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相羽総合サービス業務日誌  作者: 笠平
主任・小野寺正志 篇
4/12

Ⅲ・ギルド

 アルバディア王国の長きに渡る繁栄の陰に、ユーキエ家と呼ばれる名家の存在があった。貴族階級でいえば侯爵にあたり、世代を超え様々な武勲や成果を挙げている。そのため史実に名を遺した者も枚挙にいとまがない。

 中でも特に、現在のユーキエ家の地位を確固たるものとしたと噂されている人物がいた。


『奉奠する聖女』――噂というのは彼女の存在が史実に一切記録されていないからだ。

彼女は約300年前の魔王が降臨したとされる魔大陸の首都・ドーラで発見された。邪宗派による魔王の贄となった数百人の少女の中での唯一の生き残りとして、祭壇跡制圧の指揮を執っていた当時のユーキエ家当主により保護され養女として迎え入れられた。残虐非道の行いの中で自分だけが生き残った後悔からか、はたまた自身の生まれ持った強大な魔力が魔王誕生のきっかけとなった責任からか、彼女は慎ましくも穏やかな性格でありながら、自己犠牲を自らに科す道を歩む。成人の儀を終えた後、戦場で目の光を失った当主へ自らの両眼を差し出し、盲目のまま人知れず旅に出た。旅の過程で自らの耳を、舌を、困窮しているものへ躊躇いもなく分け与えていき、やがては肉体全てを失い精霊となったとされる。そして最後の目撃例は約15年前、魔王軍の最終侵攻が本格化した際の事だ。戦況を見かねた彼女は再び現世へ降臨し、とある農村の平凡な少年へ自らの力を引き渡したとされる。今現在も民衆の間で語り継がれる終戦をもたらした英雄の物語、そしてその根源たる聖女の伝説。御伽噺とされ信憑性については王室付き識者や大学幹部間でも議論の決着もついていないが、確かに彼女は存在した。


 そう熱弁する一人の男性。現ユーキエ家当主、カロッゾ・ユーキエ。


 相羽総合サービス北陸支社の会議室の一室に、5名の男性が集まっていた。

 東京本社より営業の小野寺と倉田、北陸支社の高井支社長と総務担当の白井、そしてさも当然と言わんばかりにホワイトボードを陣取り、国の歴史と、会社への支援項目について説明し続ける煌びやかな服装のお貴族様。


「いい加減、眠ってもいいっすか?」

「主任、さすがに失礼ですよ。スポンサーみたいな方なんですし、欠伸の出そうな三流小噺だからって聞くふりくらいはしてあげないと」

「異世界とか亜人とかだけで充分腹いっぱいなんだよ。こういうのはお前や白井さんの得意分野だろーに」

「む、聞き捨てならないね、小野寺君。僕は倉田君みたいなヲタクではなく、隠れヲタクなんだよ」

「白井さん、全然隠せてないですから。むしろ私よりディープなのバレバレですから」


 突如現れたこの建造物に対して、ユーキエ家の名のもとに庇護を買って出たカロッゾ。この北陸支社が稼働してから一ヶ月、様々な商業のしがらみ抜きで営業出来ているのは全て彼のおかげとのことである。

 小野寺も初めは礼節をもってきちんと接していた。仕事面でのルール確認の時点では細かな点も真面目にメモを取りながら注意深く話を聞いていた。

 しかし雲行きが怪しくなってきたのは庇護の理由についてのくだりからである。確かにユーキエ家の家紋を見せられ驚愕もした――なにしろ相羽サービスのロゴと寸分違わず同一のものだったからだ。

 だがカロッゾは明確な推察もなしに、あらゆる共通項目や不自然な点に対し「これも聖女様のお導きだ」との一点張りである。話題は異世界の説明から、自らのお家自慢を織り交ぜながら歴史の講釈へと突入していった。こうなっては根っからの体育会系小野寺はお手上げだ。


