第一話 ダンジョンと仲間たち
今朝は割と良い目覚めだった。
目を開けると窓から差し込んでくる太陽の光。
顔の前で手をかざし、顔をしかめる。
今日も良い天気だ。
上体を起こし、窓の外を見上げれば、青い空に白い雲がゆっくりと漂っていた。
それを見つめていると、なんだか時間までゆっくりと流れていくような気分になる。
きっと俺の心が穏やかになっているからだろう。
……なんて、一人で物思いに耽ってみたけど、どうも俺の柄じゃないな。
頭の後ろをポリポリとかいてから、ふーっと一つ息を吐く。
さて、今日もテンションを上げていこう!
無意味に自己紹介でもしてみるか。
どーも、俺の名前はユージ。
年齢は十七歳。
職業、冒険者(自称)。
絶賛彼女募集中です。
よろしく!
しーん……
当然のことながら、部屋の中は静寂に包まれたままだった。
「はぁ、さっさと飯にしよ……」
一人で暑苦しくテンションを上げてみたが、虚しいだけだった。
いかんいかん。
せっかくの良い目覚めだというのに自分から落ち込んでしまっては!
ベッドから起きると、俺は階段を下りて一階のキッチンへと向かう。
そこにはすでに朝食の準備が出来ていた。
「おはよう、ユージくん」
隣に住む俺の幼馴染、フィーアがにこりと笑顔で出迎えてくれた。
うん、フィーアは今日も可愛いな。
「おはよう、フィーア。いつも悪いな」
「ううん、好きでやってることだから。ほら、冷めないうちに食べよ」
俺の食事はいつもフィーアが作ってくれていた。
しかもフィーアの料理の腕は天才的といっていい。
フィーアには感謝してばかりだ。
俺とフィーアは木でできた簡素なテーブルに向かい合って、時折雑談を交えながら食事を取る。
「ユージくんは今日も『ヤルンヴィド迷宮』に行くの?」
「ああ、あそこは経験値稼ぎにちょうどいいからな」
この村から少し離れた場所にあるダンジョン『ヤルンヴィド迷宮』へ潜るのが最近の俺の日課だった。
冒険者(自称)たるもの、日々の訓練は欠かせないからな。
俺が意気込んでいると、フィーアが心配そうに俺を見ていることに気付いた。
「どうした、フィーア? まだ不安なのか?」
「うん……ユージくんが強いのは十分知ってるけど、やっぱり心配だから」
「大丈夫だって。フィーアは心配性だな」
「だ、だって……」
フィーアは大げさに心配しているが、『ヤルンヴィド迷宮』はそれほど深くまで潜らなければ出てくるモンスターは低レベルのものが多い。
よっぽど下手をこかない限りはフィーアが心配するようなことは起こらないはずだ。
だから俺はフィーアがすべて言い終わる前に、フィーアに微笑む。
「はは、フィーアにそこまで心配してもらえるなんて、俺は幸せものだな」
「そ、そんなことないよ」
「大丈夫。カイとシーナもいるし、それほど深くまでは潜らないから」
ダンジョンには一人ではなく複数でいつも潜ることにしている。
あいつらの腕も確かなので俺も安心して経験値稼ぎに集中できる。
「それにほら、金と食料も調達しないといけないしな。料理はフィーアに甘えっぱなしなんだから金と食料の調達ぐらいは俺にさせてくれないと、俺がただの穀潰しになっちまう」
「私は甘えてもらってくれて構わないけど……分かった。あんまり遅くならないでね」
フィーアは困ったような笑顔を浮かべてそう言った。
その儚げな微笑みと純粋な優しさに何度惚れそうになったか。
いや、もう惚れてる。
俺はフィーアに大丈夫だと微笑み返した。
朝食を食べ終わると、俺は出かける準備をして、ダンジョンへと向かった。
さて、今日も一日、平和でありますように。
――
ダンジョン『ヤルンヴィド迷宮』の入口に到着した。
そこは洞窟になっており、中は複雑な迷宮が広がっている。
何度も足を運んで中の造りを徐々に解明してはいるが、最深部がどうなっているのかは未だ分からない。
やり込み甲斐のあるダンジョンである。
入口にはすでにダンジョン探索を共にするメンバーが揃っていた。
「来たか」
長身で髪の長いイケメンの男が腕組みをしたまま俺に視線を寄越す。
腰には刀を差している。
「悪い、俺が最後か」
「ああ、集合時間に間に合っているから問題ない。それよりシーナと話していたんだが、今日は少し足を延ばして未踏襲エリアまで潜らないか?」
