はみんなの関係も少し変わってきた」
「……それは俺のせいなのかもしれない」
ユキやフィーアと付き合っていることを俺はまだフィーアにはっきりとは告げていない。
フィーアも察してはいるのかもしれないが、俺の口から言わないのはフェアじゃないように思える。
「ううん、それはユージくんの自惚れだね。確かにユージくんは変わった。だけど、変わったのは他のみんなも同じだよ」
「フィーアも変わったのか?」
「うん……そうかもね。私だって最初は完全に割り切ることができなかったから」
フィーアは恥ずかしそうな微笑を浮かべると、そこで立ち上がった。
「さてと、お茶のおわかり入れるね?」
俺はそのフィーアの後ろ姿を眺める。
フィーアが言いたかったのはどういうことだろう。
俺には踏み込むことができなかった。
だけど、フィーアの強い意志みたいなものを俺は感じた。
じっとカップに紅茶を入れるフィーアの後ろ姿を見ていると、なんだか背後から抱きしめたい欲求が溢れてきた。
フィーアは可愛い。
優しいし気が利くし家事もできる。
明るく誰にでも親切で、それでいて自分の意思はしっかり持っている。
欠点らしい欠点が見当たらない。
まさに理想の女の子だ。
村にいた頃からずっと俺の家の面倒も見てくれていた。
俺は知らないうちにフィーアに依存していたのかもしれない。
フィーアのいない生活を考えることができない。
「フィーア、こういうときに言うのもなんだけど……」
「ん? なにかな?」
「俺はフィーアのことが好きだ」
「へえ、そうなんだ……って、ええっ?」
フィーアは驚いて振り向く。
目をぱちくりさせていた。
「わ、私をからかっているんじゃないよね?」
「ああ、俺は本気だ」
ずっと好きだった。
異性として意識していた。
だけど幼馴染という立場と、一緒に暮らしているという状況、そしてお互いに踏み込むことを避けていた結果、なあなあの状態でここまで来てしまった。
だけど、俺は決心したのだ。
その覚悟が俺にはできた。
あとは気持ちを全て伝え、結果を待つだけだ。
「だけど、俺はフィーアだけじゃなく、ユキやシーナ、レンのことも同じくらい好きだ。誰か一人だけを選ぶことはできない。みんな好きなんだ」
俺はフィーアに自分の決意を伝える。
全員を幸せにする。
こんな夢物語を俺は現実のものにしたい。
「俺はこういう奴だけど、それでも俺はフィーアのことが好きだ。だから、俺の恋人になってくれないか?」
あとはフィーアの選択を待つだけだった。
どういう返事をされても覚悟はできている。
もし否定されたとしても、俺は諦めるつもりはない。
俺がフィーアを好きだという気持ちが変わることはない。
じっと判決を待っていると、フィーアは優しげな微笑を浮かべて言った。
「……もちろん良いに決まってるよ。私もユージくんのことが好きだから」
そしてフィーアは俺の顔を見つめながらそっと近づく。
俺はフィーアを抱きしめた。
少し遠回りをしたが、ようやく俺たちは気持ちを伝え合うことができたのだった。
「ねえ、私たち以外は誰もいないってさっき言ったよね?」
「ああ、そうらしいな」
その先は言わなくても分かった。
せっかく入れてくれた紅茶が冷めてしまうが仕方ないな。
俺たちはベッドへ行くと、フィーアを抱き寄せ、そして口づけを交わした。
――
そしてまた別の日、俺はレンと二人で買い物に街へ出ていた。
少なくなったアイテムの補充が主な目的だ。
そのためあらかじめ何を買うかは決まっている。
誰が行くかを決めるじゃんけんで負けてしまった俺たち二人が買い出しに行くことになったのだ。
「あとは『ポーション』を二十個と『薬草』を三十個か」
買ったアイテムをまとめて入れた袋を片手に、俺はもう片方の手で欲しい物の一覧が書かれたメモを見る。