「ふぁーあ。そもそも、カロッゾさん、なんでそんな偶然なんかでウチに支援決めたんっすか?」

「ホントに欠伸しながらはマズいですって!」


 冷静な倉田でも流石に狼狽える。改めて上司のバカさ加減が身に染みた。


「それはね、祖先より受け継いだ力を持つこの眼だよ」

「眼……っすか?」

「伝承には『聖女は祖先に対し両眼を差し出した』とあるが、それは正確ではない」

「そりゃ伝承っすから、半分以上作り話なんでしょうし」

「いや、そうでは無いよ。論より証拠だ」


 カロッゾはそう言い自らの眼に力を込める。小野寺には能力を通じて、光がカロッゾの両眼に集約されていく様子が見えている。そしてその両眼は幾何学的な紋様を浮かべ真紅に染まっていく。


「聖女が差し出したのは『眼本体』ではない、『異能を伴った視力そのもの』だ」

「まさか、異能っていうと?!」

「そう、キミたち異界の来訪者が個々に持つ不可思議な力と同質。奉奠する聖女はその力を幾つも抱え生まれてきたのだよ」


 小野寺は先刻の白井の説明を思い出す。


――「この世界に来てからね、僕たちは個々に別々の不思議な力があるって気付いたんだ。きちんと一人一つずつね」


――「小野寺君のような『戦うための力』、話を聞く限り倉田君の力は僕に似ているかな、僕のはゲームっぽい言い方をすると『他の生物のステータスを見る力』、そしてウチのメンバーは揃いも揃って『あっちの生活を呼び起こす力』、宅急便とか電話とかね」


――「あーあ、なんで僕の力だけこんなに地味なのかと思ったけど……倉田君見てたら納得しちゃったよ」


 そんな一つだけでも出鱈目な威力を持つ力を一人で複数抱えていた。更にそれを独占せずに惜しげもなく人々に分け与えていった。


「本当だとすると、とんでもないお人よしっすね」

「はは、ウチの家系は皆お人よしで損するタイプだからね。血はつながってなくとも、聖女がそういう考えの持ち主であったことは容易に想像できるよ」

「それで、その眼にはどんな力が?」

「白井君によると『慧眼』と呼ぶらしいね。時間の流れや真理を見通す力だよ。たとえばキミたちの会社の紋様からは聖女の意思がかすかに感じられるし……直近であれば、そう、キミのその脚の怪我……平原の三色の毛並をした野生獣に噛まれたことも……その時のキミの表情も……」

「――待った、分かったからそれ以上見なくていいっす!」


 陰気にほくそ笑むカロッゾ。顔には出さずとも散々な口を叩いていた小野寺に対し少々ご立腹だった模様である。一同はカロッゾを敵に回さぬよう愛想笑顔を浮かべる。

 その場全体を見守っていた高井支社長は落ち着きを取り戻した彼らに対し、今後の方策を伝え本日はお開きとなった。



◇◆◆◆◆◆



「納得がいかん」


 翌朝、起床した小野寺は不機嫌であった。


「分かります、主任」


 倉田も同意する。それというのも宿の質の悪さだ。手配してくれた白井に言わせればこの街でも屈指の名店であると評判の宿らしいが、本来泊まるはずだった『はたや旅館』は、豪華海鮮と温泉がついていた。それが一転、電気も空調もシャワーもない、食事も美味しくないときたら不機嫌にもなる。


「それがヤツらは、能力のおかげで電気ガス水道揃った快適空間。しかも、食材は自由にお取り寄せ可能だぞ?」

「我々、本社社員の来訪用に客間を用意してくれなかったんですかね?」

「いや、本来はあったらしい。原因はカロッゾだ。二階にある唯一の男性用客間をあいつが占拠したんだとさ」

「なるほど、だから昨日もあんな自然に登場出来たんですね」


 北陸支社の駐在社員は4名。内訳は男性3名、女性1名となる。一方、部屋数は、2階男性部屋が4部屋、3階女性部屋が2部屋と倉庫。3階にある倉庫は支社長の承認が無ければ営業時間以外は男子禁制という徹底ぶりだ。客間はある程度大人数に備えて広くしてあるらしいが、スポンサーが相手じゃ相部屋も難しいだろう。


