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相羽総合サービス業務日誌  作者: 笠平
主任・小野寺正志 篇
5/12

Ⅳ・閑話 小説家になろうぜ

 小野寺は手元の時計を見る。5/2(木) 6:30――

 彼の休日の朝は早い。


 この春新設されたばかりである北陸支社への出張命令。出張というよりは短期出向に近い。「社長命令だ、営業ルート確立するまで帰ってくるな」と上司に叩き出されてから早いもので半月が経っている。

 商人ギルドでの契約を皮切りに、各職人ギルドや大学、王宮付き施設などあの手この手で契約をもぎ取っていった。職人には通販のバイヤーをやっている友人から仕入れたアイデアグッズが、頭を酷使する教授先生には母校の恩師が愛用している健康グッズが、王宮貴族には香り豊かなアロマキャンドルセットなどが特に喜ばれた。


 自前での保守が困難な電化製品などは極力避け、なるべくなら彼らがいつかはたどり着けるだろう範囲での商品供給を行っている。

 最初の商人ギルドだけは例外である、あれはこの国全体へ強いインパクトを残す必要があったからだ。

 自社の強みである小口のシステム開発は既に頭から捨て去った。商社の真似事から入り、ゆくゆくは技術コンサルタントとしての立ち位置を得られれば良いのではないかと考えている。

 倉田も銀貨単位での小口契約ではあるが、先日初めて自分一人の力で初受注を獲得した。飲み込みが早く教えがいもあるし、なにより活用法次第では非常に便利な力もある。セオリーと同時に、能力を併用していく方法も教育に組み込んでいた。

 あと数年もすれば稚拙さも取れ、誰よりも優秀な営業になれるだろう。


 本日はゴールデンウィークの中日。本社の上司からも祝祭日に併せてきちんと休暇を取るよう指示されていたが、様々な顧客対応に追われ本格的な休みは今日からだ。

 先ず宿から北陸支社に向かい、男子寮の洗濯機へと向かう。あれから半月、支社のメンバーとの距離感も縮まり、ある程度生活スペースの備品を使用することには寛大となってくれている。お互いの遠慮も完全に取れ、今では頻繁に利用していた。


 洗濯が終わると、そのまま町内から南門に向けダッシュで往復ランニング。健全な精神は健全な肉体に宿る、小野寺の日課の一つだ。


「おはようございます」

「うっす」

「今日も精が出ますね」

「おうっ、そっちは昨日どーだった?」


 初対面の騒動などお互い無かったかのように門番ジーダと話し込む。

 毎朝顔を合わせているうちに気軽に世間話を交わすようになり、「昨日はどんな旅人がいた」とか「兵舎で流行っているのはこれだ」といった日常話を収集する。かなり際どい話題も中にはあるが、Pマークも個人情報保護法も無い世界である。勿論、悪用する気は小野寺には無いし、信頼しているからこそジーダも詳細に教えてくれるのだろう。

 一通り話を聞き終えると、腰に着けたスポーツポーチからドリンクボトルを取り出し、お礼の賄賂――冷えたスポーツドリンクを振る舞った。

そして一心地着いた後、軽くお礼を告げ、再びランニングをしながら事務所に戻っていった。


「白井さん、シャワー借ります」


 小野寺は到着すると、すぐさま裏手階段から二階に駆け上がる。

 一番手前のドアをノックも無しに開き、もはや自分の部屋のように白井の部屋に飛び込んだ。部屋の奥で一晩中PCゲームに興じている白井の答えも聞かないまま、シャワールームへ上り込む。

