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相羽総合サービス業務日誌  作者: 笠平
主任・小野寺正志 篇
3/12

Ⅱ・中世ヨーロッパ

 城塞都市・アルバディア王国――800年以上続く伝統を持つ大国である。聡慧なる王家として名高く、今から約10年前に対魔王戦略として近隣諸国との間にエーム六ヵ国条約を提唱し、連合結成を先導した立役者として市民から称賛されている。また建国時に制定された王国法は平和と平等、そして競争の自由を保障し、貴族-平民間・各ギルド間・各宗派間の格差によって生じていたあらゆる暴力的紛争を収拾させ、各国の法の規範とされている。


 しかし、そんな歴史など今の小野寺、倉田の両名にはまったく関係ない話であった。


「ほら、いいからさっさと入国票だしなよ」


 金も、ギルドカードも、荷台も持たずにサラリーマ……? とか名乗る怪しい商人二人組。南大門の門番ジーダは困惑していた。

 商人の服装は平原を歩くのには不向きな恰好だ。しかし意匠は地味だが高質なものであると分かるため、貴族や大商人の従者である可能性も捨てられない。


「主任……本当に本当ですか? さっきからあの人困惑の表示出していますよ」

「良いも悪いも信じるしかあるまい」

「いや、こういう時、普通はギルドカード見せるとか、途中で助けた馬車の商人に口利きして貰うとか、 転生先の死んだ親の遺言状使うとか、そんなんでしょう?」

「そんなカードは持ってないし、平原では猫の餓えしか救ってないし、俺の親は死んでも遺言どころか借金しか残さないだろうな」

「だからって……」


 小野寺はそのまま胸ポケットから一枚のカードを取り、門番へ無言で差し出した。


「なんだー、ギルドカードか……やっぱり持ってん……………ぇ……」


 愕然としている門番に、小野寺は眉をひそめ、倉田はほら見ろと言わんばかりの仕種で額に手を当てている。


「主任……もうおとなしく観念しましょう、主任が暴れると大量虐殺になっちゃいますからね」

「ああ、そうだ――」

「し、失礼しました!」

「「へ?」」

「まさかユーキエ家直属の従者の方々とは知らず、不遜な態度をとってしまい申し訳ございませんでした!」


 態度が豹変し、震える手で小野寺に慎重にカードを返却すると同時に地に頭を着ける勢いで土下座する門番。


「しゅ、主任……」

「わけがわからん……」


 小野寺は手元のカードを見る。

 《株式会社相羽総合サービス/東京本社/営業本部 第一営業部/社員№S00024/小野寺正志――社員証》


 銀の羽をモチーフにした社章が夕日の光に反射し、朱く輝いていた。



◇◆◆◆◆◆



 ――遡ること3時間前。

 バノン村のゲインと今晩の酒盛りの計画について話し合っている中で、倉田より携帯電話を調べるよう促された小野寺は、そこで初めて着信履歴の表示に気付いた。


「北陸支社……からだな」

「時間を見ても、やはりさっきかかってきたものと判断できますね」

「さっき俺たちが調べた時には、受信も発信もできなかったはずだよな?」

「ええ、それは間違いありません」


 早速折り返すも、やはり不通。つながる様子は一向にない。


「故障だろうか、機械音痴の俺には分からん」

 倉田も首を横に振りながら、自分にも分らないと説明を放棄する。

 先ずは宴会だ、とゲインとの会話に戻ろうとするが、そこで再び携帯電話が震えだした。マナーモード状態での着信である。


「発信元は、と、やはり北陸支社か……」

「主任、出てみてください」


 小野寺の指は倉田に促されるより早く通話ボタンを押していた。


「はい、小野寺です」

『おー、ようやくつながったか』


 少し間延びするのが特徴的な、聞き覚えがある渋めの壮年男性の声がした。


『聞こえているかー? 私だ、高井だよ』


 ――高井。間違いない、と確信する小野寺。

 前総務部長・高井浩一郎。前回の組織改編の際、前人事部長の長峰さんと管理本部長の座を争い負けた男。現北陸支社長、その人である。そういや長峰さん、管理本部長に就任してから髪が増えた気がするな。


