第十二話 旅立ちの時
何とか間に合った。
フィーアたちを見つけた俺は能力を発動し加速する。
周囲の兵士たちを切り裂き、そしてフィーアの神聖な腕に触れていた罪深い男を思い切り蹴り飛ばす。
そして体勢を崩していたフィーアの背中に手を回してその体を支えた。
「フィーア、ユキ、大丈夫だったか?」
「うん!」
フィーアは俺に抱きかかえられたまま嬉しそうに何度も頷く。
「ユージさんっ」
そこでユキまで俺の体に飛び込んでくる。
そのまま抱き付いて俺の胸に顔を埋めた。
俺は苦笑しながら地面に剣を刺し、空いた手をユキの背中に回してゆっくりと撫でる。
相当怖い思いをしたのだろう。
緊張が解けたらしくユキは人目をはばからず泣いていた。
そして怖い思いをしたのはフィーアも同じだったようで、フィーアまで俺に抱き付いてきた。
そこで、俺はレンと視線が合う。
「……レンも怪我はしていないみたいだな」
「ごめん、全部僕のせいなんだ」
レンは今にも泣き出しそうな表情で俺に言った。
理由はよく分からないが、とりあえずこの騒ぎの原因はレンに関係しているらしいことは分かった。
襲ってきたタイミングといい、それはある程度予想はできたので特に驚きはなかった。
「理由は後で聞かせてもらう。それより、二人を守ってくれてありがとな」
「そんな、僕は何もしてないよ」
「謙遜しなくてもいい。レンには感謝してる。だから――後は俺たちに任せてくれ」
これからは俺と俺の仲間たちがあいつらの相手だ。
「さて、この落とし前は付けさせてもらうぞ」
「誰一人ここから逃がしません」
俺の側までやってきたカイとシーナが武器を構える。
「ふん、何人集まろうと我々の敵ではない」
白髪のイケメンが上から目線で偉そうにそう言った。
こいつがリーダー格らしい。
見た目からしてオーラがあった。
俺は抱き付いていたフィーアとユキに離れてもらうと、男のステータスを確認する。
【フリュム】レベル65 剣スキルC
体力:1,270 魔力:680 筋力:960 耐久:980 敏捷:930
装備:銀の剣『剣スキルE以上で使用可能』『体力が50上昇』『筋力が150上昇』、高級な軍服『体力が100上昇』、『耐久が200上昇』、皮の軍靴、『耐久が50上昇』、『敏捷が50上昇』、指揮官の指輪『味方のステータスが2%上昇』
なかなかのレベルだが勝てない相手ではない。
他の兵士たちも単に数がいるだけだ。
『ヤルンヴィド迷宮』の地下モンスターを思えばこれくらいたいしたことはない。
「所詮、数にものを言わせただけだな。ボスの程度も知れたもんだ」
「劣等が。図に乗るなよ」
俺が挑発すると、男は殺気の籠った鋭い目つきで俺を睨みつける。
それが戦闘開始の合図だった。
兵士たちが武器を構える。
そして意外に素早い身のこなしで俺たちの側まで接近してきた。
「遅いです」
だが、シーナの鎌が一瞬で近くの兵士たちを切り裂く。
その動きは肉眼で捉えるのがやっとなほど早く、兵士が斬られていく様はまるでカマイタチのようだった。
そして腰に差した鞘に手を掛けたカイが前方を見たまま俺に言った。
「ユージ、大将はお前に譲ろう。回りの雑魚は任せておけ」
その言葉通り、カイとシーナは向かってくる兵士たちを次々と斬っていく。
残った俺は白髪の男と対峙した。
数秒の間。
そして俺は地面を蹴り、男の目の前まで接近し、剣を振り下ろす。
「はあっ!」
「っ!」
男は腰に差していた剣を抜くと、頭上で俺の剣を受け止める。
交錯する剣と剣。
互角に見えたが、徐々に俺の剣が男の剣を押し込んでいく。
俺はさらに剣を持つ手に力を加えた。
男が顔をしかめる。
レベルの差からいって当然の結果だった。
【ユージ】レベル97 剣スキルA
体力:2,615 魔力:2,580 筋力:3,210 耐久:2,754 敏捷:3,900
装備:騎士の剣『剣スキルC以上で使用可能』『筋力が100上昇』『敏捷が100上昇』『獲得経験値が2倍に上昇』、村人の服『耐久が50上昇』、運動靴『敏捷が200上昇』
「――これで終わりだ」
