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第十八話 迷いの森

 次の日、アルヴィースさんから詳しい場所を聞いた俺たちは、『迷いの森』へと向かった。

 徒歩だと丸一日は掛かるため移動には馬を使うことにした。

 それでもなるべく体力を消耗しないように焦らず休憩を取りつつゆっくりと進む。

 『迷いの森』では高レベルの魔物との戦闘が予想されるので体力の無駄な消費は抑えたい。

 幸い、街から途中までの道路は綺麗に舗装されて整備されているところが多く、順調に進むことができた。


 だが、森に近づくにつれて人が手を加えた痕跡が減っていく。

 しかも直線距離では50キロほどではあったが、その間に大きな山が隔てており、思った以上に時間が掛かることが分かった。

 結局、途中の山道で野宿をし、1日以上掛けて俺たちはようやく『迷いの森』の入口まで辿り着いた。


 そこは何とも不気味な場所だった。

 森の周囲には霧が立ち込めているうえ、殆どの木々は枯れて葉っぱが落ちていた。

 『迷いの森』と呼ばれるだけあって禍々しい雰囲気を感じる。

 どこからともなくカラスの鳴く声がいくつも聞こえてきた。

 森の中へと続く道も、かろうじて他の旅人が通るときに踏んで残った痕跡があるだけで、道と行っていいのかも怪しい。

 馬はここに置いておくしかないようだ。


「ここもスヴァルトアールヴヘイムの領土なんだな……」


 つい先ほどまで周囲を近代的な機械で囲まれていた街にいたため、再び自然ばかりの森を目にしたそのギャップに戸惑う。

 同じ国だというのにここまで違うのか。

 しかし、この森がここまで緑を失ってしまったのは、街の煙突から流れてくるあの煙の影響なのかもしれない。

 なぜだろう、ふとそんな考えが頭に浮かんだ。

 そこで、俺の呟きが聞こえたのか、カイが言った。


「だが、この国のイメージを聞かれれば、やはり『スキールニル』の街のような近代的な機械都市をイメージする奴が大半だろう。ここのような辺境の土地に足を運ぶ物好きはそう多くない。だからこそ、急激な発展の弊害に気付く奴も今はまだ少ないのだろうな」


 カイはすぐ近くに立つ枯れ木の幹をコンコンと軽く二度叩くと、皮肉げに眉をしかめる。


「もっとも、そう言う俺たちもこの森の魔物を倒し、草木を踏み付ける。少なからず生態系を荒らしに来たわけだが……」

「人間は自然にとっては悪なの?」


 フィーアが不思議そうに首を傾げる。


「誰が悪いというものではない。人間側もただ生きるために行動した結果だからな。例えば家畜が野に生えた草を食べる行為、獣が他の獣を狩って食べる行為、それを悪とは誰も言わないだろう」