 遠慮はもう完全にない。夏場が猛暑になるようであるならば問答無用で泊まりこむつもりでいた。



◇◆◆◆◆◆



「うー、眠い」


 時刻は7:58――

 倉田の休日の朝はいつも変わらず遅い。

 小野寺に何度注意されても、夜遅くまで携帯ゲーム漬けになっている。もし部屋にネット環境があれば毎晩徹夜続きとなり、更に強烈な雷が飛んでいたことだろう。

 宿の水場で顔を洗い、身体を軽く拭いて事務所へ向かう。

 ゴールデンウィークといっても小野寺は毎日忙しく、特にやることの無い倉田は暇を持て余していた。

 いつものように、事務所のデスクに座りスマートフォンを起動する。

 小説投稿サイト『小説家になろうぜ』より、お気に入り作品の更新チェックをするのが毎朝の日課であった。

 この支社内だけはwi-fiが通じていて本当に良かったと心の底から思う。


 倉田の最近のお気に入りは2つある。

 1つめが、やりこんだゲームの世界に入り込んだ主人公の物語、ハーレムものでもあるが、伏線が絶妙に散りばめられ面白い。先月末に発売した書籍版も前以って予約購入済みである……今頃はアパートの郵便受けの中に放置されているはずだ。

 2つめが、何の能力も持たないまま異世界に転生した主人公の物語、死んだら一からやり直してしまうという悲惨さ。主人公のヘタレっぷりに対して、ヒロインである鬼ッ子の健気さが心に響く、悶絶ものだ。

 他にもたくさんあってあげていくとキリがないが、どの主人公も自分のようなギャルゲチックな好感度ゲージが見えるという能力などは誰一人持っていない。

 ……確かにこんな主人公いたってつまんないよなぁ、良くて主人公に周りのコの好感度教えるためだけに存在する親友だよな、それって親友でもなんでもないよな、と一人落ち込む倉田であった。


「お、倉田。おはよーさん」


 そこに二階から風呂上りの風貌で私服の小野寺が下りてきた。


「おはようございます、主任。珍しいですね、私服なんて」

「ああ、今日は久々の完全休日だ」

「なるほど、ここのところ忙しそうでしたからね」

「まぁな。ところでお前は何してんだ? またゲームか?」


 そう言いながら、倉田の携帯を覗き込む小野寺。


「小説……か? 電子書籍ってヤツ?」

「いえ、インターネットにある一般の投稿サイトです」

「なんだ、素人作品か。そんなん読んでも感性磨かれないぞ、ははは」

「…………」

「――ははは、って、おい?」


「……読みもしないでバカにしないでください!」


 小野寺に噛み付く倉田。自身の好きなものをバカにされ頭に血が上っていく。容赦なく喚き散らしながら、「いかにどの作品がどう素晴らしい」であったり、「このキャラクターがこう活きている」であったり、「この展開がこう素晴らしい」など解説交えながらも説教し始める。


 小野寺はその真剣さを仕事にも向けてくれと願いつつも、正座のまま小一時間聞き続ける羽目になった。


「すまん倉田、俺がバカだった。この通りだ、許してくれ!」


 いい加減脚もしびれ、頭を下げ続ける小野寺。


「いえ、いくら主任でも許せません……そうですね、今日中に総合ランキングTOP10を読み切り、自分でも一作品書いて投稿してください」

「……へ?」

「書いた作品がGW中に私の作品より評価が高くなったら許してあげます」


 倉田は凍てついた目付きのまま、小野寺の携帯を取り上げ『小説家になろうぜ』のサイトを立ち上げ手早く登録を済まし、投げつけると同時に去って行った。



◇◆◆◆◆◆



「うーむ、VRMMOって一体なんなんだ……」


 律儀にも一つずつ丁寧に確認していく小野寺。ハーレムやらヒモやら軟弱なヤツらだと内心思いながらも、中学時代にやっていたRPGの記憶と照らし合わせ読み進めていった。

 時には倉田と同様な思考を持つキャラクター達に細かいツッコミをいれながらも、純粋に物語として納得していく。また、中には現状でも使えそうなアイデアがいくつかあり、感心することもしばしばだった。


