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第十話 ロキ軍

 次の日、やってきたフィーア、ユキも入れた四人で朝食を取った後、旅立つレンを玄関先で見送ることになった。

 ローブを着込んで準備万端のレン。

 ローブは昨日のうちにフィーアが破れたところを縫い直して洗濯もしてくれていた。

 相変わらずできた子だ。


「親切にしてくれてありがとう」

「もっとゆっくりしていっても良いんだぞ?」

「ううん、あまり長く留まることはできないんだ。君たちに迷惑がかかるし、体力も十分に回復したしね。できれば早く出発したいんだ」


 レンはそう言って後ろを向くと、左手をドアノブへと掛ける。

 そこで再びレンは振り返り、俺たちへ向かって軽く右手を上げた。


「それじゃあ、お世話になったよ」


 俺たちも右手を上げて手を振る。

 そこでレンは小さく微笑むと、扉を開けて出て行った。

 その後ろ姿が見えなくなるまで俺たちは彼女を見送った。


「……行っちゃったね」

「ああ、不思議な奴だったな」


 最後までどこか掴みどころがない少女だったが悪い奴ではなかった。

 話していても気さくで退屈しなかった。

 できることならまたいつか再開したいと思った。


「――さて、俺もダンジョンに行くか」


――


 俺は剣を背負って出かける準備を済ませると、ダンジョンへと向かう。

 その途中でシーナと偶然出会い、二人でダンジョンまで行くと、ダンジョンの前でカイとも合流した。

 ダンジョンに入る前に少し雑談をしていると、その流れで俺はレンのことを二人に話した。


「ほう、そんなことがあったのか」

「……ユージは相変わらずですね」


 シーナがジト目で俺を見つめる。

 若干不満げに見えるのは決して気のせいではないだろう。


「まあ、ユージのお人好しは今に始まったことじゃないしな。むしろ家にまで呼び込んで何も起こらなかったのが不思議なくらいだ」

「お前らなぁ……」


 俺が節操のない女たらしキャラ扱いなのは共通認識なのか。

 俺が反論しようと口を開きかけたとき、そこで大きな爆発音が聞こえた。

 森の中にいた鳥が一斉に空へと羽ばたく。


「な、なんだ?」


 驚いてその音のした方向を見る。

 すると、森の向こうから黒い煙が上がっていた。


「あの煙……俺たちの村の方角から上がってるな」

「まさか村で何かあったのか?」


 嫌な予感がする。

 それは他の二人も同様らしい。

 俺たちは顔を合わせると無言で頷く。

 やるべきことは決まっていた。

 俺たちはダンジョン探索を止め、急いで村へと向かった。


――


 その数分前、フィーアはユキと一緒に自分たちの洗濯物を干すために外にいた。

 ユージの分はさすがにここで一緒に干しておくわけにはいかないので、ユージの家で別に干してある。

 ユキが一緒に住むようになったので家事全般の負担が減ったのはフィーアにとってありがたかった。

 ただし、その役目を完全にユキに任せるつもりはなかった。

 ユージの代わりに家事をするのは自分の仕事だと自負しているし、ユージの喜ぶ顔が見られるのならちっとも辛くない。

 木でできた物干し竿に衣類を干しつつ、フィーアはユキに声をかける。


「ユキちゃん、こっちは終わったよ」

「私もあと少しです」


 たった今干そうと手に取った下着を持ったままユキが返事をする。

