とある日常での一幕
朝のHR前。
騒がしい教室。
他愛無い会話を続ける生徒たち。
そんな日常の光景。
私は自分の席に座り、小型端末のモニターを起動し、読みかけの小説の続きを読む。
随分昔の海外のSF小説だ。
若いハッカーが主人公で、日本のある都市が舞台として出てくる。
後の作家たちに多大な影響を与えた名作だ。
指で画面をスライドさせながら、文字を追っていく。
私は文章を読むことが苦痛ではなかった。
むしろ好きだ。
文章なら小説でも専門書でもとにかくなんでも読んだ。
私の機械に関する知識も元々は単なる趣味で覚えたものだった。
それが今では学生業の傍らで仕事を任されるようになるのだから人生とは分からないものだ。
私が小説を読み進めていると、ちょうど近くで聞き覚えのある声がした。
「だから頼むって。ちょっと揉むだけだから。このとおりだ」
ちらりとその男子生徒へと視線を向ける。
やはり彼だった。
彼もまた、私と近しい技術を持った者だった。
その特技は父親譲りなのだろうか。
私は今取りかかっている仕事の関係で、彼の父親と何度か会話をする機会があった。
そこで彼の特技がプログラミングであることを知ったのだ。
「えー、ここでするの?」
「ああ、最近溜まってるんだ。早く貸してくれ」
「もう、悠二くんってば、せっかちなんだから。はい、どうぞ」
「サンキュー……あー、やっぱり疲れた体に効くな、この小型マッサージ機」
男子生徒は一緒にいた女子生徒から小型の機械を受け取ると、肩に押し当てた。
どうやら福引の景品で当たったらしい。
とても気持ち良さそうだ。
私もちょっとほしいかも。
それはさておき、私はマッサージ機を肩に当ててリラックスしている彼をさり気なく見つめる。
彼は明るく、誰にでも優しく、人望もあり、そして頼りがいがある。
そんな彼に、私は少なからず好意を寄せている自覚があった。
きっかけがなんだったかは覚えていない。
ただ、気付けば彼へと無意識に視線を向ける回数が多くなっていた。
「あ、それで今度の土曜だけど、良かったら和奏も一緒にどうだ?」
「梨音ちゃんたちも誘っていい?」
「ああ、人数制限があるけど、9人までなら大丈夫だ。ちなみに他に参加が決定してるのは戒と亮だけだから女子は大歓迎だぞ」
彼らは例のマシンのことを話しているらしい。
実は私もその件で彼に誘われたのだけれど断った。
自分の手で作品を体験できるのは魅力的ではあったが、彼らが使用している間、私は私の仕事を優先したかった。
彼らは楽しそうに語り合う。
そんな彼を見ていると私もなんだか幸せな気持ちになった。
今はそれで満足しておこう。
「それじゃあ私も行こうかな」
「よし、約束だぞ」
彼は幼馴染である少女にぐっと親指を立てて笑った。
――その時はまさか、彼があんな事件に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。