 そう淡々と答えるカイ。

 俺も同じ考えだ。

 言い訳や弁護するわけではなく、今、目の前にあるのはあくまで生活するための行動が招いた結果なのだ。

 もちろん、だからといって全ての行為を肯定して良いわけではない。

 それでは本当に獣と同じだ。

 人間には理性も知識もある。

 アルフヘイムの街のように自然と上手く共存する方法だってあるのだ。

 だからこの国の人々も、いつかこの課題について真剣に取り組む必要に迫られるときが来るのだろう。


「……うう、なんだか皆さん、難しい話をしています……」

「まあ、僕ら個人で考える問題としては壮大過ぎて手に余るね」


 アイは「むむむ……」と唸りながら難しい顔をしているし、レンもお手上げだと言わんばかりに両手を広げる。

 それが通常の反応だ。

 俺も世界の自然問題まで解決しようなんていうつもりはない。

 カイも無表情で淡々と言った。


「レンの言うとおり、俺たちが悩んでも仕方がない。それは政府や学者に任せるべきだ。俺たちはただ人助けをする勇者でしかないんだからな」


――


 俺たちは落ち葉や木の枝を踏みながら、隊列を組んで薄暗い森の中を慎重に進んでいく。

 とにかく霧のせいで視界が悪い。

 数メートル離れただけで姿が見えなくなってしまう。

 これで足元と前方の樹木、それに魔物にも注意しなければならないのは相当神経を使う。

 そして気になるのは、ずっと何者かの視線が俺たちに付きまとっている点だ。

 一度休憩を取ったとき、側にやってきたカイが俺に小声で話してきた。


「おいユージ、気付いているか?」

「ああ、誰かの視線を感じるような気がする」


 俺は頷く。

 誰かが俺たちを監視しているような視線を俺はずっと感じていた。

 同じ視線をカイも感じていたらしい。


「俺も森に着く少し前くらいから感じていた。ユージ、こいつらの目的に心当たりはあるか?」

「さあ? 盗賊か浮浪者の類じゃないか?」

「こんな場所でか? いや、こんな場所だからこそいるのかもしれないがそれにしても妙だ。居場所を絞らせない尾行の手際もそうだが、この霧なら向こうも俺たちの姿をはっきりとは認識できないはずだ。それなのに正確に俺たちの後を付いてきている。追跡できる能力持ちか、そうでないなら相当な実力者の可能性が高い」