「まぁ、携帯ゲームの充電なんかは白井さんが自室を使ってもいいと許可してくれたのは助かりますが」

「俺にはメリットがまったくない話だな。携帯の充電は普通に事務所使えるし」


 誰の能力かは定かではないが、光熱水費も使用した分、きちんと事務所用と居住用に分けられて請求書が召喚され送られて来るとの事。使うだけあちらから引っ張って、料金は知りませんよ、なんて真似したら確かに窃盗だろう。北陸支社は現在、物理的に捕まえようもないが、罪もない他の事業所所属の社員に迷惑はかけられない。中小企業など世間の風評によって一発で吹き飛ぶことなど理解しているからだ。妙な所まできっちりとした能力の持ち主……恐らく高井支社長なのではないかと予想された。


「さて、今日の予定だが」

「ギルドとの商談ですね」


 倉田はいつになくテンションを上げながら準備を始めた。



◆◇◆◆◆◆



「ギルド、来ましたね。ギルド。主任、ついでに登録していきましょうよ」

「はぁ。何言ってるんだお前?」

「異世界の定番ですよね、ギルド。私の力と主任のバカ力でS級なんてあっという間ですよ」

「んー、よく分からんが、今現在のお前の考えと俺の考えが天と地ほどの開きがあるのは分かった」

「主任……それは――って、またいつもの難癖パターンですか?!」

「難癖ってなぁ。まあ取り敢えずお前が考えているギルドについて言ってみろ」

「ええ。ギルドとは冒険者ギルドのこと。一個人から登録可能で、魔物討伐や商隊護衛、食肉捕獲、薬草採取や建築現場の手伝いから市民の探し物までを一手に引き受ける冒険者達が集う困った時の解決屋集団。達成時に即報酬金が貰え、依頼度の難易度によって賞金額も変化し、それまでの業績に応じてランクの上昇と選べる難易度の選択肢が広がっていく。またギルド拠点には依頼対応以外にも、バーカウンターや魔物の素材買取カウンターなんかが併設してある。こんな所ですかね。異世界には必須なサービスです」

「はぁ~、なんじゃそりゃ一体」


 小野寺は呆れるように大きなため息をもらす。


「お前な、荒唐無稽もいいとこだぞ、それは」

「え?」

「まとめると、登録型の日雇い派遣会社。業務内容は傭兵・SP・猟友会・農林業・建設業・便利屋。直営で飲食店と肉屋雑貨屋まで、って、ウチの会社なんか目じゃないくらい幅広いな。登録スタッフ案内専属の社員以外にも、様々な専門家も常駐する必要ありそうだ。派遣スタッフに頼っている分、顧客管理に品質管理、派遣スタッフのシフト管理などめちゃくちゃ手が掛かるだろう。その上店舗運営ときている、一体何十人体制で事務所回していくつもりなんだか。というか登録派遣業やりたいならもっとサービス絞って特化しろよな!」


 そして小野寺は根本的な欠点を思い浮かべる。もし傭兵やSPやってるようなイカツイ筋肉ダルマ、百戦錬磨の強面にーちゃんが「水道直しに来ました」と言っても警察呼ばれるのが関の山だろう。家に上がらせてすらもらえまい。餅は餅屋に任せるのが一番だ。


「いや、それは異世界補正ですよ。夢です、ロマンです」

「そんな補正、正体不明の能力や、言語が共通しているとかだけで充分だ」

「だったら、主任はどんな風に思ってたんですか」

「ああ、それはだな。ギルド……商業資本の商人達や産業資本の各種職人達が集う組合だろう。徒弟制度も健在だろうし、いわゆる『親方』と呼ばれる自営業社長の集合体だ。見知らぬ一個人が突然入っていって登録しますなんて言ったら白い目で見られるはずだ」

「え、ええ?」

「カロッゾやゲインから聞いた話をまとめると、ちょっと前までは中世ヨーロッパみたいに、商人ギルドの市政参加権占有なんかもあったらしい。しかし戦時中から終戦前後にかけて変革が続き、市場は拡大して自由競争も認可されつつあるようだな――俺たちの会社が、ユーキエ家の庇護があるとはいえ認められたのもその証拠だしな。案外、相羽総合サービスがこの世界初の株式会社として、向こうの東インド会社みたいに将来教科書に載るのかもしれないぜ」