『そう、その長峰のハゲに無残にも負けた男、高井だよー』

「はっ?! す、すいません。口に出ていましたか?」

『うん、思いっきりね。ひどいねー、駆け出しの頃、経理に回る前の領収書の件で何回助けたか忘れちゃったのかなー』

「そんな昔の話持ち出さないでくださいよ!」

『はは、私にとっては昨日の事のようなんだけどねー』


 雑談モードになっている小野寺に対し、倉田は冷たい目をしながらジェスチャーで自身の携帯電話を指さす。小野寺は軽く頷くと話題を切り替える。


「そうだ、高井さん。大変なんですよ!」

『うんうん。分かっているよ、小野寺』

「いや、そうじゃなくて、ちょっと言っても信じてもらえそうもないですが、というか話が矛盾しますが、実は携帯の電波が届かないエリアに――」

『だから、分かっていると言っているだろうー。異世界遭難なんて大変だねー』

「いや、だから信じ……え、高井さん……なんで?」

『だって、我々も来ちゃったんだよ。支社の事務所ごと』

「……事務所ごと?」


 携帯不通の事や、ここが異世界であることも知っていた。高井支社長は通話可能だったことや、呼び出す理由についての説明は後でするからと言い残し、二人に対して指定エリアに来るよう伝え、電話を切った。


倉田は一通り説明を受けると、高井支社長の能力は電話をかけられるものなのではないかとも推測した。しかし、それだけでは異世界にいても何の役にも立たない。そんな状況下で小野寺から聞いたように落ち着いていられるものなのかと不思議に思う。


 その指定場所というが二人のいるバノン村から北東に5キロほどの位置にあるアルバディア王国首都内。門番には社員証をみせれば良い、と伝えていたのも高井支社長だった。



◆◇◆◆◆◆



「にしても、ゲインには悪いことしたな」

「ええ、泣きながら『今度は一緒に飲もうな!』ですか。主任と若干キャラが被ってまよすね」

「バカな?! 俺はあんなに土方っぽくも、老けてもないって!」

「……いや、暑苦しいところが」


 二人は土下座する門番については極力見なかったこととするべく、市街地に進んでいく。ここ数年の小野寺の社会人生活においても大きく致命的なミスは多々あった。しかしあそこまで切迫した態度で土下座するような事態は記憶にない。つい最近まで学生であった倉田も同様である。どんな勘違いをしてのことかは不明だが、記憶から抹消して上げた方があの門番の為になるだろうと判断した。


「しかしまぁ、メールまでもとは」


 二人は携帯電話に送られた添付画像付きメールを見返す。


<From:hokuriku@aiba-ss.co.jp>

<To:ma-onodera@aiba-ss.co.jp ; si-kurata@aiba-ss. co.jp >

<cc:ko-takai@aiba-ss. co.jp >

<Sub:集合場所について>

『東京本社 第一営業部三課

 主任 小野寺様

 倉田様


 お疲れ様です。

 北陸支社 総務担当の白井です。

 先ほど支社長から説明を受けているはずですので、

 現地までの簡単な地図をお送りします。

 確認お願い致します。


   添付:map0413.jpg



 北陸/白井

 ■■■■■■■■■

 ㈱相羽総合サービス 北陸支社

 総務担当 白井隆

 mailto:ta-shirai@aiba-ss. co.jp

 address:アルバディア王国商業特区西通り33-1号 相羽北陸ビル1F 』


「いや、なんというか」

「馴染んでますね。特に住所とか」


 白井は本社にいた頃から社内でも変わり者として有名だったが、仕事に対しては真面目であると評価されていた。そんな白井が社内メールに妄想やイタズラを仕込むとは小野寺には思えなかった。何より、何度試しても使えなかったメールや電話が彼らには使用できている。


「行って確かめるしかないな」


 地図を表示させる。即席で作ったとは思えない詳細な表示に舌を巻きつつ、二人は目印となる建造物を経由し、目的地へと向かっていく。


「うーーん……」

「どうした?」


 倉田が町並みを見渡しながら感嘆の声を上げる。古城を中心に大学、聖堂など高い建物が周囲を囲み、その周りを美しい町並みが覆っている。広場には美しい時計塔、そして鋭い眼光とほっそりとした顔つきの真新しい英雄像。柔らかな眼差しと美しいラインを見せる古びた聖女像。さながらファンタジー世界そのものだった。


