第八話 森にいたのは
そして長老の家で一夜を過ごした次の日、魔女を倒すためにミュルクウィズの森へと向かった。
長老の息子とミストの二人に森の入口まで案内してもらうと、そこから俺たちだけで奥まで進む。
アルフヘイムの入口を通ったときと同じく、この森も綺麗で禍々しい雰囲気は一切なかった。
地面に伸びた木の根や散らばっている小石によって少々歩きにくいが、苦労といってもその程度だ。
「魔女かー、どんな人なんだろうね」
レンが何気なく呟くと、フィーアが頬を膨らませて不機嫌そうに言った。
「村で悪さをしてるんでしょ。きっと嫌な人に決まってるよ」
「フィーア、もしかして綺麗な女性だと聞いて心配してるのか?」
「そ、そんなのじゃないよっ、ただ普通に魔女の悪さに怒ってるだけだよっ」
カイの言葉に、フィーアはあたふたしながらそう言うと、恥ずかしがるように俯いた。
そしてちらりと俺を見る。
俺は反応に困って気付かない振りをした。
それにしても魔女はどんな人なのだろう。
何となく妖艶で大人っぽい女性のイメージを思い浮かべる。
ただ、いくら綺麗だろうと悪さをするような奴を許すことはできない。
理由によっては容赦しないつもりだ。
そしてしばらく森の中を進むと開けた場所に出た。
すると、そこに小さな小屋がぽつんと建っていた。
その小屋の前の庭には辺り一面花畑となっており、色とりどりの花が咲いていた。その美しい光景はまるで楽園の象徴のように思えた。
そして、ちょうどその花畑の真ん中に、小柄な少女が腰を下ろしていた。
少女の手や肩には小鳥たちが止まっており、少女は楽しそうにその小鳥たちに向かって何やら会話していた。
「あの、ちょっといいかな?」
俺は彼女に近づいて行く。
少女は警戒した様子もなく、ぽかんとした表情で俺の顔を見つめていた。
歳は俺と同じか少し下くらいか、それほど大きく離れてはいないだろう。
そして近くで見ると少女は意外とスタイルが良いことに気が付く。
胸元に視線が行きそうになるのを堪えて、俺はぺたんと地面に座っている少女の顔をもう一度見る。
何とも場違いな少女の登場に、この森が魔女の住処には思えなかった。
そこで俺は嫌な想像をする。
もしかしてこの子は魔女に誘拐されたのではないか。
それで実験か何かに利用されようとしているのではないか。
少女は自分が生贄であることを知らずにここにいるのではないか。
そんなシナリオが頭の中に浮かぶ。
その疑惑を確かめるためにも、俺は少女に問いかけた。
「君はこんなところで何をしているだ?」
すると、少女はにこりと微笑んで言った。
「あ、はい、小鳥たちとお話していました」
俺が見たままのことを口にする。
俺はどう反応すればいいか困っていると、少女の方から話しかけてきた。
「あのー、お兄さんはこの場所に何かご用ですか?」
「俺たちはこの森にいるらしい魔女を倒しにきたんだ」
「魔女……ですか?」
「ああ、近くの村で悪さをする恐ろしい魔女らしいんだけど、君は知らないか?」
「そうですねー、私は聞いたことないかもです」
少女はうーんと眉を八の字にして唸ると、たどたどしい口調でそう言った。
そのほんわかとした雰囲気といい、どうもペースを乱される。
あまりに緊張感がなさ過ぎて、この子が魔女の生贄云々というのはどうやら俺の考えすぎのように思えた。
「えっと、君の名前はなんていうのかな?」
「は、はい、私はアイといいます」
「アイか。俺の名前はユージだ。アイはここに住んでいるのか?」
「はい、そうなのです」
アイは無邪気な笑顔を浮かべてこくこくと頷く。
そして嬉しそうに頬をほんのりと上気させて俺の顔を見上げた。
「それにしてもここで私以外の人に会えるなんて嬉しいです。すごく久しぶりな気がします!」
その勢いに俺は若干たじろぎつつ、俺は質問を続けた。
「と、ところでアイはどうしてこんな場所に? 一人で住んでいるのか?」
「えーと、私、住むところもないしお金もなくて、それに腹ペコで困っていたら、たまたまここに辿り着いたんです。ここは空気が綺麗で静かな場所ですから少しだけ体を休めさせてもらってました。ちょうど小屋もありましたから少しくらい良いかなって」
アイは恥ずかしそうに笑った。
いや、あまり笑えないだろう。
それにしても意外とヘビーな事情があって驚いた。
アイのような子がこんな場所に一人でいて生活していけるのだろうか。
そこで俺はアイのステータスを覗き見る。
【アイ】レベル54 素手
体力:765 魔力:780 筋力:490 耐久:910 敏捷:527
装備:精霊の羽衣『魔力が100上昇』、『耐久が300上昇』
すると思ったよりレベルが高くて驚いた。
俺はアイをじっと観察する。
アイは俺の視線に気付いたのか顔を赤くしたが、今はそれを気にしている場合ではないので構わずに観察を続ける。
本当に不思議な少女だ。
今は素手なので武器スキルの表示もないまるで無防備な状態。
万が一この場でモンスターが出てきたら対処できるのだろうか。
何とも危うい少女である。
「どうする、一度休憩するか?」
それまで離れた場所で様子を窺っていたカイが、俺の側までやってきて小声で尋ねる。
他のみんなも近くまで来ると、アイもカイたちに気付いて目を丸くした。
「あれ、まだこんなに人がいたんですねー」
アイは「ほへー」と気の抜けた表情で呑気な感想を漏らす。
俺は考えるのが馬鹿らしくなり後頭部をガシガシとかいた。
「もう少し奥まで進んでみよう。もしかしたらこの近くに魔女がいるかもしれないし」
すると、そこでアイがおずおずと俺に尋ねた。
「あのー、私も付いて行っても良いですか?」
「え? いいけどどうしてだ?」
「そんな怖い魔女がいるならここに一人でいるのが心配になっちゃって……」
「今までずっとここにいたのにか?」
「うっ、やっぱりご迷惑ですよね……すみません」
シュンと肩を落とすアイ。
なんだかとても悪いことをしている気分になる。
「いや、別に拒否してるわけじゃない。来たきゃ一緒に付いて来ればいい」
「本当ですか! ありがとうございます!」
そう言った途端、一転して笑顔になるアイ。
まるで飼い主とじゃれ合う子犬のようにアイは俺に纏わりついてきた。
尻尾があれば喜んで左右に振っている光景が目に浮かぶようだった。
「ユージくん、あまりデレデレしてたら駄目だよ?」
気付けばフィーアがジト目で俺を睨んでいた。
「し、してないぞ」
俺はそれを否定する。
確かにアイは小動物で庇護欲をかき立てられるが、それは例えるなら飼い犬を愛でる飼い主ような感情だ。
決してやましい気持ちは持っていない。
おそらく。




