仕事は幽霊退治!!
「いいな、って思わない?」
何の話、と尋ねると前方を歩いているカップルへと人差し指が伸びた。そして彼女は言う。
「いいな、って思うんだ」
手を繋いでることが羨ましいのか?と尋ねると、そうだよ、と首を縦に振った。
学校帰りの夕方。高鳴る踏切。
俺らは手を繋いでいなかったし、また、手を繋ぐ必要もないと思う。なぜなら前を歩く二人のように俺らはカップルではないし、それに、手を繋ぐなんて行為、実に古典的だ。
それよりも、お腹が減った。
ぐぅぅぅ、と今にも高鳴りそうなほどに腹が減っている。
そんな俺のことなど気にもかけないような様子で、彼女――真坂 浜辺はぼんやりとした感じで繋がれている二人の手を凝視している。
俺は試しに手を差し出してみた。ほら、どうぞ、とでも言いたげに。浜辺は半笑いを浮かべて、やっぱりいいや、と簡潔な一言を洩らして、そのまま口を閉じた。
きまぐれな奴、と思う。
同時にぐぅぅぅ、とお腹が減った音がした。
「ふふ」笑われた。
「……そこの肉まん屋によろう」
「うん、いいよ!」
やけに元気な返事だった。浜辺も肉まんが食いたかったのだろうか。
肉まん屋台では快活なお兄さんが肉まん販売に精を出している。学校でも人気の肉まん屋であるそこは、『寄り屋』という名前だ。人生の上で肉まんは『寄り屋』のものが一番好きだ。
俺は肉まんを自分用に二つ、浜辺用に一つ、計三個を購入し、四百五十円支払った。浜辺は私もお金を出す、と言ったが、五百円玉一枚で支払いたかったので、おごってやる、と言った。
こうして肉まんを買った俺たちは、二人横に並んで夕方の帰り道を歩いた。
もぐもぐと頬張りながら。
その途中、浜辺は言った。
「人間って、なんで生きていく上で、面倒なことをたくさんしなくちゃいけないんだろうね」
俺は、知らない、と返した。彼女は続ける。
「逃げ出したくてたまらないんだ。だから、首を吊りたいと思うの。私って病んでるかな」
俺は古典的だと思った。首を吊るという行為が。
だから、口を閉じた。変なことはいうまいと思ったからだ。彼女はそれ以上は続けなかった。
二人、しばらく無言で道を歩いていると、夕方が夜になっていった。
夜道は暗い。そしてその日は寒かった。手袋でも持ってきていればよかったと後悔する。
「死にたくならない? こういう日は特に、無性に」
「たしかに君は、病んでるかもな」
「逃げ出したい病なの。仕方がないと思わない?」
「仕方がない?」
仕方がないとはおかしな表現だと俺は思った。彼女はなぜか半笑い気味だ。
「つまらないよね」
「……楽しいこともいっぱいあるよ」
「今度の期末テストとか?」
「いい点取れれば、最高だと思うよ」
「じゃあ勉強しなくちゃあ」
「今からならまだ間に合うんじゃないか」
そっかあ、と浜辺は納得いったように笑った。
「結城って、私のお父さんみたいなんだね」
俺はいやになった。そこでお父さんという単語を連ねる彼女の神経が嫌だと思った。だけどどこか先進的で、少なくとも古臭くはない表現だと何故だか感じた。
だが、許せないような気がする。
そんな表現は。
「やめてくれよ。今、言っていいことじゃないよ、それ」
俺は口に出して言ってしまった。
彼女が一番辛いのだとわかっているうえで。
悪霊センサーがピピピと高鳴る。
もう浜辺の家の前だった。相変わらず悪霊センサーは敏感に反応してくれるようだった。
死者は生者を引っ張る。生者は死者に引っ張られる。
(真坂 浜辺を監視しているように言ったあいつの言い分は正しかったんだろうなあ)
と俺はぼんやり思った。首を吊りたいなどという発言、普通の女子高生の希求することじゃない。やはり彼女の父親と母親の悪霊が、彼女を引っ張っているのだろうか。それは、普通に考えれば当たり前のことのような気もする。引っ張られてしまうに決まっている。
まだ彼女の両親が亡くなって、一か月と経っていないのだ。
あいつ……ミカド、近くにいるのか?
