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第二十話 合流

「……」

「……」


 再び森の中を歩く俺たちは無言だった。

 大変気まずい。

 冷静に考えると、俺たちは物凄い行為をしていたんじゃないだろうか。

 アイにしても、さっきは妙なテンションになっていたこともあり勢いで俺に頼んだ節があるが、落ち着いてくると次第に羞恥心がまさってきたようだ。

 たまにちらちらと俺の方を窺っては視線が合うとすぐに視線を逸らす。

 それでも手はずっと繋いでいた。


「あの、ありがとうございました」

「いや、間に合って良かったな」


 恥ずかしそうに俯いたアイがぽつりと呟く。

 何と返せばいいか分からず俺はそんなことを口にした。

 いかん、お互いに早く忘れるためにも何か話題を振らなければ。


「それにしても他のみんなは大丈夫かな?」

「はい、心配ですね」

「合流しようにも現状では打つ手がないしな。俺たちが森のどの辺にいるのかも分からない」

「もう『ノルンの羽根』を使っちゃいますか?」

「いや、全員の姿を確認するまでやめておこう。脱出ならいつでもできる」


 ここならダンジョン脱出用のアイテム、『ノルンの羽根』を使用できる。

 それを使えば森から脱出することも可能なので一生ここから出られないなんてことはないはずだ。

 そして事前に全員が羽根を持っていることも確認している。

 もし森の中で身の危険が迫った場合、または一日で成果がなければ『ノルンの羽根』を使って脱出するようにと打ち合わせもしていた。


 だが、ここで羽根を使うのは勇気がいる。

 もし他の誰かが奥へと進んで高レベルの魔物と戦闘になった場合、その誰かを孤立させてしまう恐れがあるからだ。

 森から脱出するのはもう少し粘ってからでも遅くはない。

 幸い、俺たちを監視していた視線はアイと二人きりになった辺りから感じなくなっていた。

 おかげで今はみんなと合流してこの森を抜け出す方法を考えることに集中できそうだ。


「とりあえず真っ直ぐ進めるだけ進んでみるか。もっとも、本当に真っ直ぐ進んでいるのかどうかも怪しいけどな」


 結局良い案も思いつかず、俺たちは行けるところまでただひたすら足を動かすことにした。

 刹那、俺の耳にかさりと落ち葉が僅かに動いた音が聞こえた。

 同時に俺は霧の奥から何かがうごめく気配を感じた。


「っ! アイ、近寄れ」

「ひゃっ?」


 その瞬間、霧の中から何かが俺たちに向かって飛び出してきた。

 俺は繋いでいたアイの手を引き自分の方へ引き寄せると、そのまま抱きしめてその体を庇いつつ、強引に一緒にしゃがんでそれを避ける。

 顔を上げると、その物体の正体が分かった。

 それはスライムだった。


【スライム】レベル30


 俺は立ち上がると同時に剣を抜くと、スライムを切り裂く。

 一撃で難なく倒すことに成功した。


「やっぱりモンスターもいるみたいだな。アイ、気を付けるぞ」

「は、はい、助けていただきありがとうございましゅ」


 なぜかアイは挙動不審だった。

 語尾を噛んだし、顔も赤い。

 緊張しているのだろうか。

 もっとも急に襲われて落ち着けと言う方が無理か。

 せめて俺がその緊張を和らげられると良いんだけどな。


「アイ、大丈夫だ」

「へ?」

「アイは俺が守る。だからアイは、安心して俺を信用してくれればいい」

「っ? は、はい、大丈夫です! もちろん信用させていただきますですはい!」


 アイは首をぶんぶんと縦に振ると、なぜかまた俯いてしまった。

 しまった、励ましたつもりが逆効果だったか。

 俺はガシガシと後頭部を掻いた。


 それにしても思っていたよりもモンスターが出ないので油断していたが、やはりこの森にもモンスターは生息しているようだ。

 そこまでレベルは高くないので不意打ちにさえ気を付けていれば大丈夫だろうが、今以上に警戒はしておく必要がありそうだ。

 俺はやや歩くペースを緩め、周囲に気を配りながらユキと二人でさらに進む。

 そこで今度は霧の向こうにぼんやりと人影が見えた。

 俺は警戒しながら近づくと、向こうもこちらの存在に気付いたようだ。


「あ、ユージくんだ!」

「ん? ああ、良かった。無事だったんだね」


 人影はフィーアとレンだった。

 俺はほっと小さく息を吐く。


「フィーアさん! レンさん!」


 アイは二人の姿を確認するなり、全速力で駆け出してフィーアに抱き付いた。


「良かったですぅ……皆さんがいなくなって心配しましたっ……」

「私も心配したよ。だけどユージくんと一緒だったならアイちゃんは大丈夫だったみたいだね」

「はい、ユージさんがずっと側にいてくれました」


 アイは涙声だった。

 安心して気が抜けたのだろう。

 ずっと気を張っていたのが俺にも分かるくらいほっとした表情を浮かべていた。

 アイのことはフィーアに任せ、俺はレンに尋ねる。


「そっちこそ、二人とも大丈夫だったか?」

「うん、みんなとはぐれて僕たち二人だけになったんだけど、何とか無事だったよ」

「途中でモンスターと遭遇したんだが、レンの方はどうだった?」

「こっちも出たよ。レベルは低かったから僕らだけで何とかなったけどね」

「森に入った時点では全然いなかったんだけどな」

「それだけゴールが近いってことなのかもしれないね」


