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第六章 祝勝会とキス

 それからギルド支部へ行き、報酬を受け取ると、俺たちは祝勝会と称して簡単なパーティーを行うことにした。

 たまにはそんな贅沢も良いだろう。


「「「乾杯っ!」」」


 街にある食堂で、俺たちはグラスを手に持って宙へ掲げる。

 ただレベルを上げるのではなく目的のあるクエストをクリアするというのは思ったよりもやりがいがあった。

 当初の目的からは外れてしまったが、ギルドを作ったことは成功といっていいかもしれない。


「なかなか面白い経験だったな」

「ああ、ギルドを作った甲斐があっただろ?」


 そう言って、俺は隣に座るカイと飲み物の入ったジョッキをカツンとぶつけた。


「報酬のお金はフィーアにまとめて管理してもらうとして、アイテムの方はどうする?」

「お前が使うといい。誰も文句は言わんだろう」


 クエストクリアの報酬としてお金とレアアイテムをもらったのは良いが、一人分しかもらえなかったのでどうするか困っていた。

 カイはそう言うが、俺がもらっても良いものなんだろうか。


「本当に良いのか?」

「ああ、何だかんだお前が受け取るのが一番丸く収まるからな。それでも気が済まないならギルドマスターの就任祝いとでも思っておくことだ」


 カイはクールな表情を崩さずに答える。

 やっぱりカイって良い奴だよなぁ。


「それにしても酷い目に合ったよ」


 俺の隣に座ったフィーアがほっと息を付くと、そこでちらりとユキがなぜか俺の顔を見た。

 思わず目が合う。

 ユキは顔を赤くして消え入るような声で言った。


「ユージさん……見ました?」

「え?」

「その……し、下着を……」


 何のことかと思ったが、すぐに俺は魔物と遭遇したときのことを思い出してしまう。

 触手によってあられもない姿になっていたユキたちの姿。

 ちらりと見えた下着が鮮明に目に焼き付いている。

 俺が狼狽えて言い淀むと、途端にユキは涙目になった。


「やっぱり見たんですねっ?」

「……すまん」


 俺は素直に頭を下げることにした。

 ごちそうさまでした。


「まあ、事故なんだし仕方ないよ。悪いのはあの魔物なんだしさ」


 さっぱりとした口調でレンは言った。

 しかしレンだって見られて全く気にしてないわけではないだろう。

 その気遣いは大変ありがたい。

 俺は心の中でレンに深く頭を下げた。


「もっと見たいなら見せますよ?」

「シーナちゃんは羞恥心をもっと持つべきだと思うよ!」


 フィーアの言うとおり、シーナは少々恥じらいが足りないのではないか。

 俺からすると嬉しい提案なのだが、女の子としてそれはいかがなものかと思う。

 俺の息子が起きちゃうだろ。


「くそっ、生殺しが辛いっ」

「まったく、このムッツリめ」


 俺の心の叫びに隣にいるカイが呆れるような声で呟く。


「し、仕方ないだろ。そういうカイだって興味くらいあるだろ?」

「生憎と俺はただの布きれに惑わされるような軟弱な男ではない」


 カイは真面目くさった顔で身も蓋もないことを言う。

 それはそれで男として正常と言えるのだろうか。

 というか布きれって……


「でもカイ君にだって女の子のここが好きってところくらいあるんじゃないかな?」

「あー、フェチってやつだね。私も気になるかも」

「ん? ああ、なくもないな」

「えっ、そうなの? どこどこ?」


 カイの意外な言葉に、フィーアが身を乗り出して興味津々に話に食いつく。

 フィーアの気持ちは俺も分かる。

 俺も気になってカイの言葉を聞き逃さないように身構えた。

 全員の視線がカイに集まる。


「しいて言えば脚だな。筋肉の付き方でその人物の強さがある程度分かる。程よく筋肉の付いた健康的な女性の脚には俺も目を奪われるものだ」


 カイは真面目な顔で脚の良さを語り続ける。

 女性陣はちょっと引き気味だった。

 というか思ったよりこだわりがあるみたいで驚いた。

 もっとも、戦闘能力の高低に関係しそうな部位に注目している辺りはカイらしいとも言えるが。


「ち、ちなみにユージさんはどこに興味があるんですか?」


 そこでユキが恐る恐るといった様子で俺に尋ねた。

 もちろんおっぱいだ!