「それにしても、多かれ少なかれ差はあるが、普通にプロとしてやっていけそうな作品も結構あるもんだな」


 今朝、倉田に軽い気持ちで言った言葉を思い返し、後ろめたくも感じた。

 小野寺は実際にいくつかの作品は書店に書籍として並んでいることをまだ知らないでいた。


 小野寺は事務所でダウンロードしたテキストを、宿に帰ってから無心で読み老けた。全く興味がなかった分野だが、そりなりに面白い。何より部下にあそこまで言われて尻尾を巻くわけにもいかない。いかに面白い文章を書くか、人気作品から傾向を見出そうとしていた。


「うーむ。先ず主人公が若過ぎるのは……一番多い読者層に等身大の親近感を与えるためか。そしてゲームや異世界という、その手のジャンルに通じているものなら入り込みやすいだろう世界観。そしてチートと呼ばれる圧倒的な力やハーレム展開で願望の投影を表現し、爽快感を与える。どれも俺には難しい。何かないのか、何か……俺の経験が通じる何かは……」


 そこでジャンル別、という表記に目が行く。冒険・学園・推理・恋愛――様々な項目の中で自身の体験をそのまま当てはめられるものを探す。


「む……、そうか、これなら……」


 小野寺はそれを見つけるや否や、すぐさま執筆作業に取り掛かった。


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幼馴染から逃げられない  作者:熱血バカ

          次の話 >>

         抵抗する少年


 俺の名前は小野田正成。16歳、この春高校に上がったばかりの一年生だ。

 俺には幼稚園の頃からの腐れ縁とも呼ぶべき幼馴染がいる。

 それが今、俺の斜め前の席で自己紹介をしているコイツ、河合恵美である。


 ハッキリ言って険悪の仲だった。

 俺が何を言っても、「はい」か「分かりました」しか答えない。昔からそうだ。自分の意思が無いのかと思ってた時期もあったが、俺以外のクラスメイトとは普通に話していた。殊更、俺と同じ委員会や部活など距離が近かった女子とは、俺へ当て付けるようにハキハキとした表情で受け答えをしている。俺はバカにされているか嫌われているかどちらかなんだろう。


 更には、彼女と仲良さげに話していた人物からは翌日以降一切相手にされなくなる。

 イジメというヤツだ。無視というのはイジメの中でも最も陰険で卑劣な行為だと思う。俺は負けるものかと生徒会や課外活動に積極的に取り組んでいった。そのお蔭で周囲からの評価はそこそこされ、遂には生徒会長まで務めることが出来た。

 しかし何故か友達だけは全く出来ない。俺へ近づくな、俺を除け者にしろという意思表示がハッキリと伝わってくる。

 そういった数々の重圧に対する忍耐力と我慢強さは、幾度となく続いてきたイジメに対し、決して屈することなく立ち向かってきた強い意志の賜物だろう。


 そして今日、高校の入学式。俺は推薦入試により、家から少し距離が離れた高校へ入学することにしていた。小中学ともに、幼馴染みとその周囲によりイジメを受けてきた俺だが、この新しい環境の中、今度こそ友達をたくさんつくってやる、という意気込みを強く持っていた。――ついさっきまでは。


 校門を抜けたところで肩を後ろからトントンと叩かれた。おかしい、知り合いなどいないはずだ。両親も仕事で来られないと言っていたはずだ。


「マサシゲさん。酷いですよ、家まで迎えに行ったらもう出てるんですから」

「……バカな、なんで?」


 彼女がいた。おかしいだろう? 通学時間を費やしてまで、なんで地元の安い公立ではなく、わざわざ金のかかる私立校に来るんだ。そこまでして俺に苦痛を味あわせたいとでも言うのか。


