第五章 触手
それからまもなく、そろそろ疲労も回復したことであるし、休憩も終わりにして俺たちは再び歩を進めることにした。
どこを見ても木々ばかり。
方向感覚がおかしくなりそうだが、森の奥へと進んでいると信じて進むしかない。
しばらく森の中を歩いていると、大きな泉が視界に飛び込んできた。
「ここだな……」
どうやらここが依頼のあった場所のようだ。
俺はギルドを出る前に受付嬢からもらった依頼条件の書かれた紙を見直す。
そこには森の奥にある泉が目的地だと書いてあった。
「意外に綺麗な場所ですね」
ユキの言うように、そこはとても魔物の出るような場所には思えなかった。
この場所だけ雰囲気が違っている。
泉の周囲は樹木が遮らないため太陽の日差しが差し込む。
周囲には花が咲いており、足に纏わりつくような雑草も少ない。
まるでオアシスのような場所だった。
「さて、問題の魔物はどこにいるんだろう?」
とりあえず泉を覗き込む。
泉の水は見た目綺麗そうだったが、底が深いのか泉の奥までは見えなかった。
そのとき、いきなり水の中から触手が伸びてきて俺の腕に絡み付いた。
「どわっ?」
そのまま泉の中へと引きずり込まれそうになる。
だが、俺はなんとか水際で踏みとどまった。
触手はさらに俺の腕を締め付けて引っ張り続ける。
「ユージくんっ――きゃっ? な、なに?」
俺の側まで慌ててやってくるフィーアだが、途中で何やらエロい声が聞こえてきた。
「あっ……しょ、触手が……」
「ちょ、どこ触ってるのかなっ?」
「っ、動けません……」
次々と聞こえる艶めかしい声。
見ると触手がフィーアたちにも絡み付いていた。
どうやら衣服の隙間から中へと侵入してきたらしい。
泉から次々と伸びてくる触手。
それらが俺にも絡み付こうと迫ってくる。
「くそっ、こんなもの!」
俺はもう一方の手で剣を握ると、腕に絡み付く触手を切断した。
さらに触手の何本かを一振りで切断する。
すると斬られた触手たちは泉の中に引っ込み、残った触手も怯んだのか動きを止めた。
「んっ……ゆ、ユージくんっ……」
フィーアが涙目で俺に助けを求める。
みんな何だか直視できない恰好になっていた。
服が捲れて下着が見えている。
やましい気持ちを抑え、俺はフィーアたちの触手も切断する。
「あ、ありがとう。もう、ひどい目にあったよ」
解放されたフィーアが衣服の乱れを直しながら言った。
「気を抜くな。どうやら囲まれたようだぞ」
カイの声で俺も気が付く。
見ると周囲に狼の群れが俺たちを囲むように集まっていた。
敵は泉の中にいる奴だけではなかったらしい。
カイは今まで奴らを牽制していたようだ。
「さすがはランクAなだけあるな。簡単にはクリアさせてくれないらしい」
これだけの狼を相手にしながら、泉の中の魔物も倒す必要がある。
これは厄介なことになったな。
――だが、この方が面白い。
俺はにやりとカイに笑みを見せると、カイはふっと鼻で笑う。
分かりにくいがカイも俺と同じ気持ちのようだ。
「ちっ、とりあえず俺とシーナで狼の群れを何とかする。そっちの触手の化物の相手はお前たちに任せるぞ」
「ああ、任せろ。背中は預けるぞ」
カイとシーナの二人ならこの数の狼も捌ききれるだろう。
問題はあの触手の魔物だ。
本体が泉の中から出てくる気配がない。
触手だけ切っていても一向にダメージはなさそうなのでやはり本体を叩かなくてはいけないようだ。
「ユージさん、どうするんですか?」
「ユキ、それにフィーアもレンも聞いてくれ。あの魔物を倒すにはみんなの力が必要だ。協力してあの魔物を倒すぞ」
魔物の本体は常に水中に身を潜めている。
そんな相手にダメージを与えないとなると、一見難しいように思える。
だが、俺には考えがあった。
俺一人ではできないが、みんなの力を合わせればそれは可能だ。
「任せて。たまには私も家事以外でユージくんの役に立てるってことを見せないとね」
「僕もいくらでも力を貸すよ。僕たちは仲間なんだしね」
「わ、私も頑張ります!」
三人とも頼もしい返事をしてくれた。
あとは実行に移すだけだ。
俺たちは作戦を話し合い、素早く準備を済ませる。
俺の作戦を聞いたユキはさっそくそれを行動に移した。
ユキは右手で俺の胸に触れると、目を閉じる。
そしてしばらくそのままでいると目を開けた。
「ありがとう、ユキ。体調は大丈夫か?」
「はい、これくらいなんでもないです。それにユージさんのお役に立てるのが嬉しいんです」
ユキはにこりと微笑むと、右手を俺から離す。
力が漲ってくるのが実感できた。
俺は右手に剣を持ち、左手で拳を作りユキへと出す。
「ユキ、俺たちであの魔物を倒すぞ」
「……はい!」
そしてユキと拳を合わせる。
その間に、再び触手が俺たちに迫ってきた。
俺はユキを庇いつつ剣を構えると、伸びてくる触手を斬っていく。
