第十二話 ドラゴン襲来
そろそろ日も傾き始めた頃、俺はユキと手を繋いだまま宿へと向かって歩いていた。
みんなにはなんて切り出そうか。
言い方を間違えると大変なことになる予感がひしひしと感じる。
だが、黙っているという選択肢はない。
それはみんなにもユキに対しても不誠実だ。
「なんだか皆さんに悪いことをしてしまったような気がします……」
「別に気にすることないだろ」
「はい……もちろん後悔はしていません。でも、私だけ先にユージさんと恋人になるなんて、なんだか抜け駆けみたいでずるい気がします。本当はこんなはずじゃなかったんですけど……ユージさんとのデートがあまりにも幸せ過ぎて、気付いたら自分の気持ちが抑えられなくなってしまったんです」
ユキは恥ずかしそうに俯き、後半は殆ど消えそうなくらい小さな声で呟いた。
それを聞いて俺は自分の顔が熱くなったのが分かった。
「ま、まあ、今さら気にしても仕方ないしな。今が幸せならそれで良いんじゃないか?」
「……はい、そうですね」
そう言ってユキは微笑むと、少しだけ俺の方に体を近づけた。
しばらくなだらかな坂を歩いていると、そこで俺たちの前から一人の男性がとても慌てた様子で走ってきた。
その尋常じゃない焦り具合が気になって、向かってくる男を眺めていると、男は途中で急に力尽きたように地面に倒れて両膝を付いてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「どうした? そんなに急いで何かあったのか?」
俺たちが駆け寄ると、男性は全力で走ったためか苦しそうに呼吸をしながら、息絶え絶えに何とか声を絞り出す。
「はあ、はあ……ど、ドラゴンが……ドラゴンの大群が街に攻めてくる」
「なんだって?」
俺は思わず聞き返した。
あまりにも唐突過ぎて男の言葉が理解できなかった。
俺たちが驚いて男を見つめていると、その間に男は深く深呼吸をして呼吸を落ち着かせた。
そして息を整えると、男は続ける。
動揺しているのか口調は早口だった。
「嘘じゃない。俺は仕事で街の外に出ていたんだが、どうも獣の鳴くような声がひっきりなしにすると思ってふとそっちの方角を見たら、廃墟の方からドラゴンの群れがこっちに向かって飛んでくるのが分かったんだ。これはまずいことになったと思って急いで戻ってきたってわけだ。早く街の兵士に伝えないと大変なことになる――」
そこで男が言葉を止める。
突然、大きな影が俺たちの頭上を覆ったからだ。
俺たちは上空を見上げる。
空に広がる無数の黒い影。
獣のような鳴き声。
それはドラゴンの群れだった。
「ちっ、来やがったっ!」
男は舌打ちをした後、「町長のところへ行く」と言ってそのまま俺たちが歩いてきた方へ走って行ってしまった。
残った俺とユキは再び空を見上げる。
「あれがドラゴンか……」
天を覆うドラゴンの群れ。
50匹近くいるのではないだろうか。
雄叫びを上げ、街へと次々と降下していく。
そしてところどころから黒い煙が上がる。
「そんな……どうして……」
その光景にユキが怯えた声で言った。
俺はユキを安心させるためにその手を握る。
「ユキ、俺から離れるな」
「は、はい」
俺たちのいる位置だとまだドラゴンたちとは距離がある。
ドラゴンの群れがいるのは俺たちの泊まっている宿がある方向だ。
カイたちもこの騒ぎに気付いているだろう。
みんな揃っていてくれれば良いのだが。
「とりあえずみんなと合流するぞ」
俺はユキにそう言うと、二人で宿へと走った。
――
ドラゴンは街の至る所に降り立った。
しかし多くはドラゴンの巣から一番近い方向にあった門の周辺に降りたのでその辺りが一番の激戦区になっていることだろう。
もくもくと立ち上る煙の数が増えていく。
何匹かは街へ降りる前に街の兵士たちが放った弓によって力尽きそのまま倒れたが、それでも群れの殆どが街の中に降り立った。
逃げ惑う人々。
俺たちは人の流れに逆らってドラゴンの元へと向かう。
ドラゴンは俺たちの倍は大きさがある。
その背には翼が生え、鋭い爪と牙を持ち、二本の足で立つ。
そして一匹一匹のレベルが高かった。
【ドラゴン1】レベル80
一番近くにいたドラゴンのレベルでさえ80ときた。
この分だと他のドラゴンも同等かそれ以上だと考えた方が良いだろう。
街の兵士たちだけでは到底抑えられそうにない。
「ユキ、そこから動くなよ」
俺はユキを背中に庇って前に立ち、背中に背負っていた剣を抜く。
そしてドラゴンに向かって走っていくと、片方の翼を切り裂いた。
「グギャァァァァァ」
ドラゴンは悲鳴を上げる。
だが、まだ倒れないどころか、ドラゴンは激しく暴れる。
