第十一話 復讐
森の中を抜け、俺たちは村へと帰還する。
村の入口へ戻ってすぐに俺は足を止めた。
「……これは一体?」
俺はそこで見た悲惨な光景に言葉を失った。
村のところどころから炎が上がっている。
そして逃げ惑う村人たち。
それを追い詰める軍服を着た男たち。
彼らが村人を襲っていたのだ。
ある兵士はその手に持つ剣で村人の背中を斬り付け、ある兵士は銃で別の村人を打ち殺す。
悲鳴や怒号が飛び交うそこはまさに地獄だった。
俺は茫然とその光景を見つめていたが、カイの冷静な声が俺を現実へと引き戻す。
「ユージ、シーナ、やるべきことは分かっているな?」
「……ああ」
カイの言葉に俺は頷く。
そうだ、いつまでも見ているわけにはいかない。
俺は拳を握りしめる。
この村に住む人たちはみんな俺も良く知っている人たちだ。
一体何が起きているのか知らないが、絶対に奴らを許さない。
「まだここにも生き残りがいたか」
兵士の一人が俺たちに気付いてこちらにやってくる。
銃口を俺へと向ける。
俺はすでに剣を引き抜き、能力を発動していた。
容赦はしない。
全員殺してやる。
「なっ?」
加速して兵士の背後へ移動すると、剣を振り抜く。
兵士の首が胴体から離れ、返り血が飛び散る。
どさりと兵士は地面に倒れた。
その死体はまもなく、粒子を纏ったかと思うと霧散してその場から消えた。
これはモンスターを倒したときと同じだ。
兵士の倒れた場所にお金と武器が残ったままになっているが、そんなものはどうでもいい。
俺はただこいつらを殺すことができればそれでいいのだ。
まだ兵士は大勢いる。
残りの奴もこちらに気付く前に早く殺してしまおう。
「ユージ、落ち着いてください」
「シーナの言うとおりだ。軍人相手に一人で突っ込むのは危険だぞ」
後ろからカイに肩を掴まれて俺は立ち止まる。
俺は振り返ると、カイを睨んだ。
「放せ、カイ。俺の邪魔をする気か?」
「いつものお前らしくないな、ユージ。一人で先走るなよ」
カイは真剣な顔で俺の目を見つめる。
そこで俺は気付いた。
カイも冷静なようで内心では兵士たちに怒っているのだ。
「逆だ、俺たちにもやらせろ」
「彼らのしたことを許せないのは私たちも同じです。ですから、落ち着いてください」
カイとフィーアの言葉で不覚にも俺はようやく冷静さを取り戻した。
見知った人たちが襲われていることで頭に血が上っていたようだ。
仲間たちに感謝しなければ。
「すまん……フィーアたちが心配だ。急ごう」
俺の言葉に二人が頷く。
俺たちは武器を手に、フィーアたちのもとへ向かった。
――
「きゃっ!」
爆発が起こり、爆風に体が吹き飛ばされる。
ユキを抱きしめたまま二人で地面をごろごろと転がり、やがて止まる。
全身が痛い。
耳がキーンとする。
口の中を切ったのか血の味がした。
「っ……ユキちゃん、大丈夫?」
フィーアは両手を地面に付き、ゆっくりと起き上がりながらユキへと尋ねる。
「は、はい……なんとか……」
ユキも弱々しくではあるが返事をする。
お互いなんとか無事だったようだとフィーアはほっと息を付く。
しかし、見るとユキの右腕から血が流れていた。
そして体のところどころに小さな擦り傷を負っている。
服もぼろぼろに破れていた。
だが、そんなユキよりもフィーアの方が重傷だった。
顔をしかめながら起き上がったユキは、そこでフィーアの怪我の状態を見て驚いた。
「ふ、フィーアさんこそ大丈夫ですかっ?」
フィーアは腕や腹部の他、頭と口からも流血していた。
そして衣類の損傷も、体の擦り傷もフィーアより圧倒的に多かった。
ユキを庇ったために爆風をまともに受け、そのまま勢いよく地面を転がったからだ。
しかし、おかげでユキは重傷を負わずに済んだのだからフィーアとしてはたいした問題ではない。
一瞬痛みからか顔をしかめた後、フィーアは笑った。
「私は大丈夫。これくらい全然たいしたことないから」