「河合、お前もこの学校……志望してたんだな?」

「はい」

「長い付き合いだ、俺が今何を考えているか分かるな?」

「はい」

「じゃあ、校内では俺に構うな。三年間、自分の思うまま高校生活を好きなように送れ。彼氏でも作って幸せに過ごせよ」

「分かりました」


 精一杯のイジメに対する牽制。それに対し涼しげな顔で動揺もせず、さも当然という態度である。本当に分かっているのだろうか。


 それ以降は約束通り、校内で彼女から俺に直接干渉する事はなかった。一先ず安心した俺は今度こそ彼女から逃れ友達を作るのだ、と奔走した。

 手始めに、仲間との絆を深めるには先ず団体競技だろうという安易な考えから、恋愛禁止と名高い強豪の運動部に入部届を提出した。しかし、何故か顧問の先生は入部届を一旦は受け取りながらも、渡した用紙と俺の顔を交互にまじまじと見つめ、すぐさま俺に入部届を突き返してきた。


「小野田……だったな。確かにやる気と熱意はかなり感じられる。だが、ウチの部活は恋愛禁止だ。お前を入れると他の部員に示しがつかん。俺が受け持っている他の文化部で良ければ紹介してやろう」

「せ、先生、一体何を……? 自分、彼女なんていませんよ!」

「はぁ? お前だろ、小野田正成って。職員の間で有名だぞ……確か同じクラスの河合恵美と婚約しているんだろ?」

「え? はぁ?」

「いやぁ、入試担当の先生もビックリしていたぞ。一般入試の面接時に『亭主の浮気を阻止することが妻の務めです』と意気込んでいた活発な美少女がいたって。発言自体はアレだったが、試験成績もトップ、素行も問題なく礼儀正しいときてるもんだ。お前との不純な関係がないよう見守っていれば完璧な優等生だとな。いやぁ健気で一途、良い彼女を持って幸せだな、大事にしろよ?」


 一体誰の話をしているんだ。俺の知っている河合はテストの点数も平凡で、俺の前では自分を持ってないようなネクラ、しかもイジメが趣味の陰険女だぞ。……仮に今の話通り入学していたとして、今回の話は俺への個人攻撃としてはスケールが大き過ぎる。中学時代のイジメの比じゃない。入りたい部活にも入れないなんて、俺の高校生活をブチ壊すのが目的か? 陰険どころじゃない、凶悪だ。犯罪レベルの極悪非道っぷりだ。あの女が考えてることが分かるやつは誰でもいい、頼むから俺に教えてくれ。


 ――こうして恐怖と不安入り乱れる俺の高校生活が始まった。俺と幼馴染みの溝は深まっていくばかりだ。だが、俺はあの女がどんな卑怯な手口で俺の邪魔をしてこようと絶対に負けない。