そして、俺は一度剣を引くと、今度は剣を斜めに振り抜く。
剣は男の肩から腹部にかけて、ばっさりと切り裂いた。
血しぶきが勢いよく飛び散り俺の体まで届く。
「っ――ロキ、様……」
男は口から血を吐き出すと、そのまま地面に倒れた。
地面に血だまりが広がる。
それでも男は苦しげに地面に生えた雑草を握りしめ立ち上がろうとした。
だが、結局男が立ち上がることはなかった。
「……アーズガルズ……万歳……」
そのまま男は力尽き、男の体は粒子となって消えた。
俺はそれを最後まで見届けると剣を背中に戻した。
嫌な気分だ。
全然すっきりしない。
やはり敵討ちは虚しいものだと思い知らされる。
「……終わりましたね」
残った兵士を倒し終わったシーナとカイも俺の周りに集まる。
これですべて片付いた。
兵士は誰一人残っておらず、その場に残っているのは地面に落ちたお金とアイテムだけだった。
「さすがユージ! 助けてくれてありがとう!」
そこでフィーアが勢いよく俺に抱き付いてきた。
押しつけられたフィーアのおっぱいの感触に思わず顔がにやける。
そこで俺をじっと見つめるシーナと目が合った。
「……さすがユージです」
するとフィーアに対抗するようにシーナも俺の背中にぴたっと抱き付いてきた。
むろんシーナも体を密着させるので、背中からも柔らかい感触を感じる。
こ、これは、おっぱいのサンドイッチだ!
「……ユージさん、嬉しそうですね」
「ユキも一緒に抱き付いてきたらどうだ?」
「む、無理です! 恥ずかしすぎます!」
そんなユキとカイのやり取りが聞こえてきたが、今はそれどころではないので聞き流すことにする。
ちょっと残念だ。
けれど、こういうやり取りをしているとなんだか日常に戻ったような気がするな。
フィーアとユキも無事で良かった。
俺たちが騒いでいると、タイミングを見計らってレンが側までやってきた。
そして控えめな微笑を浮かべた。
「ありがとう、ユージ。それにみんなも、迷惑をかけたね」
「いや、それよりあいつらは何なんだったんだ? アースガルズの兵士らしいけど」
そして俺はレンから事情を聞く。
レンを責める気にはなれない。
そもそもレンは何も悪くない。
悪いのはすべてアースガルズの連中だ。
アースガルズの国王の噂は俺も聞いたことがあるが、思った以上にクレイジーな奴だったらしい。
暴力で世界を支配しようだなんて言語道断だ。
「……レンはまだ復讐を続けるのか?」
「うん、ロキを殺すまで僕の復讐は終わらない。村のみんなの無念を晴らすんだ」
レンは迷いのない顔でそう言った。
俺は「そうか……」と相槌を打つことしかできなかった。
レンとは逆に俺の中で迷いが生じている。
村は姿を変え、俺の家も崩れてしまっていた。
元の生活に戻るには少々時間がかかるだろう。
それならいっそ――という気持ちがあった。
「それで、これからどうする?」
カイが俺に尋ねる。
まるで俺の考えを見透かしたかのようなタイミングだ。
相変わらず鋭い奴。
俺は自分の胸に問いかける。
俺のしたいことは何なのか。
……いや、答えはずっと前から出ていたのだ。
ただタイミングが掴めなかった。
そのきっかけが今なのだ。
そう思ったら自然と迷いは消えた。
「そうだな……いっそ旅に出るか」
以前からカイたちと話していた冒険の旅を実行するのも良いかもしれない。
それが俺の決断だった。
俺の言葉にカイが待っていたとばかりに、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ついにその気になってくれたか?」
「ああ、世界中のダンジョンを巡る冒険も悪くない。それにレンの復讐、俺にも手伝わせてくれないか?」
「え?」
「俺は村をこんなふうにしたアースガルズの連中を許せないし、レンの村を襲ったのも同じ奴らなんだろ? 命令をしたのがロキって奴なら俺にもそいつを倒す手伝いをさせてくれ」
復讐は虚しい。
それは今回の戦闘で俺も思い知った。
それでも俺は、復讐しないと気が済まないことだってあるはずだと思う。