 ユキもここに来てからずっと献身的に働いてくれていた。

 優しくて気が利くし、そのうえ可愛い。

 そしてユージのことが好き。

 そんなユキのことをフィーアは大切に思っていた。


「昨日は楽しかったね」

「はい。レンさん、とても気さくな方でしたね」

「ユージたちが私たちのことを話し始めたときは驚いたけど……」


 昨日のことを思い出すと、フィーアはなんだか体が熱くなるのを感じた。


「そうですね……」


 ユキも顔を赤らめていた。

 そのまま恥ずかしそうに俯くユキ。

 その反応も可愛い。

 つい、フィーアはユキに意地悪してみたくなった。


「ユキちゃん、告白しちゃえば?」

「へ? い、いえ、そんな、私なんかが告白なんておこがましいにも程があります!」


 狼狽するユキ。

 やっぱり可愛い。

 こんな素直で可愛い子が近くにいてどうしてユージは手を出さないんだろうとフィーアは疑問に思う。

 ユージの気持ちが分からない。


「そんなことないよ。ユキちゃんはユージくんとお似合いだと思うもん」

「そ、そうですか? ……ありがとうございます」


 ユキは少々困惑しつつも頭を下げる。

 そこで、ユキがなぜか表情を曇らせた。


「……フィーアさんは良いんですか? 私をここへ住まわせてくださり本当に感謝していますが、もし私のことが邪魔だと思うのならすぐにここを出ていくつもりです」

「ううん、別に邪魔だなんて思ったことないよ。私もユキちゃんのこと好きだし」


 フィーアは何気なくそう言ったのだが、対するユキはかなりの衝撃を受けたらしく、目を丸くして驚いていた。


「あ、ありがとうございます。ですが本当に気を使っていただかなくてもいいんですよ? 私がお二人の時間を奪っているのは自覚していますから」


 しかし、それを聞いて、フィーアはふっと笑った。


「ユキちゃんは真面目で良い子だね。でも、ちょっと良い子過ぎるかも。私もユキちゃんの気持ちは分かるし、同じ人を好きになった者同士、むしろ一緒に頑張ろうよ」


 少し嫉妬してしまうこともあるが、フィーアは基本的にユージがモテることを歓迎していた。

 ユージのことを好きになるということはちゃんとユージのことを男性として評価してくれている見る目のある人物ということでもある。

 だからユージがモテればフィーアも嬉しかったし、好きになった子のこともライバルではなく仲間として認識していた。

 ただし、ユージが他の女の子とばかり親しくして自分に構ってくれなくなってしまうのではないかという不安はある。

 それが嫉妬に繋がっていることも自覚しているのでフィーアは自己嫌悪に陥ってしまう。

 乙女心は複雑なのだ。


「……フィーアさんこそ、私なんかよりずっと良い人ですね」

「そんなことないよ。私は酷い女だから……」


 それは謙遜ではなく、本気でそう思って口から出た言葉だった。

 フィーアは自分ことが嫌いだった。

 好きな人のために色々な人に多大な迷惑をかけている。

 それを知っていてなお、自分は彼を選んだ。

 この気持ちを教えてくれた彼の側にいたい。

 たとえどんな手段を取っても。

 自分はそういう醜い存在なのだ。

 ユキはそれを知らない。

 そしてユージも。


「最初は側にいられるだけで幸せだった。それがユージに私のことを好きになってほしいと思い始めて、今ではもっとその先まで求めちゃってる。それがいけないことだって分かっているのに……」