 その時の俺は翌朝のHRで起こる更なる悲劇などまだ知らなかった。


      次の話 >> 目次



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「ふぅ、こんなものか……」


 小野寺は自身の経験で過去に起こった最も強い恐怖体験を書き殴った。この話の大半は実話をもとに作成されている。一通り見直しを済ませた頃には既に陽が昇っていた。


「いかんな……徹夜をしてしまったようだ。軽く走って、事務所で投稿を済ませてから仮眠を取ろう」


 強い眠気や睡眠時間のズレがあったとしても習慣を崩さない強い精神力、その一端は学生時代に培われたものであった。



◆◇◆◆◆◆



 夕刻。支社事務所の入り口を眠そうな目をこすりながら開けた。倉田は先に待っており、小野寺の姿を確認するとにんまりとした笑顔で迎え入れた。


「どうやら書き上げたようですね」

「まぁな、読者層に合わせた学園モノのホラー小説。会心の出来だ」


 自信満々という様子で、携帯に登録してある投稿サイトのマイページを立ち上げる。


「お、何件か感想がついているぞ」

「むむ……昨日今日にしてはリアクションが早いですね。どれどれ」


 倉田は後ろから画面を覗き込んだ。


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『幼馴染から逃げられない』の感想



投稿者: イケノシタ [2013年 05月 3日 (金) 10時 42分] 20歳~29歳 ----


▼一言


カテゴリーが間違ってホラーになっていますよ。恋愛へ変更しましょう。



投稿者: キラキラ [2013年 05月 3日 (金) 11時 28分] 10歳~19歳 ----


▼一言


リア充爆発しろw



投稿者: 院生3年目 [2013年 05月 3日 (金) 14時 07分] ---- ----


▼一言


初めて感想を書き込みます。

いくら何でも主人公の鈍さが狙ったようで気持ち悪いです。

もう少し現実感を考えて話を構成しましょう。

もう少し主人公やヒロインの容姿を具体的にイメージを分かりやすく表現するべき。

それと、長く続くようなら設定と人物紹介も付けてください。



投稿者: りもーと [2013年 05月 3日 (金) 15時 41分] ---- ----


▼一言


何この鈍感主人公w ちょっ、俺と代われww

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 小野寺は愕然とする。

 ――おかしい、これは本当に自分の書いた話の反響なのだろうか。何度も本文と感想欄を行き来するものの理由が全く分からない。

 何度確認してもこのような感想がつく要素は一つもない。どういうことなのかと考えにふけっている所で入口から「宅急便です」と大きな呼び声がした。


「おっと、何か荷物が届いたみたいだな……。どれ、受け取ってくるから、その間にちょっくらお前も見といてくれよ」


 倉田に小説ページを差し出し、入口のドアを開けに行った。


「お~い、嬢ちゃん? 嬢ちゃ――――」


 先ほどの呼び主と思われる運送会社のドライバーが、トラックの扉を開けながら不審な呼びかけを繰り返していた。


「――ちゃん……ぉおっと。これは失礼しました、相羽総合サービスさんですね?」

「はい、そうですが……何かあったんですか?」

「いえ~、それがですね、ちょいと荷台からお品物を運び出していた隙に助手席に乗せていた同行者がいなくなってのに気付いたもんで……ぁあ、どうも、こちらが。はい、ではこちらに受領印をお願いします」


 段ボールを計5箱受け取り、受領印を押す小野寺。


 確かに不可解な話である。

 『運送トラック召喚』も何度か目の当たりし、すっかり慣れてきてはいた。

 これまで業者との会話で把握していたのは、業者がこちらに来ている間、事務所の外は通常の珠洲市上戸町の風景が見えているとの事である。社員・バイト関係せず従業員であるならば問題なく召喚されることは確認が取れていた。

 つまりは荷物や従業員以外は全て召喚対象に含まれないという事だろうか。こればかりは小野寺がいくら考えても答えが見つからない。


「では、確かに確認しました」

「毎度ありがとうございます! またお待ちしています!」


 運転手は愛想よくお礼を言い終えると、すぐさま「嬢ちゃん」と連呼しながらトラックに乗り込んでいく。そのまま窓を大きく開け首を突き出すと、徐行運転しながら光に包まれ消えていった。

 自分自身が直接の原因ではないとはいえ、こちらの理不尽に巻き込んだ事に、申し訳なく感じ心を痛める小野寺。早く見つかると良いな、と心の中で強く願った。



◆◆◇◆◆◆



「……あ、主任。おかえりなさい、何かあったんですか?」

「おう。どうもトラックの運ちゃんが第三者を乗せたままこっちに呼ばれたせいで、トラックに同乗していたコとはぐれてしまったらしい」

「…………え。えぇー?」

「まぁ、済んだ話だ。それよりこの本文と感想の差異についてとっとと説明してくれ」

「……主任、先に伺いますと、この恵美さんという方のモデルとなった方って、ミエコさんとおっしゃるんですか?」

「な、なんで分かる?!」

「……いえ、そ、それは。ところで、研修の時に言っていた『悪質な嫌がらせのせいで大学卒業するまで友達は出来なかった』っていうのはそのモデルの方が原因なんですか?」

「ああ。徹底的に俺を嫌っていたらしかったな。だから俺も必死で反抗したもんだ」


 小野寺は卒業当時、持ち前のバイタリティーと行動力で、海外の大企業にあっさり内定を決めていた。

 業務内容は、一貫した現場研修の後、即責任者として数年間の復興支援という激務。仕事はキツイが日本とは隔離された環境で一から出直すことができる。そして給与も一般新卒の3倍以上。常人ならばともかく、小野寺にとっては絶好の好条件だった。