 と、即答したかったが、さすがにこの場でカミングアウトするのはまずいだろうと思い直して言葉を飲み込む。

 どう考えてもセクハラだ。


「ユージはどうせ胸だろう?」


 しかし間髪入れずにカイが俺の代わりに答えた。

 こら、少しは空気読め。


「やっぱりそうなんですね?」

「いやいや、やっぱりってどういうことだっ?」

「あ、すみません。なんとなく納得してしまって……」


 ユキは申し訳なさそうに下を向いた。

 悪意のない純粋な感想ほど精神的に抉られるものはない。


「ユージくんがおっぱいフェチなのは今さらだよね」

「はい、今さらですね」


 フィーアとシーナも口ぐちに言って頷く。

 ちょっと待て。

 今までみんなの前で俺がおっぱい星人だって言ったことがあったか?

 いや、ないと断言できる。

 いつの前にみんなの中で俺がおっぱいフェチと認識されたんだ。

 するとレンはそれを聞いて何かに納得したように頷く。


「ふーん、やっぱり胸なんだ。なんか普通だね」


 むしろがっかりされてしまっただとっ?

 堪らず俺は抗議する。


「いやいやいや、なんでみんな納得してるんだっ?」

「一緒にいればそれくらい分かるよ」

「たまに視線を感じます」

「僕もそんな気がしてた」

「カイさんがよくユージさんはおっぱいが好きだとアピールしていたせいもありますけど……」


 俺は恨めし気にカイを睨む。


「安心しろ。男なら正常の反応だ。別に恥ずかしがることじゃないだろ」

「いや、お前が言うな」


 カイにまでフォローされてしまった。

 いや、例えそれが男として正常な反応だとしてもカイが言うとなんだか腹が立つ。

 お前さっきは布きれに興味ないとか言っていただろ。

 脚フェチのくせになんだこの敗北感は。

 俺ががっくりと肩を落とすと、そこでレンが悪戯めいた微笑を浮かべた。


「それで、この中では誰の胸が好みなのかな?」


 なんだとっ?