 カイの指摘はもっともだ。

 なんにせよこんな森の中で襲われたらひとたまりもない。

 魔物のこともあるし、余計に警戒して進まなければならないだろう。

 それにしても霧が濃い。

 もしかすると視線の主はすぐ側にいるかもしれないということを考えると、他のみんなのことが心配だ。

 何よりも個別に襲われることは避けたい。


「凄い霧ですね。前が全然見えません」


 俺の側にいたアイが言った。


「ああ、足元ばっかり見てると頭をぶつけるぞ」


 どこか危なっかしい挙動のアイに俺は思わず笑みがこぼれる。

 どうもアイには放っておけないオーラがある。

 だから余計に心配してしまうんだろう。


「きゃっ?」


 言ったそばからアイは足元の木の根に引っかかってバランスを崩した。

 俺は咄嗟にアイの体を抱きとめて転倒を防いだ。


「ったく、今度は前ばっかり見過ぎだ」

「す、すみません……」


 アイも恥ずかしかったのか顔を赤らめていた。

 俺はまだぼんやりしているアイをちゃんと立たせると、再び歩き出そうと周囲を見渡す。

 そこで俺は気付いた。

 アイはきょとんとした表情で俺の顔を見つめている。


「……まずいな」


 他のみんなの姿が見えなくなっていた。

 アイもそれに気付いたらしく眉を八の字にする。


「み、皆さんとはぐれてしまったんでしょうか?」

「……さっきまですぐ近くにいて見失うっていうのも妙だな」


 この短時間で遠くへ行けるはずもないのに誰の足音も話し声も聞こえない。

 偶然というよりも何かの意思が働いたのは間違いないだろう。

 この森には旅人を分断させる何らかの不思議な力があるのかもしれない。

 それともそういう能力を持つ者の陰謀か。

 どっちにしてもまずはみんなと合流しなければならないな。


「さすがは『迷いの森』と呼ばれるだけはあるってことか。アイ、俺から離れるなよ」

「は、はい、わかりました!」


 アイも涙目になりながら大人しく俺の隣を歩く。

 というよりくっつき過ぎて歩きにくい。


「アイ、そこまで近付かなくても大丈夫だ」

「へ? ……っ、すみません、つい無意識でした!」


 アイはぱっと俺から離れるが、それでもしばらくすると俺の服の袖を掴み、離れすぎないように一定の距離を保っていた。

 その行為には俺も何も言わないことにする。

 とりあえずアイまで俺とはぐれることは避けたいし、それでアイの不安が取り除けるのなら一向に構わない。

 他のみんなは大丈夫だろうか。

 上手くカイと一緒にいれば良いのだが。


「ゆ、ユージさん、絶対に離れないでくださいね」


 アイは震えていた。

 この森の不気味な雰囲気ではそれも仕方のないことだろう。

 俺でさえちょっと怖いと思う。


「安心しろ、俺はどこにもいかない」

「約束ですよ? ずっと側にいてくださいね?」


 それだけ聞くとまるで告白のように聞こえるが、生憎とそういうムードではなかった。

 怯えるアイになるべく負担を掛けさせないように気遣うだけで精一杯だ。

 しかし、アイも俺の言葉に少しは安心したのか、体の震えは止まっていた。


 それからしばらく二人で歩くが、一向に誰の姿も見えてこない。

 それでも前に進むしかない俺たちはひたすら歩き続ける。

 どれくらい時間が経ったであろうか。

 そこで不意にアイが足を止めた。

 服を引っ張られて俺も立ち止まる。


「……あ、あの、ユージさん」

「なんだ?」


 俺は首を傾げる。

 なぜかアイは泣きそうな顔をしていた。


「い、いえ……何でもないです」

「いや、そんな顔で言われても気になるだろ」

「ほ、本当に大丈夫ですから……」


 しかしアイは何か言いたそうに俺を見つめていた。

 そこで俺は気付く。

 よく見るとアイは内股になりモジモジと膝を擦り合せるように動かしているのだ。


「もしかして……トイレか?」


 デリカシーがないのを承知で俺は思い切って尋ねる。


「っ!」


 するとアイはぴくりと体を震わせた。

 どうやら正解らしい。


「なんだ、それなら俺は離れて待ってるから、その辺で済ませてこいよ」

「駄目です!」

「な、なんでだよ?」

「だ、だって、離れたらユージさんまでいなくなっちゃうかもしれないじゃないですかっ?」

「……いや、大丈夫だって」

「絶対大丈夫だって言い切れるんですか? 現に私たち以外の皆さんとはぐれてしまったんですよ? ユージさんがいなくなったら私はどうすればいいんですかっ?」


 アイは俺に縋りつかんばかりの勢いで、真剣に一人になりたくないことを主張する。


「だけどそれじゃあできないだろ?」


 すると、アイは何かを決心したような顔で俺を見ると、目に涙を浮かべながら、消えそうな声で言った。


「……手を繋いでいてください」

「……え?」


 俺は意味が分からず思わず聞き返す。

 しかしアイは真剣だった。


「それで目は閉じて絶対にこっちを見ないでください。耳も塞いでいてください。でも手は絶対に離さないでください」

「そんな無茶苦茶な……」

「この霧ならそんなに見えないので大丈夫です。お願いします、もう限界なんです!」


 アイは無理やり俺を引っ張り、どこかへ連れて行こうとする。

 もう冷静に考えていられないほど危ないらしい。

 仕方ないので俺たちは二人で近くの適当な木陰に行く。

 俺がなるべく体ごと捻って顔を逸らすと、そこでアイが屈んだのが分かった。

 俺はアイと手を繋ぎながら、視線を明後日の方向へと向けて目を閉じる。

 そして空いているもう片方の手を最大限利用して、両方の耳と視界を出来るだけ遮断する。

 ……どんなプレイだ。


「絶対に離れないでくださいねっ? 約束ですよっ?」

「ああ、大丈夫だ」

「絶対ですからね!」

「……なんだか離れてほしいフリみたいだな」

「ゆ、ユージさんっ?」

「冗談だからそんな悲壮感のある声を出すな。ほら、早く済ませようぜ」


 繋いだ手からアイの体温を感じる。

 繋いですぐのときに比べると、アイの体温が上がったのかその手に汗を掻いていた。

 しかし体温が上がっているのは俺も同じだった。

 顔どころか体が熱い。


「うう、やりにくいです……」


 アイはぶつぶつと言いながらも作業を続ける。

 くそっ、早くしてくれ。

 衣服の衣擦れの音が妙に艶めかしい。

 そういえばアイって童顔のわりにスタイルは良いんだよな。

 おっぱい大きいし。

 って余計なことを考えるな。

 すぐ側にいるアイの姿を意識してしまい慌てて首を振った。


 落ち着け。

 集中しろ。

 いや、集中したらまずい。

 別のことを考えるんだ。

 俺は頭の中で素数を数えて雑念を振り払うことにした。

 どうしてこうなった。


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