「赤い屋根に白い壁。防壁に囲まれた美しい町並み、高くそびえる大時計、そして優雅であり剛健でもある歴史を感じさせる王城」

「うむ」

「ほんと、この世界は中世ヨーロッパですね」


 倉田は当たり前のように、この美しい町並みを絶賛する言葉を連ねる。


「ちょっと待て」

「え、はい?」


 つい先刻感じたデジャヴにも思えるプレッシャーが倉田にのしかかる。


「お前、今なんて言った?」

「中世ヨーロッパですね、と」

「この世界は、とも言っていたな」

「はぁ」

「お前、さっきの平原とこの都市だけで世界を判断するつもりか……バカモノが!」


 熱血漢の割に、意外と細かい主任に対し、またかと思う倉田。


「更にだ、お前、中世ヨーロッパの歴史何年続いているか知ってるか?」

「4世紀末から15世紀半ば……およそ10世紀ほどですよね」

「ああ、ざっと千年だ。その千年の中のほんの一端をこの町に感じるのもわかる。だがな! 文化も建築様式も様変わりしていった歴史を安直な言葉で一括りにするとは何事だ!」

「えっ、えっ」

「たとえばな、あの教会っぽい建物だ。尖ったアーチが目立つが、恐らく中世のゴシック様式に近いだろう。だがな、その様式が普及する前には、もっと緩やかなアーチが主流のロマネスクと呼ばれる建築様式が存在していた」

「はぁ」

「また、街に並ぶ統一感ある民家も、石造や煉瓦が普及する前は木造が一般的だったのが中世ヨーロッパだ」

「さっきの集落も木造でしたしね」

「お前は、その何百年の移り変わりを考慮せず、たった一言で片付けるつもりか?」

「……う」

「観光気分で『まるで中世ヨーロッパだー』とはしゃぐのはまぁいい。日光江戸村に行って、『うわー、江戸時代にいるみたいだね』とはしゃいでいる友人に対して『いや、時代劇にいるみたいの間違いだろ』と返すのはKYもいいところだしな。だがな、ここは現実だ。文化や歴史も大して知らないこの世界、この国で、一部を見て全部知ったつもりになるのはやめろ。遭難に近い現状でそんなに浮かれていたらいざという時対処しきれん」


 倉田の思考は異世界小説やゲームがベースとなっていた。狭い日本よりも広大な各国が一言「中世ヨーロッパ」で表現される作品も多い。特に剣と魔法の世界との親和性が高く、そうした世界観で生み出されたヒット作も数えきれないくらい存在する。その一方ヨーロッパといえば学生時代に訪れたイタリアのイメージしか記憶にない。豊かな自然と、綺麗で神秘的な街並みは二次元の世界でしか回っていない。清潔なイメージは作り物の話であるとも認識している。


「そうですね。安直すぎました、ちょっとゲームとか作り物の世界観に縛られ過ぎていました」

「だろうな」

「一言で表現しなおすとすれば、『中世ヨーロッパ”風”異世界』っていう所でしょうか?」

「それでも甘いな」

「というと?」

「お前の幻想は全部作り物から来ている。そして一言でここを表すにしても、実際に近い地域や年代など分からん。言うなれば……」

「言うなれば……?」

「『中世ヨーロッパの世界観をモチーフとした創作物風の異世界、ただしベースが特定箇所なのかイイとこ取りなのかアレンジ配分比率がどのくらいかは一切わからない、年代地域生活様式その他諸々もこれから確かめるからしばし待て、それで構わなければ中世ヨーロッパ』だ」

「…………長くないですか、一言?」



◆◆◇◆◆◆



 とりとめない話をしながら目的地へと向かっていく。先ほどまでの閑静な街並みを抜けるとそこは騒然とした声が飛び交う賑やかなエリアであった。地図表記上では商業特区――先ほどと比較し大き目で煉瓦作りの建物が軒を連ねていた。

 各建物には特徴的なデザインの看板が掛けられており、一目で何を取り扱っている業者であるかが分かるようになっている。また、文字についても小野寺たちの認識できるもので表記されており、倉田の解説によると言語については何らかの通訳機能が働いているのではないかとの事だ。