それは決して強がりではなかった。
そこでユキは気付いた。
フィーアの体の傷が物凄い速さで次第に治っていくのだ。
血が止まり、傷口が塞がっていく。
まるで始めから怪我などなかったかのように。
そしてフィーアは立ち上がる。
「ね? 私はこういう能力だから」
そう言って口元の血を拭うと、フィーアはユキを安心させるように微笑んだ。
この力があるから多少無茶をすることができる。
自分よりユキを優先して守れるのだ。
だが、負傷した際の痛みが軽減されるわけではない。
痛いものは痛いのだ。
できれば二度とこういう痛い思いはしたくないとフィーアは思う。
「外したか。運の良い奴らめ」
そう言ってフリュムが舌打ちするのが聞こえた。
ユキの顔が青ざめる。
危機的状況なのは変わらないのだ。
あの距離からの砲撃で無事だったのは運が良かった。
途中で砲弾の軌道が偶然逸れたために助かったが、次も偶然が続くとは限らない。
ましてや今は負傷までしているのだ。
先ほどより状況は悪くなっている。
「だが、次はそうはいかん――殺れ」
フリュムは右手を前に出して部下に命令する。
側に控えていた兵士の一人が剣を抜き、フィーアたちに近づいてくる。
今度は確実に息の根を止めるつもりだ。
二人の目の前まで来た兵士は剣を振り上げた。
フィーアは再びユキを庇うように抱きしめて兵士へ背中を見せる。
ぎゅっと目を閉じるフィーア。
抱きしめるその手に力がこもる。
その背中へ向けて剣が振り下ろされる。
そして――
ガキィィィン!
甲高い金属音がフィーアの背後で聞こえた。
「――死ぬのはお前らだよ」
その見知った声にフィーアは振り返る。
直後、呻く兵士の声が聞こえた。そして数秒後、そのまま兵士はどさりと地面に倒れた。
その胸にはナイフが刺さっていた。
フィーアは目の前に立っていた少女を茫然と見つめ、ぽつりと声を漏らした。
「……レンさん?」
「嫌な予感がしてね。戻ってきて正解だったよ」
片手にナイフを持ったレンが悲しげに微笑んだ。
先ほど男に刺したナイフと合わせて二本のナイフをレンは両手に持ち、剣を受け止めたのだ。
そして片方のナイフを兵士の胸へと一突き。
見事な手際だった。
「ごめんね、二人とも。僕のせいでこんなことになって……」
「レンさんがあいつらの国の国王を暗殺しようとしたって話は本当なの?」
「……そうだよ。僕はアースガルズでロキを殺そうとして失敗した。そして逃げている最中にあの場所でユージ君と出会ったんだ」
「どうしてそんなことを?」
「それが、僕の復讐だから」
レンは凍りつくような鋭く静かな口調で告げた。
その表情からは笑みが消え、憎しみがこもった視線をフリュムたちへと向ける。
「こいつらに僕の故郷の村は火を付けられてすべて燃やされた。村のみんなはロキ軍に無残にも殺され、生き残ったのは僕だけだった。ただアースガルズへの税を納めなかったという理由で」
レンはフリュムと、その周囲に並ぶ兵士たちを睨みつけたままそう言った。
アースガルズは周辺の街や村へ税の徴収を行っていた。
それらの町や村は圧倒的な武力により強制的にアースガルズの支配下とされていたのであった。
そのため同盟国の中にもアースガルズに不満を持つ者は少なくない。
まして徴税の利率も高く、払おうにも払えないという状況の町や村もあり、アースガルズは傲慢で利己的な軍事国家として恐れられていた。
「反逆者には死刑を。貴様らが何度も警告をしたのに義務を果たさなかったのだから当然の報いだ」
「そんなことで村人を全滅させるなんて理不尽が通ると思うな」
「言ったはずだ。危険分子の芽は全て摘み取ると。義務を果たせないのであれば、アースガルズへの反抗と見なされても仕方ない。義務を果たせない者は将来裏切る可能性が高いからな」
フリュムは平然とそう言ってのける。
迷いや躊躇いは一切ない。
それが正しいことだと信じ切っていた。