「え? どうしてそれがいけないことなんですか?」


 ユキが首を傾げる。


「はは、私はユキちゃんとはちょっと事情が違うんだよ……まったく、どうしてこうなっちゃったんだろうね」


 まだ誰にもそれは言えない。

 だからフィーアは曖昧な微笑みを浮かべてユキに言った。


「ま、でもみんな幸せになるのが一番だと私も思うよ。だからユキちゃん、一緒に頑張ろうか」

「は、はい、ありがとうございます……フィーアさんはとても優しい人ですね」

「優しいのはユキちゃんも同じでしょ?」


 二人は自然と笑い合った。

 同じ男性を好きになった者同士、不思議と敵対心はフィーアもユキも持っていなかった。

 この世界に重婚禁止の決まりはない。

 そのシステムのおかげもあるが、お互いに相手をユージの恋人に相応しい女性として認めていた。

 それに、ユージなら仕方ないという謎の諦めもあった。

 自分の好きな相手なのだ。

 他の女性に認められるのはそう悪いことではないとフィーアは思う。

 洗濯物を干し終わり、フィーアとユキは家の中へと戻る。


 その僅か数分後であった。

 そこで、地面を揺るがすような大きな爆発音が聞こえた。


「きゃっ?」


 思わず悲鳴を上げて身をすくませる二人。

 そしてお互いに顔を合わせる。


「な、なに?」

「すぐ近くで聞こえましたね……」


 今の音はただ事ではないと二人とも直感で分かった。

 何だか焦げ臭い。

 勇気を振り絞り、二人は恐る恐る外へ出ると、音のした方へと足を運んだ。

 煙が上っていたので場所を特定するのは簡単だった。

 その場所はフィーアの家のすぐ隣だったからだ。

 そして、二人は目の前に広がる光景に言葉を失う。


「ユージくんの家が……」


 ユージの家が無残に崩れ落ちていた。

 天井が落ち、壁が崩れ、折れた木製の柱が四方に散らばる。

 台所があったと思われる場所から煙が上がっていた。


「一体何が……」


 ユキが茫然と呟く。

 何が起きたのか理解が追い付いていない。

 それはフィーアも同様だった。

 家屋の崩壊自体も驚いたが、そこに黒い軍服を着た複数の男が整列していることが、さらにフィーアたちの思考を混乱させた。

 人数は二十人ほどか。


「もぬけの殻か……一足遅かったようだな」


 その先頭にいた三十代くらいの白髪の男が無表情で呟く。

 それがフィーアたちにも聞こえた。この男も黒い軍服を着ている。

 彼がこの集団のリーダーだろうか。

 そして男はフィーアとユキの存在に前から気付いたかのように、ゆっくりと振り返る。その鋭い眼光でフィーアたちを睨みつける。


「――貴様ら、ここにいた女を知っているか?」


 フィーアとユキは一瞬びくりと体を震わせるが、フィーアはすぐに落ち着きを取り戻すと、なるべく冷静な口調を心掛けて男に尋ねた。


「女? レンさんのこと?」


 このタイミングで真っ先に思い当たる人物の名を上げる。

 すると男は目を僅かに細めた。


「あの女が潜伏しているという情報は間違いなかったようだな。奴はどこだ?」

「あなたたち、誰? レンさんとどういう関係なの?」


 フィーアが拒絶の意思を含めた警戒心を見せる。

 すると、男は表情一つ変えずに答えた。


「我々はアースガルズに所属する部隊、通称ロキ軍だ。私の名はフリュム。なぜあの女を追っているのかと問われれば、奴はアースガルズの城内へ侵入し同胞たちを殺害しただけでなく、ロキ様の命まで狙った犯罪者だからだ」

「え? レンさんが?」


 フィーアは驚いた。

 現在、アースガルズを統治しているのがロキという人物だ。

 その城へ親友して国王の命まで狙ったとすれば死刑も免れない。

 だが、レンがなぜそんなことをしたのだろう。


「これで分かっただろう。さっさと女の居場所を教えろ」

「私たちも知らないよ。今朝のうちに村を出て行ったはずだから」

「ふむ、そうか……」


 そう言ってフリュムは顎に手を置き、何やら考え込んでいた。


「でも、女の子一人相手に軍隊なんて随分と大袈裟じゃない?」

「相手はロキ様の命を狙った犯罪者だ。いつまでも逃亡を許すわけにはいかん。早急に見つけ出し、処罰しなければならない」

「だからって家ごと攻撃することはないんじゃないの? ここの家の持ち主はあなたたちの都合とは全く無関係でしょ?」


 フィーアはフリュムを睨みつけた。

 怯えるユキが止めるように服の裾を引っ張るが、それでも納得がいかなかった。

 ユージはただ巻き込まれただけではないか。

 しかし、フリュムは表情一つ変えずに、その鋭い眼光でフィーアの瞳を見つめる。

 一瞬、体を刺すような殺気を感じ、フィーアの背中にぞくりと寒気が走った。

 そしてフリュムは言った。


「だが、貴様らがあの女を匿っていたという事実は変わらない。我々に反抗する者は全て抹殺する。それがロキ様の考えだ――やれ」


 フリュムが後ろに控える部下に命令する。

 すると、男の側にあった大砲の砲身がフィーアたちへと向いた。

 あれがユージの家を破壊したのだろう。


「女を庇う貴様らも同罪だ。我々ロキ軍に刃向うものはたとえどんな矮小な存在だろうと容赦しない。危険分子の芽は全て刈り取らせてもらう」


 非情にもフリュムはフィーアとユキの命までも奪おうとしていた。


「ふ、フィーアさん!」

「大丈夫。最悪ユキちゃんだけでも守るから」


 怯えるユキ。

 フィーアはその砲身からユキを守るために、フリュムの前へと立ちふさがった。

 しかし、何か手があるわけではない。

 フィーアはただユキを守るために必死だった。

 そして、砲弾が放たれる。

 フィーアはユキを庇うように、砲身に背中を向けたままユキに抱き着く。


「ユージくんっ!」


 無意識にユージの名前を呼ぶフィーア。

 そして、先程より大きい爆発音が村の周囲を囲む山々に木霊し、地面が大きく揺れた。



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