「…………てたんですね」

「ん?」

「知ってたんですね。はは、変だと思ったんですよ。おバカな主任がこんな真っ当なこと言ってくるなんて。なんだ、今回はただのカンニングじゃないですか」

「……倉田、段々と俺に対する扱いが悪くなっていくのは気のせいか?」


 小野寺はまだ月も変わらぬうちから五月病になりかけている新入社員をそっとフォローする。


「なぁ、倉田。そんなに魔物退治とか秘境探検がやりたいんだったら、今度休みの時に付き合うから機嫌直せよ」

「そもそも魔物なんているか分かんないですし」

「いるいる、いるって。野生猫もいるし、亜人も、魔王なんてのも存在したくらいだ。化け物なんてごろごろいるに決まっているさ……多分」

「素材とか剥ぎ取って集めても、売れないでしょうし」

「売れる、売れるって。肉はキビシイかもしれないが、牙や爪なんて絶対需要あるって。土産物の定番だろ!」

「……むー。約束ですよ?」


 なんだかんだ落ち着いてても、倉田はまだ遊びたい盛りの学生気分が抜け切れていない。小野寺は上司として、そして同じ境遇に身を置く仲間として休日のストレス発散くらいいくらでも付き合う気構えでいた。昨晩みたいにうまく扱えない携帯ゲーム機を差し出され、対戦でボロクソにされるのは勘弁して欲しい。めちゃくちゃ悔しいのだ。



◆◆◇◆◆◆



 商人ギルド長は当初、やってきた2人を見下していた。

最近出来たばかりのユーキエ家公認で商いを行っている噂の組織。異国で成功を収め、我が国へと支部が進出してきたとのことだが、『ニホン』と呼ばれるその異国の名称も聞いたことがなかった。恐らくは他の大陸、バダンドかクロスティアの奥地にでもある小さな自治州なのだろう。

 ひと月ほど前、カロッゾに連れられてその組織の代表者が挨拶にやって来てもいたが、その時はどんな商売を行っているのかすら大して気にもかけなかった。

 しかし、再びギルドへ商談要請があったのが昨日――現在ギルド内では、その組織に関する奇妙な噂が飛び交っている。独特な建物の外観や意匠がとてもこの世の物とは思えないやら、召喚術を用い仕入れを行っているやら、夜間に漏れ出す光が照明具ではなく魔術だの、ユーキエ家に伝わる奉奠レベルの幼稚染みた御伽噺だ。くだらないトリックを用いた怪しげな雑技団程度の認識でいた。


 ギルド長はやってきた見慣れぬ衣服を身にまとう二人の若者を見る。挨拶よりも先に『メイシコウカン』という小さくも厚みのある紙を渡された、エインテンス王国などでは不在票変わりに名前入りのカードを置いていく習慣があると聞く、これも名前を売る手法の一つなのだろう。手渡される時、独特の仕種の中に気品ある丁寧さと、一朝一夕では表現できないような誠意が感じられた。そして名乗りを上げ一礼するやいなや、流れるように同様の挨拶を幹部全員に続けていく。


 異国の儀式に圧倒されながらも商談部屋へと案内する。

 2人は着席するよりも前にそれぞれ、1人が光沢ある箱を取り出し、もう1人が上質な紙束を惜しげもなく幹部全員へ配っていく。

 ――『メイシコウカン』『カイシャアンナイ』『テイアンショ』

 どれも熟練の職人でも再現不可能なほど精巧な文字が記載されていた。

 その中でも『カイシャアンナイ』という紙束――本になるのだろうか、は別格だった。各頁に彩られた絵は投影装置よりも色鮮やかで実物と遜色ない。技術レベルが根本から違い過ぎる。


 本当に異国の小さな自治州なのか、ギルド長は先ほどまでと打って変わって真剣な目つきで商談へと臨む。



「我々は2003年――10年前に東京都豊島区に設立した会社で、資本金は1億2千万円――800万金貨ほどとなり、代表相羽により――」

「ま、待った。金貨800万枚……だと? それに資本金とはなんのことだ?」


 小野寺は資本金――運営基盤としての出資者からの提供額、また会社法規定の計算による現実の財産とは非連動した資産について噛み砕いて説明していった。そして株式についても同様に求められ回答する。