『薬草』は体力を回復させ、『ポーション』には魔力を回復させる効果がある。
旅の必需品だ。
「意外にあっさりと揃いそうだね」
「どこかで休憩していくか?」
「良いね。こういうのも役得っていうのかな」
俺たちは近くの屋台でクレープを買うと、広場のベンチに並んで腰掛ける。
通り過ぎる街の人々を眺めながら、クレープを口へと運んだ。
甘いクリームの味が口の中に広がる。
「平和だね」
「そうだな」
俺たちはしばらくベンチに座ったまま、たまに他愛無い話をして過ごす。
特に中身のないくだらない内容をだらだらと続ける。
それだけで時間を潰せた。
レンのさっぱりした性格は俺にとって付き合いやすかった。
気安いが深入りはしない、その絶妙な距離感をレンは保っていた。
異性としても魅力的なのに、男友達と付き合うときのような気楽さと親しみを感じる珍しいタイプの少女だ。
いつまでそうしていただろう。
不意にレンは、自然な口調でそれを言った。
「ユージ君は覚えているかい? 以前、僕は君のことが好きかもしれないと言った」
「ああ、もちろん忘れるわけないだろ」
「良かった。こう見えて結構勇気を出したからね。ま、それはさておき、僕のこの気持ちは今も変わっていないんだ」
「唐突だな」
俺は動揺を誤魔化すために無表情を装って余裕を見せる。
本当は全然余裕なんてなかった。
「ユージ君とフィーアさんたちとの関係を僕が気付いていないと思うかい? 今だから言うんだよ。もう抜け駆けを心配する必要もなさそうだからね」
レンはこんなときだというのに、いつもと変わらぬあっさりとした口調で言った。
いや、そう見えるだけで実際はレンも緊張しているのだ。
その顔が赤くなっているのが俺には分かった。
「ユージ君、そろそろ君の答えを聞かせてくれないか?」
レンの真剣な瞳が俺をじっと見据えた。
それは一種の儀式のようなものだと思った。
恐らくレンも俺の気持ちを薄々分かっているはずだ。
俺はすでに答えを出している。
躊躇う理由などない。
いくら男友達のように付き合っても、レンを異性として意識しない方がおかしい。
こんな『いい女』を俺が好きにならないはずがない。
けれど、やはりそれを言葉にするのは緊張する。
待つ方はもっと緊張していることだろう。
勇気を出して一歩踏み込んできたレンに、今度は俺が勇気を出して応える番だ。
レンの真剣な眼差しに、俺も真剣な気持ちを返す。
「俺もレンが好きだ」
「……それを聞いて安心したよ」
そこでレンはふっと表情を和らげた。
「僕はあんまり気の利いたことは言えないんだ。ムードも何もなくて悪いね」
「いや、十分にドキドキしてる」
野外でなければそのままキスしていたかもしれない。
「本当かい? それなら良かった。僕はこういう性格だから恋愛というものに疎くてね。こんな気持ちになったのも初めてだから、正直言うとずっと緊張しっぱなしだったんだ」
レンは恥ずかしそうに微笑を浮かべると、自分の胸にそっと手を当てる。
「……恋をするっていうのは凄く良いものなんだね。こんなに幸せな気持ちを味わえたのなら、もう思い残すこともないかな」
「まだこれからだろ。俺がこれからレンをもっと幸せにする。その自信もある。俺はレンの恋人だからな」
「……君は卑怯だ」
レンは俺から視線を逸らすと、拗ねたように唇を尖らせた。
「ちょっとかっこつけすぎたかな?」
「ううん。僕はそういうの、嫌いじゃないよ」
レンは小さく笑ってベンチから立ち上がると、両手を頭の上で組んで大きく背伸びをした。
「さて、そろそろ戻ろうか」
「ああ、あんまり遅いと心配するかもしれないしな」
ちょうどクレープも食べ終わったところだしな。
俺もゆっくりと立ち上がる。
そして俺たちはいつもどおり、他愛無い会話をしながら宿へと戻った。