俺は周囲を見回して、神出鬼没のミカドの姿を探したが、見当たらない。
悪霊センサーはピピピと高鳴っている。
悪霊化した浜辺の両親を今日こそは浄化しなくてはならない。そのためには俺だけの力じゃ難しい。まだこの仕事を初めてから、数週間しか経っていないのだ。
ミカドの助けが必要だ。
しかしミカドの姿が見当たらないとなれば、しばらくは真坂家の中に入ることを控えなくてはいけないだろうか。
それとも、俺だけの力でやってしまうか?
やれば、できるはずだ。
やれないことはないはずだ。しかし、
『能力の欠如している存在は、何をやってもダメなのよ』
過去。それは過去の言葉だった。俺の心にズシンと響き渡る、重たい言葉。
その言葉が、俺を勇猛にすることを、妨げる。
立ち止まったまま動くこともせず、俺は浜辺に忠告した。
「中に入っちゃだめだぜ」
「ここは私の家だよ? 入っちゃっていいでしょ」
「ダメだ! 中は危険だからな」
「そう。そうなの。じゃあ、わかったよ」
気まぐれな彼女のことだからどこまで納得しているかわかったものじゃない。悪霊の危険性を訴えておいた方がいいだろうか?浜辺は自分の両親が悪霊化しているからと言って、それを甘く見ているような気がする。
両親といえども、悪霊は悪霊だ。
俺はスマホを取り出して、ミカドへと連絡をつけようとした。
応援にきてくれと言うつもりだった。だが、連絡をつける必要はなかった。
背後から声を掛けられる。
ミカドの到着だ。
「本日オマエに渡す武器は、これだ」
黒スーツ姿のミカドはどこにでもいる社会人のようだ。しかしその実質はまったく違う。
俺の立場を戦闘員とするならば、彼女は、主任とか、班長といった所だろうか。そういう意味では社会人っぽいのだが、その仕事内容は、非常に浮世離れしている。
一言でいってしまうと、悪霊退治。
その仕事のために必要なものは二つある。
一つは……簡単なことだ、武器である。悪霊と戦うためのウェポンである。といっても、悪霊を攻撃するためというよりは、自らの護身のために使用するのである。毎回違う種類の武器がミカドから支給される。武器は使い捨てで、これはこれで開発研究が日夜行われているそうなのだが……。武器を使い捨てるという点はなかなか業界内では変わらないらしい。
今日ミカドから支給された武器はドライヤーだ。こんなもので大丈夫か?カミソリだった時もあったから、大丈夫なのかもしれないが……。
そして仕事の成功のために必要なこと、もう一つは……これが難しいのだが。
俺はちらりと浜辺の様子をうかがった。特に怯えている様子もない。
悪霊退治にはどうしても常人は怯えてしまう部分がある。浜辺も表には出さないだけで、本当は怖いのかもしれないが……、しかし、仕事の成功のためには彼女の力が必要だ。
なぜならば、悪霊を退治するための一番の手段は、それは、心に響く声、だからだ。
悪霊の心に響く外部からの声。
これがもっとも重要だ。
このケースの場合、家族で唯一生き残っている真坂 浜辺が、真坂家に根付いた問題を解決するために必要なのだ。
心からの声を、彼女が、二人に届けなくてはならない。
どうか、成仏してください、と、いうわけだ。
「心の準備はできてる?」
俺は浜辺に尋ねる。彼女はうなずいてから、すぐに首をぶんぶんと横に振った。
「準備とか、よくわかんないよ」
「お父さんとお母さんに話しかけるんだ。そのためにちょっと怖い思いをするかもしれない。でも大丈夫だ。俺と、もう一人この黒スーツの女の人が、君を守る」
「私は言いたいことを言って、それでいいの?」
「言いたいことが思いつく?」
「うん、いや、ううん、わからない」
「わかるまでは、入るのはやめておこう」
「うん、ありがとう」
そんな会話をしてから数分後、彼女は首を縦に振った。
「もう、大丈夫だと思う」
「そうか。少し怖い思いをすると思うが、大丈夫か」
「う、うん」
俺は門を開けた。
「じゃあ、行ってみよう」
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