世の中綺麗ごとだけでは生きていけない。
それが分かるだけに俺はレンを止められない。
止める権利もない。
だから、俺はせめてレンの手伝いをしようと思った。
アースガルズという強大な国にレン一人で立ち向かうより勝算はあるだろう。
その分、カイやシーナには迷惑をかけるかもしれないが。
「それも一興だな。魔王の前に悪の帝国を倒すのも悪くない」
「アースガルズ、私も許せません」
二人とも乗り気だった。
まあ、村のみんなの敵討ちという理由もあるんだろうけど、二人とも戦闘マニアなところがあるし、むしろこういう状況を歓迎しているのかもしれないな。
それに二人とも強いので俺はそれほど心配していない。
それより心配なのは他の二人の方だ。
「フィーア、ユキ、いきなりで悪いがお前らはどうする?」
「そんなの決まってるよ」
「ユージさんにご一緒させてください」
「……本当に良いんだな?」
「もちろん。前からそう言ってたでしょ?」
「ユージさんと一緒がいいんです」
二人とも意思は固いようだ。
だが、このまま俺の都合に巻き込んでしまっていいのだろうか。
もっとも、俺が付いてくるなと言っても付いてくるだろうし、俺が決断した時点で答えは決まっていた。
それが分かっていて俺は旅に出ることを選んだのだ。
それでもまだ迷いはある。
二人を無理にでもここに残らせた方が良いのではないだろうか。
万が一のことがあったら、俺は自分の決断を後悔するだろう。
俺があからさまに心配な表情をしていたのか、フィーアは真面目な顔で言った。
「大丈夫、私たちもそういう覚悟はしてるから。誰もユージを責めたりしないよ」
「そう言われてもな……」
「お願い。私のことが重荷になりそうならそうならないように努力する。自分の身は自分で守る。だからユージくんは私のことは気にしないで。きっと私も後悔させないようにするから」
「私も同じ気持ちです。ユージさんになるべくご迷惑をかけないように頑張ります」
フィーアに続いてユキまで真剣にそう言ってきた。
それが俺への気遣いだと分かるだけに心苦しい。
俺の気持ちは揺れていた。
そして、フィーアは続ける。
「だからお願い。私たちはユージくんのしたいことをしてほしいんだよ」
その言葉に俺ははっとさせられた。
自分のしたいこと。
それが何なのか考えて俺は決断したはずだ。
そして同様に、フィーアたちも自分のしたいことがあるはずだ。
俺にそれを否定することは出来ない。
それならいつまでも迷っていても仕方ない。
フィーアたちは俺に付いてくる。
そして俺は冒険がしたいと本心から思っている。
その先は考えるまでもなかった。
そこでカイが満足げに頷いた。
「さて、話もまとまったようだな。みんなやる気があって何よりだ」
「カイさん、嬉しそうですね」
「ああ見えてカイは寂しがり屋ですから」
「良かったねカイくん。一人旅にならずに済んだね」
「一人旅もそれなりに悪くはないがな。だが、仲間は多い方が退屈しない」
「仲間っていうのは当然レンさんも数に入っているからね」
そう言ってフィーアはレンの腕に自分の腕を絡ませる。
レンはその不意打ちに驚いたらしく目を見開いたが、すぐに表情を崩して俺たち全員の顔を見渡した。
「みんな……ありがとう」
レンは頭を下げるが、フィーアは首を振った。
「お礼なんていらないよ」
「俺たちは自分のやりたいことをしているだけだ。そうだろ?」
カイは俺に試すような視線を向ける。
俺の返事は決まっていた。
「――ああ、そのとおりだ」
結局俺たちの行動原理なんてそんなものだ。
自分のやりたいようにする。
今までだってそうだったのだし今になって変える必要はない。
俺はフィーアたちにそれを思い出させてもらった。
「よし、そうと決まればすぐに準備するか!」
「ほう、急にやる気になったな? ユージ」
「俺は元々やる気だ。ほら、時間が勿体ないだろ」
テンションが上がってきた。
これから先、困難なこともあるだろう。
それでも未知の経験ができることに俺はワクワクしていた。
これからいよいよ俺たちの大冒険が始まるのだ。