「なるほど、金を貸すのではなく、その組織の利益によっての還元を受けられる権利……そして経営について参画する権利か。面白い、ただ金を貸して取り立てるよりも……すまん、話が脱線したな。続けてくれ」

「はい、それではお手元の提案書をお開き下さい」


 商談が開始してからもギルド長の驚きは止まらない。

 小野寺の商談スタイル――営業力は根本から感心させられた。

 ギルド規定の営業手順では商談時の交渉は『価格ありき』、品質と相場のバランスが全てだった。地域を取り決め、先に主導権を勝ち取り、最大の売り上げを確保していく。その為、相手の情に訴えかけるやり口、相手の言葉尻を取り上げていく口先の手法についてのマニュアルも作りこんである。

 だが小野寺は違った。


 先ず、最初のページにはギルドの現状がまとめられていた。構成業種・エリア・人員配置・そして現状の競争に押され始めている弱点までも明確に。そして時代経過によって崩れていく組織の未来像までもが記載されてある。事前調査への注力と、分析力や見識の広さが伺える。

 弱みに付け込む気なのかと警戒もしたが、次のページをめくると更に目を見開いた。一つ一つの課題点に対して、自己努力の範囲で解決できる方法が数案記載されている。どの方法も幹部会議で数カ月悩み抜いたとしても出せるかどうか分からない会心のアイデアだ。ただの物売りの域を遥かに超越している。

 例えばこれから拡大していくのはどういった市場で、どんな年齢層でどんな人種でどのくらい懐に余裕があるのか。今まで漠然としか見えていなかったものが、ハッキリと見えてくる。

 この資料を見るだけで確信できる。戦火で疲弊したオーディ国は貧困しているが富裕層の溜めこんでいる資産によって国外取引が活性化していくだろう。エインテンスなどは国策により大型工場を設置し、残された労働層の取り込みを画策していくはずだ。これまでのような場当たりを続けていればギルド組織の崩壊も目に見えている。そして――


「一番目を引くアイデアが、我がアルバディアの強みである造船技術を商品としてではなく、エーム大陸以外へ向けての商船団として使っていく、か」

「はい。特需による軍船価値もいずれは赤字でしょう。やりようはあります」

「そのためには……これまでよりも迅速かつ強固なギルド員の結束力と、他に先んじ攻勢を仕掛ける為に暗号開発なども必要になるということだな。うーむ、現場指揮に関しては一日の長があるが、他はどうしたものか……」


 悩みに対してどうすればいい、と示すのは二流の営業。

 本当に出来る営業とは道筋を示唆するだけだ。顧客自らの口から悩みを溢させる、そうすることによって顧客の中にある漠然とした問題点が自身の思考によって明確化させられる。

 解決策は他者から言葉で伝えられても本当の意味では心に届かない。最終的な営業の仕事とは口先だけの説得ではない、顧客が抱える課題が明確になるまで共に悩み考える。そして、その行く先を照らし出す光明を差し出せる『先見の明』こそが最も必要とされる。

 小野寺は入社してから主任昇進に至るまでずっと、営業畑の中で厳しくそう叩き込まれていた。


 ギルド長の「どうしたものか」という言葉を待っていた、と言わんばかりに合図を送り、素早く商品サンプルを倉田から提出させる。


「これは?」


 小野寺が提案するのは、型落ちのタブレット端末。OSは既製品の流用だが、アプリは自社システム部による特注品だ。価格も端末が5,000円、太陽電池が2,000円……銀貨2枚ほどで済む。


「どの組織よりも早い情報共有、完璧な防諜。それがこちらです」

「この小さな板が……?」

「この中には、ギルド運営に必要と思われる、スケジュール共有機能、電卓機能、販売・在庫管理機能、文書作成機能、そして暗号化ツールなどが埋め込まれています」


 使用方法を一つずつ示していく。どの機能をとっても革新的だ、行動予定の足並みを正確に揃えたり、手元の操作だけで計算ミスがない演算機能、どれか一つだけでも充分な価値がある。しかし最初は嬉々としていたギルドの面々の顔が曇っていく。便利だ、便利すぎる……是が非でも欲しい。だがこれは相当に高価なのではないかと不安に陥っていった。