「そんなに焦らなくても、もう少しレベルを上げてからでも良いんじゃないか?」
奴の名前はカイ。
職業は勇者(自称)。
カイがこの村に来たのはほんの数週間前で、ずっと国から国へと放浪し、いるかも分からないどこぞの魔王を倒すと意気込んでいる。
要は俺と同じ大層な夢を見ている馬鹿野郎だ。
「俺はいつまでここにいられるか分からないからな。去る前にこのダンジョンの全容を解明したいんだ」
「うーん、カイの気持ちも分かるんだけど、フィーアにあんまり帰りが遅くなるなって言われたばかりなんだよなー」
未踏襲エリアまで潜るとなると、一層慎重に進む必要があるうえに、それなりの距離を歩くので単純に往復だけで時間がかかる。
そのうえモンスターのレベルも上がり、戦闘も長期化する可能性もある。
俺としてはあまり賛成したくなかった。
「なに? ロマンより女を優先するとは軟弱な奴だ。見損なったぞ」
「そんなんじゃねーよ。シーナもなんか言ってやれ」
「……ユージはフィーアに甘々ですね」
俺の言葉に、シーナが眠たげな半眼を向けて頷く。
本当に眠いのではなくシーナはいつもこんな感じだ。
それに声にも抑揚がないのでシーナの感情は読みにくい。
しかし、俺もしばらくシーナと行動を共にしてきて、何となく僅かな表情の変化が分かるようになってきた。
見たところ今は若干不機嫌な様子。
なぜだ。
「シーナ、なんか怒っていないか?」
「そんなことはないです。ユージの気のせいです」
あまり感情の籠っていない淡々とした口調でシーナは言った。
「それなら良いけど……」
うーん、どうもシーナの頭の中は複雑怪奇だ。
シーナのことを分かったつもりでいて俺もまだまだだったらしい。
「そんなことより、軟弱のユージ」
「二つ名みたいに言うな」
「未踏襲エリアの件だが、少しくらいなら問題なかろう?」
「……まあ、少しだけなら。俺も興味あるし」
「さすがはユージ、話せば分かる男だ。これからは豪傑のユージと呼んでやる」
「呼ばんでいい」
すると、カイは真顔のまま俺に尋ねる。
「それで、『ノルンの羽根』はどれだけ持っている?」
カイの言う『ノルンの羽根』とは、ダンジョンから一瞬で脱出できるアイテムである。
ダンジョン内で『ノルンの羽根』をかざすと入口まで瞬間移動できるのだ。
どういう原理になっているのか分からないが、そういうものなんだと俺は納得している。
原理のことを気にし出したら俺の能力だって原理が不明なのだ。
「まだ三つストックがある」
「私も三つです」
「俺はまだ五つある。今日使っても問題なさそうだな。幸い、懐にも余裕がある。使ったら俺がまた補充しておこう」
「悪いな、助かる」
カイは絵に描いたような堅物で真面目な性格であるが、こういうマメなところは俺も多少見習いたいと思う。
なんでもカイは自分で家計簿まで付けているらしい。
少々細かすぎるところもあるが、こういうときには頼りになる奴だ。
「食料も持ってきたし、薬草もポーションも十分にあるな。よし、出発するか」
「ああ」
「はい、行きましょう」
シーナは頷くと、当然のように俺の隣にぴたりと寄り添った。
歩きにくい。
物理的にも精神的にも。
動くとたまに腕がシーナの胸に当たってドキリとする。
「シーナ」
「なんですか?」
「もう少し離れて歩いてくれないか? これじゃあもしモンスターが急に現れても対処できないだろ」
「大丈夫です。そのときは私がユージを守ります」
そういう問題ではないのだが……
どういうわけかシーナは隙を見せると俺の近くに寄ってくる。
ちらりとその横顔を見るが、相変わらずシーナは無表情のままだった。
まったく、どういうつもりなんだか……勘違いしちゃうだろ。
「それじゃあ、まずは俺が先頭で良いな」
カイはカイで、俺たちのやり取りを見慣れた様子でスルーする。
「カイ、いつもどおり、ある程度戦闘を繰り返したら隊列を変えるぞ」
「ああ、無論だ」
経験値稼ぎもダンジョンに潜る目的の一つであるため、全員が平等に戦闘をこなすように配慮していた。
今はカイが先頭を歩いているが、しばらくしたら俺やシーナが一番前を歩く。
俺を含め三人とも戦闘には自信があるので、誰が先頭を歩いていても安心して任せられる。
「んじゃ、行くとするか」
そして俺たち三人はダンジョンへと潜っていった。