 しかし、長年の学生生活で培った危機感が警鐘を打ち出していた。


「案の定出発の朝、空港にアイツがいた」

「あれ……? でも主任、この会社に入社したのって卒業後間もなくでしたよね?」

「ああ、そうだ。だが俺はお前と違い新卒ではなく中途採用だ」

「は?」

「俺は、既に向こうで長期契約したアパートに荷物や揃えた生活用具を送り終え、就労ビザも取得していた。だが、ふと不安がよぎり赴任一ヶ月前に内定辞退を申し入れていた」

「つまり……ミエコさんの行動を予測して?」

「まあな、まさしくビンゴだった。そして搭乗口でアイツに手荷物全部預け、『トイレへ行くから先に荷物を積んどいてくれ』と頼んだんだ。どうやったかは知らんが俺の隣の席をしっかりキープしていたアイツは疑うことなく先に行ってくれたよ。その間に着の身着のままで抜け出した」

「……手荷物、全部というと」

「携帯、財布、今まで溜め込んだ預金通帳もすべてだ」

「もしかして主任が今でも個人携帯持ってない理由って……」

「そういうことだな。アイツは俺の想像通り、俺と全く同じ会社の同じ部署、そして俺と同じアパートへ入ることが決まっていたらしい。単身入社することになったアイツは……只でさえ即戦力が不足している現場だ。俺の抜けた穴も塞がなきゃならないだろうし、向こうに隔離されることとなったわけだ」

「……どっちに同情すべきか分かりませんね、もう」

「その後、職も決まらず、金も携帯も家も失った俺は成田から徒歩で旅をすることになった」

「壮絶過ぎます。というと、その時点ではこの会社の存在を知らないどころか、食べる物にも困っていたわけですか」

「ああ、ようやく訪れた自由を満喫していたが、ちょっとばかり辛かったな。そこで伊上さんに出会わなければ野垂れ死んでいたかもしれん」


 笑いごとじゃない状況に平然としながらケラケラ笑う小野寺。


「伊上さん……って、あの伊上本部長? 『悪魔の伊上』ですか?!」

「ああ、国道歩いている最中、偶然出会った伊上さんに拾ってもらった」

「そんな犬や猫みたいに……」

「それからしばらくの間、衣食住全て面倒見てもらいながら、入社までの手引きしてもらい今に至る。……あれから3年、お前という癖はあるが優秀な部下も任された。俺も少しは伊上さんに恩返し出来るほど成長したというわけだな」


 営業本部長 伊上勇、35歳――悪魔のような手腕を以って若年ながらも会社設立時から営業を一手に任されてきた相羽総合サービスの表の顔とも言うべき存在だ。取引先には100手先までも見通す、さながら魔法でも使ったかのような緻密なサービスプランを提示し、反面部下に対しては血も涙もないスパルタで営業部を凍りつかせることで有名である。非情なまでのその手腕はまさしく評判通り「悪魔」そのものだ。


「あの噂の本部長とマンツーマンの生活……。主任のような、呆れるほど熱血バカじゃないとついていけませんよー」

「そうかぁ? スンゲー厳しかったけど、常に的確な指導だったし、今では本当役に立っているぞ。あ、そうだ。なんなら、本社に帰ったらお前も面倒見てもらえるよう口利いてやろうか?」