「確かに便利だな。使い方さえ慣れれば欠点などないだろう」

「――いえ」


 小野寺は冷静に、噛み締めるように反論する。全部が出来る出来ると大見得を切ってはこの後の信頼に続くわけがない。これも新人の頃から叩き込まれたことだ。


「確かに便利ですが、注意点がいくつかあります。この機器の動力源は永続的ではありません。現状は太陽光を利用していますが、天気の悪い日などは弊社にお越し頂きエネルギーを供給して頂く以外方法はありません」

「そんなのこの利便性を前にしたら大した手間じゃないだろう」

「もう一つ。情報の共有面ですが、連動範囲が狭いことです。せいぜいこの部屋ほどの距離で共有ボタンを押さなければなりません。遠距離の場合は、ここに差し込んである小さなカード、このカードを一枚ずつ回収して最新の情報を書き込む手間が発生します」


 そう。データ共有が課題なのだ。広大なこの世界において致命的な弱点だ。基地局が蔓延しているわけでもないし、先ほどの電気の問題同様、規模が巨大すぎて宅急便で送ってもらうことも不可能である。


「これら全てを解決するには莫大な費用がかかります。それこそ国家予算規模やエーム六ヵ国連合の商人ギルド全体が意思統一をして初めて可能になる規模のものが」


 そんな将来像が具体性を持つ未来には、今の小野寺の提案なぞリアルタイムな通信網の前に霞んで見えるだろう。



「分かった、心して置く」

「ありがとうございます。それでは更なる用法マニュアルと想定スケジュールを次週までに作成し持参します。見積もりはその後ということで」


「――それには及ばん」


「え?」


 ここに来て商談失敗か、と、ギルド長の顔をそっと伺う小野寺。


「そうではない。我々は商人だ、そんなに時間をかけるものでもないだろう。取り急ぎ導入に取り掛かってくれ。その機材……50台ほど。そうだな、1つ金貨3万枚として150万枚でどうにかしてくれないか」

「150万枚……」


 日本円にして2千万円以上。小野寺の本気の営業スタイルを初めて目の当たりにした倉田の顔が緊張で震えている。研修での練習などは児戯に等しい緊迫感がヒシヒシと伝わってくる。


「そうですね、充分です」

「そうか、では頼んだぞ」

「いえ、それだけではなく……」

「なんじゃ、やはり金額が足りんか?」

「全ギルド員、それと事務職員分の端末。それにディーゼル発電機とUPS、ギルド長専用PCもお付けいたしましょう。さっきの問題の半分が解決できます」


 まさか想定していた年間予算の大半を提示してくるとは思わなかった。大国の商人ギルドを率いてきた男だけあって、思い切りが良い。

 常に適正価格であれ。これも教えの一つだ。

 小野寺はその場で見積もりと契約書を作成し、高井支社長から社判を押して貰うよう指示して倉田を走らせた。


 倉田は生まれて初めて見た大口契約の瞬間にテンションを上げながら、通りを駆け抜ける。社会人として一営業マンとして、改めて心強い上司に尊敬の念を募らせる。ただの熱血バカではない、いかなる時も必要な情報を収集し、それを活用していく機転の速さ。そこにはゲームや漫画だけでは感じ取れない遣り甲斐が確かにあった。



 時代が変わったなと、小野寺を見返すギルド長。この男がもう20年早くここを訪れてくれていたら、職人共に反旗を翻されることなく繁栄を築けていたのかもしれない。そしてゆくゆくはこの国、いや大陸全体の商人のトップとして君臨していたのかもしれない。新しい時代が到来する予感に嬉しさが募るのと同時に、寂しさも覚えていた。



◆◆◆◇◆◆



「そういえば主任の能力ってこの世界じゃ全く役に立っていないんじゃないかな」


 営業マンに戦闘力いらないな、と走りながらも今更な事を思う倉田がいた。


補足)

日本円換算2,000万円ですと安い一戸建てくらいの感覚ですが、あくまでレートの話で、実は物価の価値観が大きく違います。

日本人感覚でも新卒である倉田が恐れおののくレベルの普通の大型受注ですが、

現地の方にとっては国を挙げての超大型プロジェクトに匹敵といった感じですね。それを即決した商人ギルド長は傑物です。

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