第九話 レンという少女
「そういうわけでこの子を泊めることにした」
俺が事情を掻い摘んで説明すると、フィーアはぽかんとした顔をした後、呆れるような表情でぽつりと呟いた。
「……最近ユージくんの女たらしぶりが酷くなってないかな?」
ジト目で俺を見つめるフィーア。
とんだ言いがかりだ。
「待て、俺のどこが女たらしなんだっ?」
「初対面の女の子をいきなり自宅に誘うなんてかなりの度胸だと思うけど? ね、ユキちゃん?」
「そ、そんなことないと思いますけど……ユージさんがそういう人だっていうのは私も分かってきましたから」
一緒に来ていたユキが悲しげな顔でそう言った。
何だか含みのある言い方なのが気になるな。
二人とも俺の事を誤解していないか?
まったく思い当たることがない……わけでもないので否定しづらいが、俺はそんなつもりでレンを誘ったわけではないのだ。
「やっぱり僕がいたら迷惑だったかな? 今からでも出ていこうか?」
レンが困った表情を浮かべて俺を見る。
「ううん、そんなことないよ。私はユージくんに不満があるだけだから。レンさんはゆっくりしてて良いからね。ユージくんの家なのに私が言うのも変だけど」
代わりにフィーアが答えた。
追い返さない辺り、やっぱりフィーアもお人好しだ。
できれば俺への誤解も早く解いてほしいのだけれども。
それとも、フィーアのこれはレンに対する嫉妬なのだろうか。
だとしたら嬉しいが、さすがに思い上がり過ぎか。
だけど、頭の中でそう思うくらいなら良いだろう?
「まあ、今日一日泊めるだけだし、さすがにユージくんも血迷ったりはしないかな。レンさんに変なことしたらダメだからね?」
「ああ、分かってるよ。人を強姦魔みたいに言うな」
さすがに冗談だと分かる口調で俺に言い残すと、フィーアとユキは夕飯を作りに台所へと向かった。
二人きりになったところでレンが俺に言った。
「あの子はユージくんの彼女さんかな?」
「いや、フィーアはそんなんじゃないから」
「じゃあもう一人の子が彼女?」
「違うって。二人とも近くに住んでて、俺の代わりに料理を作りに来てくれてるんだよ」
「へぇ、良い子たちだね」
レンは感心した声を上げて台所の方を見た。
「で、彼女じゃなくてもやることはやってるのかな? 二人とも可愛いし君に気があるみたいだし、案外どっちとも経験済みだったりして」
「ぶっ!」
思わず咳き込む。なんつーことを言い出すんだ。
「何もしてないから! お前は俺をガチで性欲の塊かなにかと勘違いしてないか?」
「ごめんごめん、別にそういう意味で言ったんじゃないよ。ただ君と彼女たちの関係ならそれくらいしててもおかしくないと思っただけだよ」
他人から見てもそんな風に見えるのか。それはちょっと嬉しいかもしれない。
だが、残念なことに俺と二人の間には何もない。
おっぱいを揉むどころかキスさえしたことなかった。
友達以上恋人未満。
俺たちはそんな関係だ。
だから俺はレンの言葉に首を振る。
「悪いがレンが考えているような行為をしたことは一切ない」
「でも頼めば二人ともオッケーしてくれるんじゃないの? もしかしてそういうのに興味ない人?」
「そんなことはない。俺だって男なんだからエロいことしたいぞ」
「はは、素直だね。それに、オッケーしてくれるってところは否定しないんだね?」
「うっ……いや、それはまあ……どうなんだろうな?」
痛いところを付かれて俺は動揺する。
いや……ね?
何となく雰囲気で察していてもそれを認めるのは自意識過剰というか、実は俺の勘違いだったら痛い奴だし。
そもそも、悲しいことに俺は童貞を拗らせすぎてそういう行為を意識すると途端に怖気付いてしまうのだ。
後生大事に取っておくものではないと分かってはいるのだが。
それで何を言いたいのかというと、つまり、俺だってエロいことはしたいのだ!
というか俺は何を力説しているんだろう。
「でも真面目な話、僕の目から見ても君なら二人ともオッケーしてくれると思うよ。なんなら僕が二人に聞いてみようか?」
俺の脳内での力説を知るよしもないレンは真顔でそんなことを聞いてくる。なんてこと言い出すんだこの子は。
天然なのか?
ドSなのか?