 途中まではさっぱり出てこなかったモンスターが急に現れるようになったということは、レンの言うとおり森の奥の方へと近づいている結果なのかもしれない。

 それなら喜ばしいことだ。


「あとはカイとユキとシーナか。三人一緒なら安心なんだけどな」


 早く三人と合流してしまおう。

 俺たちは少し休憩を挟むと、今度は四人で森の中を進む。

 やはり人数が多いと心強い。

 こういう視界の悪い場所では見えない敵に対して恐怖心を持ってしまいがちだ。

 孤立してしまえばそれは一層感じることになる。

 仲間がいるという安心感が恐怖心を和らげるのだ。

 それは俺個人というよりもアイを心配してのことだった。

 実際今のアイは先ほどよりも元気になったような気がする。


「やっぱり人が多いっていうのは良いものですね!」

「興奮して離れ過ぎるなよ」


 せっかく合流したのにまたはぐれてしまっては堪らない。

 全員が一定の距離を保ち、必要以上に離れてしまわないように慎重に歩を進めていた。


「なんだかユージくん、アイちゃんの保護者みたいだね」

「危なっかしくてほっとけないからな。なんならまた手でも繋ぐか?」


 後半はアイに向けて冗談めかしてそう言うと、それにフィーアが反応した。


「また?」

「ああ、アイが俺までいなくなったら困るって言うから仕方なく……」


 そこで俺は言葉を止める。


「どうかした?」


 フィーアが不思議そうに俺の顔を覗き込むが、俺はなんでもないと誤魔化す。

 あのときアイとしたことを思い出してしまった。

 まさかトイレまで一緒だったなんて言えるわけがない。


「どうせユージ君のことだからアイにセクハラでも無意識にしたんじゃないの?」


 レンがからかう口調で言った。

 あながち間違いでもないので反応に困る。

 すると、フィーアが何気ない口調でアイに尋ねた。


「そうなの、アイちゃん?」

「そ、そんなこと全然ないですよ! ええ、はい!」


 アイは首をぶんぶんと横に振るが、凄く恥ずかしがっているのが俺にも分かった。

 アイも俺と同じくあのときのことを思い出していたのだろう。


「えー、本当に何もされなかった? ユージくんってこう見えて意外とエッチだから気を付けてね」

「アイのおっぱいも狙われてるかもよ?」

「……もしかして俺の評価って意外と低いのか?」


 二人して俺のことをまるで変態みたいに言う。

 大変遺憾だ。

 おっぱいが好きなのは男として当然の反応じゃないか。


「ゆ、ユージさんはそんな人じゃありません。それにユージさんは私を助けてくれました。おかげでちょっとドキッとしたり胸がキュンとなることも何度かありましたけど……ユージさんは全然気にしていないみたいですからノーカウントです」


 アイは少し寂しそうな視線を俺へ向けた。

 いやいや、俺もアイが手を繋いでトイレをしたいと言い出したときはかなりドキドキしたんだぞ。

 気にしていないなんてことはない。

 それとも他に俺は何か無意識にしでかしていたのか?

 助けるためにアイを何回か抱きしめたけど、まさかそれか?

 そういえばその後のやり取りを思い出すと、ちょっと思い当たる節がないこともない。

 しかしそれにしても、今のアイの言い方だとそれは……

 俺がまさかと思っていると、ちょうどフィーアが俺の聞きたいことを間接的に言ってくれた。


「ねえアイちゃん、ひょっとしてユージくんのこと、気になってたりしてる?」

「へ? ……っ、いえいえいえ、とんでもない! 私なんかがユージさんのことを、そんな、おこがましいです! 全然何とも思ってないです!」

「そこまで必死に否定しなくても……」


 レンが苦笑を浮かべる。

 そんなに否定されると俺もちょっと傷ついた。

 やっぱり俺の自意識過剰だったのか。

 すると、俺がよほどしょんぼりした顔をしていたのか、アイははっとした表情を浮かべると、今度は俺に向かって首と両手を物凄い勢いで振った。


「い、いえ、だからといってユージさんのことを嫌いなんて思ってないですよっ? むしろ嘘です、実は少し気にしてます! って、私は何をっ、違います! 今のは忘れてください!」


 もはや支離滅裂であるが、アイの気持ちは何となく分かった。

 要はアイ自身も自分の感情について良く分かっていないのだ。

 とりあえず嫌われてはいないようなので良かった。


「うう、もやもやします。なんですかこの感情は……」


 アイはぶつぶつと呟きながら頭を抱えて、たまにちらちらと俺の顔を見る。

 照れくさいので俺は視線を逸らした。


「別に急いで理解しようとしなくても良いんじゃない? その気持ちの整理が付いてから選択しても遅くはないんじゃないかな。ユージ君なら全員受け入れてくれるんでしょ?」


 にやりと小悪魔めいた微笑を浮かべたレンは、俺に意味深な視線を送る。

 俺は何も言えずに、ぽりぽりと頬を掻いた。

 レンの言いたいことは分かる。

 だけど、気持ちの整理が付いていないのは俺も同じだ。

 アイが俺のことを意識している?

 まさか、そんな……


 顔が熱い。

 冷静になるために時間が必要だった。

 そこで俺は思い出す。

 俺は以前、フィーアたちと、ある取り決めをしていた。



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