騒ぎを起こす存在
「それもまた凄い言葉ですね。」
フェーリの話を遮り、『闇の精霊王』の長男、『月の精霊』モントが苦笑して、呆れ声を出した。
その姿に、もてなしの為に二つのカップに特製のハーブティーを注いでいたフェーリが手を止まり、モントに向かい顔を上げた。
コロコロと笑うフェーリの姿に、可憐だとか優美だとか言う人間が多い事は知っているが、モントは幼い頃から散々にフェーリが行なってきた悪戯の被害にあってきた為、そんな事思いも至らない。
話に出ていたあの頃と何も変わらず、『霊廟の森』の中にあるフェーリの素朴で小さな家に、傭兵のような姿をした大柄なモントの姿があった。その姿は、素朴としか表現の仕様がない内装にも、テーブルにも馴染むことなく違和感を醸し出している。木で作られている椅子は、モントが動く度にギシリギシリと音を発していた。
そんなモントの姿に、子供の成長は早いのねと微笑み、フェーリはモントの言葉の意味を問うた。
「凄い言葉なんて、あったかしら?」
「あのアリシアが起こす騒動に向かって、クロノスおじさんの血を引いているから当たり前だなんて言うなんて。凄すぎますよ。」
あの、アリシア。
幼いながらにもモントは、それが世界を巻き込んだ事態であった事を覚えている。
その時期が近づくに連れて、両親ともに忙しさを増し、モントと、双子の妹であるステラは闇の精霊たちに育てられたようなものだ。
クロノス達の計画は失敗して成功した、といえる。
アリシアはヒロインになってしまったし、一度は『風の精霊王』を名乗る存在となってしまった。そして、まったくの無傷とはいえず、世界は一度大混乱に見舞われた。冥府、新しく生まれた精霊たちの力、そして遥か昔から協力し自分達を作り替えていた光の精霊達の尽力があって、壊れかけた世界から新しい世界が生まれる結果となった。
あれから百年以上経った今では、それは伝説とか伝承という形でしか知る人間はいない。事が終わった後に生まれた妹弟たち、ファル、コンラット、グリムも、詳しい事は知らないだろう。計画の結果として封印される事になった元・『火の精霊王』の暴走に遭遇した為に概要を知っているくらいだ。
「そうは言ってもね。お兄様の悪戯や馬鹿な行為を知っている方達は、この説明で納得してくれるのよ?」
『風の精霊王』に一目惚れして、憧れるあまりに崖から飛び降りた。
草花を弄っていて、下位精霊を組み込むことで生きた植物を作り出してしまった。
落とし穴を作ろうとして失敗、巨大な湖を作り出した。
『火の精霊王』の居城に大量の油を放り込んだ。
などなど、次から次へと妹であるフェーリの口から出てくる話に、モントは呆れも笑いも呑みこんで関心してしまった。
それで一部なのだと言うのだから、フェーリが言うことも納得してしまうかもしれない。アリシアという少女は、無自覚の内に色々と騒ぎを起こしていたと聞いているが、無自覚の方が性質が悪いとはいえ、故意でやっているクロノスの周りにいた精霊たちは大変だったことだろう。地の精霊たちがモントたちの世話をする闇の精霊たちの様子を見て、羨ましそうに見ていたのが印象に残っているが、これなら納得することが出来る。
「それで、お袋はどんな反応だったんです?」
「とっても、驚いていたわ。でも、短い付き合いだけど、お兄様の事を何となく見ていたようで、すぐ納得もしていたわね。」
その理由が、前世で呼んだ漫画などに、クロノスのようなタイプが出てきていて、それに当てはまったからだと言っていた時には、全員で苦笑したものだったが。
「一番面白かったのは、お兄様の相手が『風の精霊王』だと教えた時ね。プルート叔父様の顔色を窺ったり、聞こえる場所で昔の余計な話を聞いてしまったと申し訳なさそうに叔父様のことを見ていたのよ。
後から思えば、あの時にリリーナさんの株が叔父様の中で上昇していたんじゃないかしら?
叔父様がリリーナさんに見えないように、とても良い笑顔だったもの。」
「うっかり、気に入られる行動をしてたって事ですか。」
「そういう事ね。叔父様にとっては、とっくに割り切っている昔の話で心配してくれる優しい人だと感じてしまったの。あの当時は、私達も心の中を読んでいるだなんて知らなかったから。
知っていたら、ちゃんと忠告したし助けたのよ?」
それもどうかなぁ・・・
モントは肩を竦めた。
あのクロノスの妹で、彼の影に隠れて知る者も少なかったが、フェーリも相当な悪戯好きだった。優しく、もの静かな人ではあるが、油断していると痛い目を見る。
きっと、心が読まれているのだと知っても、どう動いたのかなんて誰にも分からない。
気の毒に思って庇ったのか、面白がってプルートの背中を押したのか。
それは『森の精霊』フェーリの気分次第。