そこにレンがナイフで加勢する。
「あとは僕が対応するから、ユージ君は作戦どおりに!」
「分かった。フィーアたちのフォローは任せる」
レンは俺の言葉に頷くと、ナイフで迫りくる触手を次々と切り裂いていく。
その間に俺は触手を掻い潜り、泉の淵まで接近すると、水面に向かって思い切り剣を叩きつける。
大きな水しぶきを上げ、水面が二つに割れる。
水中にいた魔物の姿が露わになる。
それは巨大な蛸のような生物だった。
今、俺の力はユキの能力によって大幅に強化されている。
ユキの能力は自分の魔力と引き換えに他人の力を強化するというものだ。
今の俺は筋力のステータスが普段の1.5倍に上昇していた。
「ユージくん!」
その声に一瞬だけ振り向くと、弓を構えたフィーアがいた。
その後ろにはユキが控え、フィーアの背中に右手を付けていた。
俺は巻き込まれないように弓の軌道から大きく離れる。
そして弓から矢が放たれた。
ユキの能力によってフィーアの力も上がり、威力が上がった矢は物凄いスピードで魔物へと向かって飛んでいく。
しかし、大量の触手が本体への直撃を邪魔するように矢の前に伸びていく。
「させるか!」
俺は能力により自分の体を加速させる。
世界がスローモーションになり、落ちてくる大量の水や飛んでくる矢が肉眼ではっきりと目視できるようになる。
俺は剣を振るい、本体の前に群がる触手を切り裂く。
そして俺はすぐに泉から距離を取った。
そして、矢が魔物の体に当たった。
――ドォオオオオンッ!
命中した瞬間、泉の中に鋭い光が走り、そして大きな爆発音のようなものが聞こえた。
水面が波打ち、再び大きな水しぶきが飛び散る。
時折、水面を電気が走るバチッというような音が俺の耳に聞こえてきた。
「イェロヴェリルで買っておいたアイテムがさっそく役に立つなんて思わなかったよ」
泉の様子を見るため側までやってきたレンが言う。
実は先ほど放った矢の先に、あるアイテムを事前に紐でくくって取り付けておいたのだ。
そのアイテムの名は『黄色の宝石』。
使用者の魔力を宝石に込めることで、魔力を雷に変換し、投げつけることで効果を発動する攻撃アイテムである。
俺たちが街で買い物をした時に見つけた代物で、ミズガルズではあまり見ないアイテムなので他の宝石も合わせていくつか買っておいたのだ。
そして、作戦どおり矢に取り付けておいた宝石は魔物に命中し、『黄色の宝石』の効果によって発生した雷が魔物に大ダメージを与えた。
だが、宝石は本来、高レベルの魔物を一撃で倒すほどの攻撃力は持っていない。
それを可能にしたのは二つの要因があった。
一つは使用した場所が水場という絶好のフィールドであり雷の攻撃力が増していたこと。
そしてもう一つは、矢の先に取りつけた宝石は一つではなかったことだ。
実はすでに魔力を込めた『黄色の宝石』を、レンの能力によって複製していた。
問題は宝石を付けたことで矢のスピードが落ちないかということだったが、ユキの能力によってフィーアの弓を引く力が強化されていたので威力を落とさずに魔物まで届かせることができた。
全員の力を合わせることで手に入れた勝利だった。
しばらくして、黒焦げになった魔物が水面に浮かんできた。
「どうやら無事に終わったらしいな」
狼を倒し終わったカイとシーナも俺たちと合流する。
この二人はさすがだった。
何事もなかったかのような涼しい表情をしているが、魔物との戦闘中に一度も狼のことを気にする必要がなかったのはこの二人が狼相手に完璧に対応してくれたからだ。
「二人とも助かった」
「これくらい当然だ。準備運動にもならん」
「私はもっと褒めてくれても構いませんよ?」
二人らしい返答に俺は苦笑する。
やっぱりこの二人は相変わらずだな。
その時、泉を見ていたレンが魔物の浮かんでいた先を指差して言った。
「あっ、みんな、あれを見て!」
いつもどおり倒した魔物が光り輝いて消えたかと思うと、代わりにカードのようなものが空中に浮かんで光っていた。
これもレアアイテムだろうか。
そしてカードは空中を移動し、俺たちの方へとゆっくりと飛んできて、俺たちの目の前で宙に浮いたまま静止した。
「ん? なんだ?」
手に取ると、そこにはクエストクリアの文字が書かれていた。
どうやらこれが魔物を倒した証明になるらしい。
「これをギルド支部の受付嬢に渡せばいいわけか」
「相変わらず原理の分からない仕組みだな」
カードを見たカイがぼやく。
これまで能力や不思議なアイテムを散々見ているので、どういう仕組みで魔物からカードが出てくるのかに疑問に思うのも今さらなのだが、それでも疑問に思わずにはいられないカイの気持ちは俺にも分かる。
この世界には謎が多い。
できればこの冒険でその謎を解明できれば最高だ。
だが、今はとりあえずクエストをクリアしたことを喜ぶとしよう。