周囲の建物がドラゴンの爪や翼によって壊されて崩れる。
俺はその滅茶苦茶な攻撃を避けると、今度は連続でドラゴンの腹と足、それと首元を切り裂く。
するとようやくドラゴンは地面に倒れて息絶えた。
「こいつはちょっと手強いな」
「フィーアさんたちは大丈夫でしょうか?」
「少し心配だな。急ごう」
そして俺たちは再び宿へと向かって走り出した。
それからまもなく、宿の近くまで辿り着く。
この辺りは特に多くのドラゴンが襲来しているはずだった。
しかし、予想に反してそこにはドラゴンの姿が全く見えなかった。
不思議に思いながらも俺は周囲を警戒しつつみんなを探す。
すると、宿の近くにある広場に、日本刀を持ったカイが立っていた。
「遅かったな」
俺にそう言いつつ、カチンと刀を鞘へと戻すカイ。
すると、同時に側にいたドラゴンの体がぐらりと傾いて倒れた。
「二人でどこに行っていたんですか?」
「逢引かな? ユキさんもなかなか隅に置けないね」
シーナとレンもそれぞれ武器を持ってドラゴンと戦っていたらしい。
見たところ怪我もないし、その様子から意外と余裕があるように見える。
「よかった、二人とも無事だったんだね?」
「い、いったいなんなんですかっ? これみんなドラゴンですよね?」
フィーアとアイもちゃんとそこにいた。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「良かった、みんな無事だったんだな?」
「ふん、当然だ。しかし、さすがに今回は少し骨が折れる相手のようだな」
「骨が折れる程度で済めば良いけどね」
カイの言葉にレンが苦笑する。
確かにこれだけ高レベルなドラゴンの集団を相手にそれだけで済むなら万々歳だろう。
だが、この街には俺たちの他にドラゴンを単独で倒せる者がどれだけいるのだろうか。
この前の討伐隊の様子ではあまり良い結果を期待するべきではないかもしれない。
「カイたちはここでどれだけ倒した?」
「精々全体の半分ぐらいだ。とりあえずここにいるのはあらかた片付けたが、まだ街の至る所に残っているだろうな」
カイの言葉に俺も頷く。
被害は思った以上に深刻かもしれないな。
依然、ドラゴンの鳴き声が街の中から聞こえてくる。
「ユージくん、これからどうする? どこもドラゴンの襲来でパニックになってるよ」
フィーアが尋ねる。
俺は一つ考えていたことがあったのでそれを口にする。
「この街の町長のところへ行ってみるか? とりあえず情報を集めて、場合によっては街の兵士たちと協力してドラドンを倒すことも考えておくべきだろう」
「うう、やっぱり皆さん戦う気なんですね……この街から逃げるという選択肢はないのでしょうか?」
怯えた様子のアイが小さな声で俺に尋ねた。
ずっと戦闘ばかりで感覚がマヒしていたが、多分アイの反応が一番まともなのかもしれない。
だが、俺に恐れはなかった。
おそらくそれはカイたちも同じだろう。
「乗りかかった船だしな。それに、さすがにこの状況で放っておくわけにはいかないだろう」
「私もユージに賛成です」
「はは、基本僕らはこういう性格だから」
「残念だが諦めろ」
俺が言うのもなんだけどみんな好戦的だよなぁ。
多数決ならこの時点で決定だ。
「もし不安なら、アイちゃんは私と一緒にどこかに非難する?」
フィーアが心配そうな表情でアイに尋ねる。
俺も無理にアイを巻き込むつもりはない。
できることなら他のみんなにも戦ってほしくないのだが、俺にそこまで強制する権利はないので止めるつもりはない。
それに、無理に止めるほどみんな弱くはない。
すると、アイは何かを覚悟した表情でフィーアの言葉に首を振った。
「……いえ、私もみなさんと戦います」
「大丈夫ですか? 無理はしなくても良いですよ?」
ユキがアイに言うと、アイはぶんぶんと激しく首を振る。
「こうなったら当たって砕けろです! 私もたまにはお役に立つところをお見せしますよ!」
アイは頼りになるのかならないのか微妙なことを叫ぶ。
それでも俺はアイを頼りにしているし、それだけの力がアイにあることを知っている。
だから同様に他のみんなも本気でアイを止めようとはしないのだ。
「ふん、それにしてもドラゴンも、わざわざ向こうから出向いてくるとはせっかちな奴らだ」
カイの言うとおり、明日には俺たちがドラゴン退治に行く予定だったのにまさかこんなことになるとは思わなかった。
しかし、いきなり敵地に乗り込んでこのレベルのドラゴンの群れを相手にするのは少々ヤバかったかもしれない。
先にドラゴンと戦う経験ができて良かったのかもしれないな。
依然としてドラゴンは街の人々を襲い続ける。
とにかく今はこの騒ぎをなんとかしないといけない。




