#一話
思いつきの見切り発車です
セレス歴800年に突如現れた霧らしきものを纏う謎の生物。それは魔力の攻撃しか効かない生物であり、纏う霧らしきものは高濃度の魔力が具現化されたものである。
その霧に長時間触れると人類は魔力酔いを起こし、最悪廃人になる。
魔物は魔力酔いは起こさないが、支配され霧らしきものをまとう謎の生物、ミストの手駒となる。
各国はこの危機に直ぐに抵抗するも、中々うまくいかない。
ミストに対抗できるのは魔力を扱えるもののみ。
人は皆魔力を保持しているが、それを実践に使用できる程保持している人は半数にも満たない。
だというのに、敵はここ最近増加傾向にある魔物に加えミストである。
セレス歴811年、三大国家の1つルーサイス王国に勇者が現れる。
それは段々と押されてきた人類にとっての最終兵器となる。
そして、勇者は様々な仲間と共に世界の敵であるミストを打倒していく。
その後勇者は結果のみを言うのであれば世界を救った。
代わりに大切な仲間を失い、自身も命を落とすことになったのだが。
その勇者は死ぬ寸前あることを願った。
―――――もう一度、やり直せるならば、みんなを……、大事な人を救いたいっ……!
なんでそんなに詳しく知っているのかって?
それは私が……、いや俺がその勇者だったからだな。
まぁ、何というかその願いは叶ったみたいで。
俺は、夕波蓮としてではなく、異世界の住民、エリス・ナナユキとして。
俺の記憶にはこのエリス・ナナユキという名の人物はいない。
故に、俺の時にも出会わなかっただけで存在したのか、私というイレギュラーな存在のためだけに生まれたのかはわからない。
そんな事はどちらでもいい。
どっちだとしても、あの悲劇を回避し、アイツ等をハッピーエンドへ導けるのだから。
本音は、自分がもう一度夕波蓮としてやり直したかった。
けれど、それは過ぎた願いだろう。
そして、私として生活を続けているうちに気がついた。
私ではない俺、夕波蓮があの子達を幸せにしてくれればそれでいいと。
もしかしたら私は壊れているのかもしれない。けれど、もしかしたら好都合かもしれない。
私では、いくつもの壁ができてしまうから。
なるべく気をつけるつもりだけど、俺の時のあの子達の姿を重ねてしまいそうで……。
夕波蓮だけだときっと私と同じ道をたどってしまうだろう。
それを防ぎ、ハッピーエンドとなる道へ導くためには、夕波蓮とあの子達両方の近くにいなければならないだろう。
そのために私は防衛軍に入り、それなりの地位まで上り詰めた。
上の地位にいくには強さも必要になってくる。
俺だった時の経験がある私には何の問題もない。
本気を出せば目立ちすぎるため、ある程度の力程々に抑えておいた。
そして私は自ら第零教育部隊の部隊長に志願した。
部隊というのは名だけで、実際は隊員三名と部隊長一名の計四名しかいない。
そして、第零教育部隊は人体実験が行われる部隊である。
実験の内容の前に知っておかないといけないことがある。
高濃度の魔力が具現化したものを纏っているミストが現れていることからわかるかもしれないが、今この世界では魔力濃度が高くなってきている。
そのため、生まれてくる子の魔力保持量も若い子程多くなる傾向にある。
国は戦力が欲しい。よって魔力保持量が多い成人していない子供もミストと戦う防衛軍に入れられる。
入れられるといっても、貴族などではない一般民の家庭ならば、一般民が数ヶ月から数年暮らせるほどのお金で買い取るといった形になる。
ほとんどの家庭は生活が厳しく、泣く泣く我が子を軍に渡すといった感じになるのだが。
そんな子供がいきなり戦場に立って戦える訳が無い。
なので、防衛軍に入った子供達は教育部隊に入り、戦闘法を学び、少しずつ経験を積んで一年後に本物の戦場に投入される。
しかし、やはり大抵の子供は……、というか大人もなのだが、死ぬかもしれない戦場だと恐怖のあまりパニックに陥り、味方を傷つけてしまう場合も起こる。
そこで偉い奴らの誰かがこう言ったそうだ。
魔法か薬物で恐怖を感じなくさせればいいのではないか、と。
そのために生まれたのが第零教育部隊である。
もっとも俺の時に部隊長をしていた男は既に消している。
あの男は夕波蓮とあの子達のハッピーエンドにとってミスト以上の障害であった。
その代わりとなる私は実験なんてするつもりはない。
俺の時に実験が行われたあとのあの子達の様子は嫌でも覚えている。
それを元にして適当に報告するさ。
さて、あの子達に会いにいくとしようか。
実験をする気がなくとも実験部隊であるため、ほかの教育部隊と一緒に訓練を行うことはできない。
そのため、第零教育部隊は他の教育部隊がいる街ではなく、小さな町から少し離れた場所にある施設で訓練と実験を行うことになっている。