 通りを進むと、その町並みの中で異質な空気を漂わせる三階建ての建物。日本人にとっては馴染みの深いRC構造のビルが見える。


 相羽北陸ビル――今年初めに竣工した物件で、先月発足した北陸支社の面々が移ってくる直前に引き渡されたばかりである。


「初めて見るが、意外と普通だな」

「そうですね。本社は勿論比較にできませんが、写真で見た東北や関西の支社と比べて綺麗な作りです」

「ああ、東北なんて今にも崩れそうなオンボロだしな。外壁はヒビだらけだし、内装は所々黄ばんでいるし最悪だったよ」


 小野寺は去年出張で行ったばかりの東北支社についてそう酷評した。

 昼は宿に荷物を預けて早々に出発したので、支社への挨拶もまだ済ませておらず、これが二人にとって初めてみる社屋だった。


「確か一階が事務所で、二階が男性、三階が女性居住区兼倉庫なんですよね」

「まったく至れり尽くせりだな。まぁ、事務所に住み込みなんて新聞配達の営業所のイメージがするが……」

「私からすれば特務支援を引き受ける警察の出張所という感じですが……」


 倉田の意見にはまったく同意できない。ゲームか漫画の話だろうか、苛酷な環境の警察官もいたものだと小野寺は思う。


「それにしても着替えやお土産、宿に置きっぱなしだったんだよな。しまったな」

「取りに戻れるものなら戻りたいですね」


 二人が社屋の前で憂鬱にたたずんでいると、向かいの建物から黒い毛並のほっそりとした人影が飛び出し、振り向きざまに声を張り上げていた。


「毎度ありがとうございますー。また荷物配達の要請がありましたら即参ります」

「いつもありがとな!おかげで納期に間に合ったぜ。黒豹配送商会様様だよー」


「こちらにも運送屋さんはあるんですね、主任」

「…………」

「主任?」


 小野寺は目の前を駆け抜け爆走していく人影を見て、唖然と固まっていた。今は石像のようにピクリとも動けないでいる。


「……着ぐるみ、じゃないよな?」

「間違いなく生物でしょう。獣人というヤツですね」


 やはりか、と想像通りのリアクションに倉田は呆れた表情を隠さない。

 

 この程度の非常識に振り回される情けない上司を後目に、改めて目の前の建物に顔を向けはじめる。

 不意に襲いかかる違和感を感じ、瞬間的に支社屋の面している通りに目を向けた。

 その瞬間、不可思議な光源と暴風が倉田に降り注ぐ。そして現れる異形の物体。


「こんちわー、灰猫山戸特急便ですー!」


 何の変哲もない運送用トラックがどこからともなく現れた。トラックから若い男性が勢いよく飛び出してくると、そのまま支社の入り口に走りこみながら、ハッキリとした口調で声を上げる。


「こちら、相羽サービス北陸支社様でよろしいでしょうかー?」

「はいはい、そうですよ」

「東京本社様からお荷物3つお届け、それとご依頼の『はたや旅館様』から小野寺様と倉田様の荷物をお預かりして参りました!」

「ありがと、じゃ、こっちに運んでもらえるかな」


「…………」


 オフィスではありふれた良く見られる一幕だ。角刈りの爽やかな青年が荷物を運び、事務所から現れた小太りの青年が誘導している。


「…………」


 信じられないものを見て呆然としたままの小野寺。トラックには気付いていない


「…………」


 あり得ないものを見て愕然とする倉田。そりゃ反則だろうとひとり呟く。


「はい、それでは受領印を、あ、どーもありがとうございます」

「気を付けてねー」

「ありがとうございました、またのご利用お待ちしています!」


 そして何事もなかったように、現れた時と同様の暴風をまき散らし光の中に消えていくトラック。


「おー、小野寺君じゃないか。来た来たっ、ようこそ我が北陸支社へ。とするとこっちの若いのが倉田君か、いいねいいね、噂通りの面構えだ」


 先ほど荷物を受け取っていた小太りの男性が二人に気付き近づいてきた。


「なんだなんだ、遠慮せずに早く中に入ってくればいいのに」


 その声に倉田は気付くと、すぐさま呆然と固まっていた小野寺をせっつき、動揺したままの表情で慌てて一礼する両名。


「し、白井さん、お久しぶりです」

「遠路はるばるご苦労さん」


 小野寺は動悸が収まらず震えながらも小声で、メールを送ってくれた白井さんだ、と説明。無表情で首を縦に幾度となく振り続ける倉田。白井も二人の表情から、大体の事情を察し軽く微笑んだ。その後に続く言葉に二人は更に驚愕する。


「ふーむ、小野寺君は『気功』……やっぱり見たまんま格闘系だな。倉田君の『天啓』ってのは良く分からんな……よーし、中でお茶飲みながら話を聞かせてもらおうじゃないか」


補足)

設定として、この世界では大きく分けて4つの大陸が存在します。

詳細は省きますが、ここでは小野寺の予想通り、

この大陸のみが中世のヨーロッパをモデルとした歴史を辿り、

各大陸・民族ごとに様々な歴史や文化を形成しています。

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