 レンはにやにやと俺の反応を楽しむように見つめる。

 予想外の質問に俺はテンパる。

 おっぱいソムリエの俺だが誰が一番かを決めるなど考えたこともなかった。


「大きさで言ったらユキさんかな?」

「へ? そ、そそ、そんなことないですよ」

「確かにユキちゃんは大きいもんねー。あ、でもレンさんもかなり大きいと思うよ」

「ユージは大きさより形にこだわりがあるのかもしれません」


 開き直って俺はみんなの胸を改めてじっくりと観察する。

 一番小さいと思われるフィーアでも平均くらいはあるんじゃないだろうか。

 うーむ、甲乙付け難い。

 そもそもおっぱいに優劣を付ける必要があるのだろうか。

 いや、ない。

 人には人のそれぞれ良さがある。

 世の中には巨乳が好きな男がいれば貧乳が好きな男のいるようにそれぞれ異なった魅力があるのだ。

 俺レベルになればどんなおっぱいだろうと愛することができる。

 と、熱く語りたかったが、もちろん口には出さない。


「そ、そんなの選べるわけないだろ。そもそも俺は自分がおっぱいフェチだなんて言ってない」

「えー、うそだー」


 みんな納得していない様子だったがそれでもシラを切って誤魔化し続けると、作戦が成功したのかみんな興味を失って別の話題へと移った。

 俺はやれやれと胸を撫で下ろすと、隣でカイの呆れたような呟きが聞こえた。


「まったく、騒がしい奴らだな……」


 そう言ったカイの表情は微かに笑っているように俺には見えた。


――


 パーティーの途中で俺は休憩がてら夜風に当たるために食堂の外に出た。

 そして店の壁に寄り掛かると空を見上げる。

 すっかり暗闇に包まれてしまった空間に無数の星が瞬いていた。

 冷たい風が肌を撫でる。


 俺は目を閉じると、そこで視線を上空から地上へと戻した。

 ぽつりぽつりと設置されている街頭の光が通りを照らす。

 まだ開いている店の窓からランプの明かりが漏れる。

 昼間のような人の賑わいはさすがにないが、それでも通りにはぽつぽつと往来する人々の姿があった。

 この辺りは警備兵が定期的に巡回して周囲に目を光らせており、とても治安が良い。

 だからこそ夜に一人で出歩く人も珍しくない。

 近くの建物の中から時折聞こえてくる笑い声を聞くと、この街がとても豊かで恵まれていることを実感した。


「私たちの村と全然違うよね」


 振り返るとフィーアがいて、俺の側までやってきた。

 フィーアも俺と似たような感想をこの街に持っているようだ。

 フィーアは俺の隣に並ぶと、俺と同じように壁に背中を預けた。


「お疲れ様、ユージくん。今日は助けてくれてありがとう……いや今日も、かな?」

「いや、そんなことないぞ。フィーアも随分強くなったな」


 元々村の中では比較的高レベルのフィーアだったが、今回の旅でレベルが倍近く上昇していた。

 弓の扱いも以前と比べものにならないくらい上達した。


「ううん、私なんてまだまだ。みんなの足を引っ張らないようにするだけで精一杯」

「フィーアはずっと頑張ってるもんな。そのうちすぐに俺が助けられる番になるさ。それに、村にいたときからいつも料理や洗濯をやってもらって、世話になっているのは俺の方だ。フィーアには本当に感謝してる」


 俺は改めてフィーアにお礼を言った。するとフィーアは苦笑して首を振った。


「私が好きでやってるんだから気にしないで。それくらいしか私はできないから」


 フィーアは俺から視線を逸らし、空を見上げた。

 その横顔はとても寂しそうだった。


「私は酷い女だから……駄目だと分かっていてもやっぱり手に入れたくなっちゃう」


 俺はフィーアの言わんとすることが分からなかった。

 その意図を尋ねようとすると、その前にフィーアが空を指差して明るい声で言った。


「あっ、流れ星!」

「ん?」


 俺もつられて空を見上げる。

 すでに流れ星は見えなくなっていた。


「あーあ、お願いごとするの忘れちゃった」

「何かお願いしたいことでもあったのか?」

「ふふ、内緒」


 フィーアはくすりと笑うと、空を見上げたまま呟く。


「綺麗な星空だよね」

「ああ、そうだな」


 俺もその空を眺めながらそれに同意した。

 確かに綺麗だ。


「この景色はどこでも変わらないね。村でも、旅をしていたときも。できればずっと、ユージくんとこの景色を眺めていたい……ずっと……」


 そこでフィーアの声が途切れる。

 俺は何気なく視線をフィーアへと向けた。

 一瞬、フィーアと視線が交わる。

 その瞳は切なげに揺れていた。


 そのとき、ふいに唇に柔らかい感触があった。


 それはほんの数秒の出来事。

 俺は茫然と、ただそれを黙って受け入れることしかできなかった。

 フィーアは俺から離れると、恥ずかしそうに微笑を浮かべた。


「ユージくんのファーストキス、もらっちゃった?」


 自分の唇に人差し指を当て、フィーアは可愛らしく小首を傾げる。


「ああ」


 俺は機械的に頷いた。

 頭がぼうっとして何も考えられない。


「こういうの、ちょっとズルいかも。みんなには悪いことしちゃったな」

「フィーア、俺は……」

「駄目だよ。その言葉は聞きたくない。少なくとも今は……だから、ね?」


 フィーアは俺の言葉を遮るように、今度は少し長めに、二度目の口付けをした。

 俺がフィーアに言おうとしていた言葉。

 それを口にすれば、俺たちみんな、これまでの関係から変わらずにはいられない。

 それは果たして良いことなのだろうか。

 俺にはまだその覚悟ができていなかった。

 だからフィーアの優しさに俺は甘えてしまった。

 フィーアは俺から離れると、潤んだ瞳で俺を見つめた。


「ユージくん、これだけは約束するね――もしこれから先、ユージくんが私のことを嫌いになっても、私はユージくんの味方であり続けるから」


 それは悲しいほど綺麗な、満天の星空の下での出来事。

 そして、その時見せたフィーアの切実な表情が俺の記憶に残り続けた。


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