第十九話 銃声
一方その頃、ユキは森の中を一人で彷徨っていた。
ユキもユージたちと同様に、他の仲間たちとはぐれてしまったのだった。
知らない森に一人で取り残される恐怖。
はぐれた事実に気付いたときには背筋に寒気を覚えた。
走り出したい気持ちを抑え、ユキは考えを巡らせる。
「皆さんどこですか! ユージさん! いたら返事をしてください!」
声を張り上げるが、森の中は静まり返っており、それが一層不気味だった。
それでもユキはここに来るまでに様々な経験をしてきた。
一人で戦うための力も付けてきたつもりだ。
こんなときこそ冷静に状況を把握しなければならない。
ユキは自分の気持ちを落ち着かせるために一つ大きく息を吐いた。
もし今、自分がモンスターに襲われたらひとたまりもない。
攻撃用のアイテム、通称『宝石シリーズ』をいくつか持っているので全くの無抵抗というわけではないが、それも数に限りがあるし気休めでしかなかった。
それでは『ノルンの羽根』を使うか。
いや、もしみんなが自分を探しているとしたら一人で脱出するわけにはいかない。
それに、ここよりは安全だろうが森の外に一人でいても結局状況は同じだ。
モンスターに襲われないという保証はない。
ユキはみんなと合流することを選択した。
「誰かいませんか!」
近くの木に手を付きながらゆっくりと周囲を確認しつつ歩を進める。
大声を出してモンスターにまで自分の居場所を伝えることは躊躇いを覚えたが、それでもユージたちに気付いてもらうことを優先する。
だが、最初にユキの声に反応したのは残念ながらモンスターの方だった。
ユキの前方でがさりと誰かの足音がする。
一瞬ユキはそこへ向かって駆け出しそうになったが、そこで嫌な予感がして自分に待ったを掛けた。
ユージたちであるなら、あれだけ叫んで返事がないのは妙だ。
足音の主が誰なのか確認しなければならない。
じっと音のする方を見つめていると、霧の中からトロールが姿を現した。
「あっ……」
最悪だった。
ユキは目を丸くする。
【トロール】レベル32
トロールもユキの姿を認識したらしく、今にも向かってきそうだった。
あの巨体が走ってこちらに向かってくるのはちょっとした恐怖だ。
ユキは僅かに後ずさりする。
それでも、ここで逃げていては今までと何も変わらない。
何のためにあのとき勇気を出して戦う決意をしたのか。
いつまで経ってもユージに守られているばかりでは嫌だ。
ユキはずっとそのために苦手な戦闘を仲間に助けられながら繰り返してきたのだ。
「……やるしかないようですね」
ユキは自分に言い聞かせるように呟く。
戦闘は得意ではないが勝てない相手ではない。
そこでトロールがユキに向かって突っ込んできた。
トロールはユキに迫ると、自分の拳を思い切り振り抜いた。
ユキはそれを屈んで素早く避けると、走ってトロールから距離を取った。
それからポーチに入れていたアイテムのうちの一つを急いで取り出す。
ユキは手に持った『赤の宝石』をトロールに投げつけた。
『赤の宝石』は炎を発生させる効果がある。
投げられた宝石は、トロールに向かう途中で光り輝き、炎となってトロールを襲う。
まともに炎を受けたトロールは燃え上がり、炎を振り払おうと闇雲に暴れ回る。
滅茶苦茶に振り回したトロールの腕が近くの細い樹木をへし折った。
ユキは離れた位置からその様子を見守っていた。
そこでユキはトロールの傷が少しずつ回復していくことに気付いた。
トロールを倒すには中途半端な攻撃では駄目なのだ。
ユキはもう一度『赤の宝石』をトロールに投げつけた。
炎はトロールに命中する。
二度目の炎を受けたトロールは大きな呻き声を上げ、最後には力尽きて倒れた。
しかし、そこでほっとする暇はユキにはなかった。
【トロール2】レベル30
戦闘をしている間に、ユキの前に他のトロールが現れたのだった。
「くっ、またモンスターですか……」
あまりここで宝石を消費したくはなかった。
かといって、素手で戦うと無傷では済まない可能性が高い。
たった一人のこの状況で僅かでも体力を消耗すれば命取りになりかねない。
それでは逃げるか。
この霧ならすぐに撒けるかもしれない。
しかしこの視界の悪い森の中で無暗に動き回るのはリスクが高い。
また他のモンスターが近くにいるかもしれない。
ユキは一瞬でそれだけ思考すると、再び宝石を手に取った。
やはり可能な限り宝石を使ってモンスターを倒すしかない。
今度のトロールはユキを襲おうと、じりじりと距離を詰めてくる。
ユキは体を緊張させた。
だがそこで、銃声が森の中に響いた。
さらに連続で二発目、三発目と聞こえる。
そこでユキはようやく何が起こったのか理解した。
トロールが呻き声を上げると、その巨体がぐらりと地面に倒れる。
何者かが銃でトロールを撃ち殺したのだ。
「だ、誰ですかっ?」
ユキは周囲を見渡すが、姿は見えず、返答もない。
ユキは困惑する。
一体誰が撃ったのか。
そもそもユキの知っている知識では、銃を所有しているのは大国の軍隊ぐらいのもので一般に普及はしていないはずだ。
この霧の中、弾を正確に相手に打ち込む精度の高さといい、その手際といい、撃った人物は銃の扱いに慣れている。
やはり撃った人物はどこかの国の兵士なのだろうか。
そしてその人物は味方なのだろうか。
周囲を警戒していると、微かに落ち葉を踏む音が聞こえた。
ユキは咄嗟にその音のする方を見た。
そこでユキは霧の向こうに、綺麗な長い黒髪が揺れるのを見た。
「女……の子?」
ユキと同じくらいの年齢の女性。
その綺麗な横顔に、ユキはどこか見覚えがあった。
それがどこだったか考えているうちに、少女の姿は霧の中に消えてしまった。
一体彼女は何者なのだろうか。
ユキは自分を助けてくれたその少女の消えた先を、ただ茫然と見つめていた。
そして、その場に残った少女の痕跡といえるものは硝煙の臭いだけだった。