軍関係者以外、いや軍の中でも一部の人以外に知られないようにするために、このような措置が取られた。
私が二日前から現地入りしているこの施設もこのためだけに作られ、本格的に使われるのは今回が初めてである。
第零教育部隊の隊員三名は今日ここに来る手筈になっている。
私はこの施設の設備の確認や周辺に生息する魔物の確認、及び最寄りの町で必要なものを買いに行ったりなどを行った。
普通ならば食事や洗濯などは専用の人を雇うのだが、私たちは一応実験部隊となっているため、それらも全て私達でやらなければいけない。
「……ふぅ。時間ギリギリだったね。そろそろお迎えの準備にしますか」
施設全体をひと通り掃除し終えた私は、掃除道具を片付け、施設前に向かう。
お迎えの準備といってもすることはただ一つ。施設の前で待つだけである。
十分程立っていると馬の走る音と共に一つの馬車が見えてきた。
その馬車は私の手前で止まり、御者の人が扉を開け中から三人の少女が降りてくる。
少女たちが馬車から降りると、御者の人は私に向かって一礼して来た道を戻っていった。
あの御者も軍関係者である。とは言っても下の方の人だと思うが。
まぁそんなことはいいとして。
「はじめまして、私が第零教育部隊の部隊長のエリス・ナナユキだよ。約一年よろしくね」
俺としては初対面どころではなく、何百も何千も会っているのだけど、私としては初めてである。
固いよりはこのくらい砕けた方が仲良くやりやすいかなと判断して、あえて普段の口調で話してみた。
「「「よろしくお願いします!!!」」」
三人とも持ってきた荷物を自分の横に置き、深く頭を下げた。
元々一般民だとしても、軍に入って一ヶ月は立っている。
そして上から声がかかり、この第零教育部隊へ移ることになったのだろう。
一ヶ月経っているのならば、軍の規律等はひと通り教え込まれているだろう。
その結果が目の前の礼儀正しさであろう。
もちろんそんなものがなくても、元から礼儀正しい人ならばできるだろうけれど……。
「じゃあ、取り敢えず一旦荷物を置きに行ってもらおうかな。部屋は特に差がないからこっちが勝手に決めたけれど不満があったら言ってね。できる限り答えるから」
「ミズホさんは001号室、アイリさんは002号室、リンさんは003号室が自分の部屋になるよ。場所は入口から入って右側にある階段を上った先の廊下の奥から000号室、001号室ってなってて、一応ドアに部屋番書いてるからすぐにわかると思うよ」
「「「はいっ!!」」」
「じゃあ荷物置いたら階段を上った左側、要するに自室と反対側だね。そこに休憩室があるからそこに集合、いい?」
「「「はいっ!!」」」
「よし、解散」
生活用品がぎっしり詰まって重たいだろう大きなバッグを担いで走って中に入っていく黒、茶、金の髪色の少女たちを見ながら、ゆっくりと施設内へ戻る。
私が休憩室に入ると既に三人は整列して待っていた。
私語も一切なく、一ヶ月の教育の効果なのかと思うが、それは違う。
俺の時はあの子達は今みたいに私語が一切ないというのはほとんどなかった。
恐らく、三人は互いに初対面なため、会話がないだけだろう。
「じゃあ、みんな椅子に座って」
「あ、あの部隊長と同じ席に着くのは……」
そう言いだしたのは黒髪のアイリ。
「いいのいいの、ここでは私が規律。だから私がいいって言ったらいいんだよ」
「は、はい。では失礼します」
「「失礼します」」
三人が椅子に座るのを確認して話し始める。
「これから第零教育部隊の説明に入るよ。まず、確認だけど第零教育部隊が何をするかは聞いてるかな?」
「とある問題を解決するための実験を行う部隊と聞いています」
「私も同じです」
「あたしも同じです」
「それは軍関係者以外には知られてはいけない事なんだ。だから、この施設では食事から洗濯、掃除全て私たちでしないといけない」
一旦区切って一息つく。
「まぁ、そうはいっても私はそんな危険な実験を行うつもりはないよ。だから君たちはほかの教育部隊の人となんら変わりないよ」
「「「っ!?」」」
私が実験は行わないと言った瞬間、全員が驚いた。
まぁそれも当然かな。
「心配はしなくてもいいよ。第零教育部隊に入れば給料が増えるって話は本当だから」
この三人は皆家が貧乏である。そのため自らが軍に入ることによって入る収入を家に送っている。しかしそれでも兄弟が多かったり、家族の誰かが病気などで大金が必要になる人もいる。
それがこの子達。
そして、そこに第零教育部隊の話がやってくる。
この部隊に移るならば今までよりも給料を増やすと。
「まぁ、実験は行わないけど、訓練は他の教育部隊と同じように……、いやそれ以上に行うよ。わかった?」
「「はいっ!!」」
「……はい!」
「じゃあお互いのことを知るために自己紹介でもしよっか」