「……謹んで辞退させて頂きます、絶対やめてください」

「はははは。まぁ、そんなこんなで社会人になってからの俺は、苦労も喜びも仲間とともに分かち合えているわけだ。今頃アイツも向こうの優秀な外人のおっさんと結婚して子供の一人二人こさえて幸せに過ごしているんじゃないか?」

「…………」

「ん、どうした?」

「……いえ、それは絶対ないと断言しておきます」


 倉田は身震いしながら顔面蒼白な顔で立ち上がった。


「……? まぁそれよりさ、さっきの感想の説明……どういうことだって?」


 倉田は一言、


「主任。このホラー小説、まじヤバいです」


 そう言い残し逃げるように去って行った。




------------------------------------------------


投稿者: 小野寺美恵子 [2013年 05月 3日 (金) 16時 33分] 20歳~29歳 女性


▼一言


正志さんですね。

ああ、ようやく連絡が出来ました……貴方の愛妻、美恵子です。


ふふ、二人の高校時代懐かしいですね。

入学式、これまで片思いを続けていた私へ、貴方が言ってくれた、

「私の思いを尊重し、つきあってもいい」との告白。

いつもは照れ屋で人前だと私と距離を取りたがる貴方の精一杯の言葉、嬉しかったです。

大学入学式の焦ったような表情で「早く結婚して子供つくってくれ」と言われた時と同様、大切な思い出です。


さて、近況ですが、

この度、3年間――貴方の分まで責任と義務を果たし終え、日本へ帰って参りました。

本来20年がかりの大掛かりなプロジェクトだったのですが、貴方に恥をかかせぬよう精一杯頑張って開発作業の全行程を完了させてきました。

私の前で、貴方の事を「逃げた軟弱もの」とか抜かす虫けらの様な輩も既におりません。

最終的には本社の役員陣が全員で私を引き留めに緊急来国されましたが、もはやいる意味はないと毅然とした態度で退職届を突き付けました。

また、つい先週にですが、これまで蓄えたプロジェクトの歩合報奨金と退職金を合わせ、

目白の住宅街に念願の二人の愛の巣を購入致しました。

貴方の出勤にも負担がかからない距離ですし、貴方も気に入ってくれると信じております。

そして何よりこれから生まれてくる私たちの子供にとっても良い環境だと思います。


さて、貴方を迎えに行く前に、相羽社長とお会いし、

私も貴方の会社に入社させて貰えるよう丁寧にお願いしましたが熱意が通じず断られてしまいました。

本当にムカつく女です、高飛車で、気に食いません。一万円札みたいな名前の癖に……、

まぁ貴方に手を出さないことは誓約書に書いて血判押して頂きましたので、

これからは専業主婦に従事することに致します。


また、事務所の電話番号は聞き出……教えて頂けませんでしたが、

北陸に新しく出来たと言われる事務所に出張されている事はお聞きできました。


そして本日、一刻も早く会いたかったので、

ここ石川県珠洲市までお迎えに上がりました。

どうかはしたない女だと思われなければ良いのですが。


でも不思議です。

事前に確認していた住所はただの空き地が広がっていました。

ですので、しばらく近所で聞き込みを続けていましたところ、

地元の運送会社の運転手様が親切にも、

「ああそれならこれから配達があるし案内するよ」とトラックに乗せて頂いたのですが、


……現在、何故か助手席に座っていたはずが、道端に立っております。

狐につままれたような気持ちです。


取り敢えず、これから貴方の宿泊先である「はたや旅館」へ向かいます。

一刻も早く会いたいです。

きちんとお食事取っていますか?

変な虫に寄りつかれていませんか?

昔から貴方は無防備なので心配が尽きません。


それでは、間もなくの再会を楽しみにお待ちしていてください。


美恵子

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補足)

昨今話題になっている内定辞退ですが、辞退される際はくれぐれも失礼の無いようにしましょう。

今回の例のような、顔も合わさず手紙だけ送りつける行為は迷惑そのものです。

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