~プロローグ~
『予定入ったから行けない。』
この質素なメールを見るのは何度目になるだろう。
俺も同じ様に、「了解」とだけ送った。
……お前は今誰と居るんだ、予定って何だ?
そう聞けたらどれだけ楽だろう。
用意していた食事にラップをかけ、冷蔵庫に仕舞う。
でも、これが俺とアイツの“普通”だ。この関係から進展することはない。
“互いに干渉しない”
それが俺達の決まり。
もちろん文句の一つや二つ言いたくなるが、仕方がない。
結局は惚れた方が負けなのだ……。
「たつ兄ネクタイ結んでー!」
二個下の妹、琉那がネクタイを握り締め走ってやってくる。
「おいおい…ネクタイぐらい結べるようになっとけよ。将来『あなた、ネクタイ曲がってるわよ♡』とかできないと困るだろ?」
「たつ兄キモー…。ネクタイしっかり結べる人探すからいいもん。それで、家事もしてくれる人と結婚するんだー」
……甘やかしすぎたかなぁ。
俺、一条達眞は妹の親代わりをしている。
うちの親は共働きで、何をしているのやら世界を飛び回っているらしい。
高校上がったぐらいからは、年に数回帰ってくる程度になった。
お金は月々口座に振り込まれているから大丈夫だが、このぐらいの年代の子にとって最も大切なのは愛情だと俺は思っている。
だから俺なりに頑張ってきたのだが……。
どこで間違ったか、一般の高校生が出来る事も出来ない子になってしまっていた。
「にぃ、これでいい?」
もう一人の妹の玲那がやって来た。
少々曲がってはいるものの、玲那はちゃんと結べていた。
「ん、いいんじゃないか?」
歪みを直し、そう言うと玲那は嬉しそうに微笑んだ。
「次はもっと綺麗にできるように頑張る」
「玲那は偉いな、おい琉那も見習えよ」
「はいはーい」
……双子なのに顔以外はどこも似てないな。
そうぼんやり考えていると、玲那に時間を指摘された。
「お、もうこんな時間か。それじゃ俺は先に行くから。十時に着くように来るんだぞ」
今日は琉那と玲那の入学式。二人共俺と同じ高校に入学する。
本当は二時間弱長く寝せておくことも出来たのだが、俺は準備のために先に行かなくてはならない。
この二人がちゃんと用意して来られるか不安だったので、先に出来ることを済ますことにしたのだ。
「はーい」
2人の返事を聞き、俺は先に登校した。
十時から俺は玄関で受付をしていた。
名前を確認し、新入生に胸につける花を渡すのが仕事だ。
「ご入学おめでとうございます」
俺はこれ以上ない笑顔で、新入生を迎え入れる。
…が、笑顔を浮かべつつ心中穏やかではなかった。
琉那と玲那が来ない。
新入生名簿の丸印が増える度に、焦りが募る。
まさか入学早々遅刻……?
「おい」
声に顔を上げると、いかにも女受けの良さそうな青年が立っていた。茶髪にピアス。少し華美な印象だが、女子にはそこが受けるだろう。身長も高く、そこまで低くない俺が少し見上げる形になる。
「あ、すみません。お名前お願いします」
「羽賀翔」
「はが…あ、はい。ありがとうございます」
他の新入生同様、飛び切りの笑顔で花を差し出す。
「………」
「あっ……」
無言で奪い取る様に受け取り、羽賀は去って行った。
……なんだったんだ?
呆然と羽賀が向かった方向を見つめていると、ばたばたと走る音が聞こえてきた。
「間に合った!?」
やって来たのは琉那と玲那だった。
「間に合った!?……じゃねーよ。十時に着くように言っただろ?」
今は十時十八分。ギリギリセーフだが、半から式が始まる。
「にぃ、ごめんなさい。居眠りしちゃって……」
「まあ、過ぎたことはいい。それよりこの花を左胸につけて、早く一年のクラスに行け」
「わかった」
二人は胸に花を付けながら、また走って行った。
何とか間に合ったのを見届け、再び名簿に目を向ける。
「……おいおい」
丸印が無かったのは一条琉那、玲那──つまりはうちの妹だけだった。
先が思いやられる……。
入学式は何ら問題なく進んだ。
この後は新入生代表挨拶と校長式辞で終わる。
「新入生代表、羽賀さんお願いします」
教頭が名前を呼び、とある生徒が壇上に上がる。
……羽賀?
何となく聞き覚えのある名だ。受付をしていたのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
しかしその疑問はすぐに解けた。
……!
羽賀というのは、琉那達の前にやってきた男だった。
「えー…本日は僕たちの為に……。あー…忘れた。……まあ、宜しく」
羽賀は一礼し、自分の席へ戻った。
例年、新入生代表挨拶のあとは拍手が起こるのだが、今回はそれも無いまま進行された。
俺は余りの衝撃に、校長の話なんざ右から左へと聞き流してしまった。
……なっ、なんて奴だ!?
ご覧いただきましてありがとうございます。
BL作ですが、もう暫くはBL要素が余り御座いません。
BL要素何処!?となってしまうかもしれませんが、話が進むまでお待ちいただければ幸いです。