「我々アースガルズが、いや、ロキ様がこの世界の支配者となるのだ。邪魔をするものはすべて排除し、実力でひれ伏させるだけだ」
強大な軍事国家だからこそできる方法。
だがそんなものが長く続くはずがない。
それでもアースガルズの現国王はそれを選んだ。
そしてフリュムもそれを忠実に守っている。
それは任務への使命感からか。
それともロキへの忠誠心によるものだろうか。
「外道め……」
「なんとでも言え。この村もお前の村と同じ運命を辿ることになるだろう。すでに私の部下たちが村人を排除しているところだ」
そしてフリュムは淡々とその事実を告げた。
「そんなっ……」
「っ」
ユキが目を見開き、フィーアは息を呑む。
二人とも動揺していた。
まさか自分たちだけでなくこの村全体にロキ軍の魔の手が伸びていたとは考えてもみなかった。
「どこまでも腐った奴らだ」
レンが顔をしかめ、ぎりっと奥歯を噛む。
「劣等どもが吠えたところで惨めなだけだな」
そしてフリュムは右手をレンへと向ける。
それを合図に武器を持った兵士たちがフィーアたちに向かって迫ってきた。
三人まとめて殺すつもりだ。
「二人とも、僕の側から離れないで!」
そう言って、レンが手に持ったナイフを素早く前方へ投げつけた。
先頭の兵士の額にナイフが刺さり、兵士はそのままうつ伏せに倒れる。
レンは続けてナイフを他の兵士に投げつけた。
レンの手にいつの間にか新たなナイフが現れていた。
これはレンの能力なんだろうかとフィーアは思う。
能力はステータスで確認できない個別の力なので、なるべく相手に正体を掴まれないようにするのがセオリーだ。
フィーアにもレンの能力が何なのか今の戦闘を見ただけでは分からなかった。
「くそ、怯むな!」
「進め! 進め!」
「うぉぉぉぉぉ!」
それでも臆せずに飛んできたナイフを弾き、レンへと迫る兵士たち。
先頭の槍を持っていた兵士がついにレンに攻撃が届く範囲まで入り、そして槍を突き出す。
レンはそれを横に避けると、兵士の懐に入り、ナイフで首元を掻っ切る。
すかさず側にいた他の兵士へ向かうと、同じようにナイフで首や腹を切り裂いていく。
「はぁぁぁっ!」
迫りくる兵士たちの攻撃をかわしつつ、一人で兵士を屠っていくレン。
その気迫はまるで鬼神のようだった。
何十人という兵士が地面に倒れていく。
「はあ、はあ……」
それでも多勢に無勢だ。一人で相手をするには限界があった。
しかもいつの間にか兵士の数は増えていた。
村人を襲っていた兵士たちがフリュムのところへ合流したためだ。
レンは立ち止まると肩で息をする。
周囲にはまだ兵士が残ってレンたちを取り囲んでいる。
もう駄目かもしれない。
そんな考えがレンの頭をよぎる。
村のみんなを殺されたトラウマが蘇る。
あのときも何もできずに逃げるだけで精一杯だった。
自分はなんて無力なのか。
しかも今回はフィーアたちまで巻き込んでしまった。
後悔がレンを襲う。
あのときユージの誘いを断っていれば良かった。
こうなる危険があることも分かっていたのに、ついユージの好意に甘えてしまった。
今さら悔やんでも自業自得だ。
レンが諦めかけたとき、フィーアの悲鳴が聞こえた。
「おらっ、おとなしくしろ!」
「いやっ!」
「やめてください!」
フィーアたちにも兵士の魔の手が迫っていた。
兵士の一人がフィーアの腕を掴む。
レンはフィーアを助けようとするが、他の兵士が邪魔をして近寄れない。
もはや絶体絶命かと思われた。
そんなとき、レンはその声を聞いた。
「――お前ら、そいつらに手を出すな。殺すぞ」
その声の主をレンも知っていた。
思わず泣きそうになった。
レンには彼が救世主のように思えた。
周囲にいた兵士たちが倒れ、フィーアの腕を掴んでいた兵士が吹き飛ぶ。
目に涙を溜めたフィーアは嬉しそうにその名を叫んだ。
「ユージくんっ!」
剣を持ったユージがそこに立っていた。