「待て、必要ない」
「やっぱり嫌かな?」
「いや、なんというか、そういうのは他人に確認してもらうものじゃないというか、まだ本気で考えられないというか……って、この話はやめよう。なんか生々しい」
「えー、残念だなぁ。僕は興味あるのに」
レンはそう言ってくすくすと笑う。
やっぱりSなのかもしれない。
「興味って、あのなぁ……」
その時、ちょうど台所からフィーアとユキが戻ってきた。
俺は慌てて姿勢を正す。
何もやましいことはしていないのに何だか悪いことをしているような気分だった。
俺は平静を装ってこちらへやってくる二人を見つめる。
二人は途中で立ち止まる。
そしてなぜか無言で、俺の顔をちらちらと窺う。
よく見ると二人とも顔が赤いがどうしたんだろうか。
「……あの、お二人とも……もう少し小さな声で話していただけるとありがたいです」
「もうっ、こっちまで全部聞こえてきたよ」
今の会話を聞かれてたのか!
俺は羞恥で顔が熱くなる。
きっと今の俺の顔を鏡で見れば二人と同じように赤くなっていることだろう。
「い、いや、これは話の流れで、その、別に俺は決してやましい気持ちでフィーアたちのことを見ているわけじゃないからな? いや、まったくないわけじゃないけど、それは男として仕方ないというか……」
何で俺はこんなに必死に否定しているのだろうか。
あーくそ、思考がまとまらない。
なんだこの羞恥プレイは。
そもそもレンがこんな話をするから悪いんだ。
ちらりとレンへ視線をやると、レンはこの状況を面白がるように、にやにやと笑みを浮かべていた。
俺は抗議の意味を込めてレンを睨む。
「はは、ごめんごめん。ちょっと盛り上がり過ぎちゃってつい。ね、ユージ?」
いや、「ね?」じゃないからね。
なんで俺に同意を求めてるの?
とりあえず俺はフィーアとユキに頭を下げる。
「いや、あの、二人とも……何かすまん」
「うん、私もその、別に嫌じゃないし……」
「わ、私も、ユージさんのお気持ちを少し知ることができて、その、嬉しかったです」
そして再び沈黙。
何とも気まずい空気が流れる。
視線を彷徨わせながらも、たまにちらちらと互いに様子を確認し、視線が合うとまた逸らす。
何してるんだろうな俺。
そんな重苦しい空気に耐えかねたのか、レンがあからさまに明るい声を出して話題を変える。
「そういえば、料理の方は大丈夫なの?」
「え? そ、そうだね、そういえばまだ材料を切ってる途中だったよ」
「僕も手伝おうか?」
「お客さんにそんなことはさせられないよ。レンさんは座って待ってて」
そうしてフィーアとユキは逃げるように台所へと戻っていった。
とりあえず問題を先延ばしにしただけだが今は助かった。
けど、原因はレンにあるのだから感謝はしないぞ。
「はは、君たちを見てると飽きないよ」
「……ひょっとして面白がってないか?」
「まあ、少しはね。もちろん宿を貸してくれたユージ君のことを純粋に応援してるっていうのもあるけどね」
だからって勇み足になってはたまらない。
俺はレンに抗議の視線を向ける。
すると、レンは真面目な顔で俺を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……でも、ありがとう。こんな穏やかな気持ちになったのは久しぶりだ。君たちと出会えて良かった」
そしてレンは小さく笑った。
それがあまりにも自然な笑顔だったので俺は驚いた。
それは今までのどこか自嘲するような笑みとは違う、年相応の少女らしい微笑みだった。
「一日泊めてやるだけなのに大袈裟だな」
「ううん、僕にとっては良い気分転換になったよ。純粋に体力の回復にもなるしね。君には本当に感謝してるよ」
そう言ってもらえるなら俺も泊めた甲斐があったというものだ。
だけど、レンは何かを隠しているように思えた。
悪意のあるものではなさそうだが、それが彼女の悲しげな微笑に繋がっているように思える。
レンの中に潜む影の正体は一体何なのだろう。
俺はそれが気になったが、それ以上踏み込んで良い話題なのか分からず、結局そのまま話は別の話題へと変わっていった。
そしてその日は四人で夕食を食べ、そのまま俺はレンと同じ屋根の下で一夜を過ごした。
もちろんエッチなイベントが起こるわけもなく、平穏に一日を終えたのだった。
だが風呂上りのレンを見ることができたのでよしとしよう。




