陽炎 二十四
食堂にヤマの姿はなかった。里村を探しに行ったのだ。
同室のアカネからヤマへと連絡があり、里村と携帯が繋がらないとのことだった。
ヤマは部屋を飛び出して行った。俺も後を追おうとしたがシゲキのそれを止められていた。シゲキは静かに首を振った。「ヤマに任せよう」と。
食事中、監督に訊かれた。
「山城はどうしたんだ」
そりゃそうだ、いつも食事の号令をかけているヤマに変わってカネさんがしたのだから。
「なんか、腹の具合が悪いみたいで・・・部屋で横になっています」
「そうか、珍しいな。山城でもそんなことあるんだな」
なんとか監督はかわせた。しかし、それは何も解決したことにはなっていない。部屋に戻ってもヤマの姿はなかった。
俺はすかさず携帯を握った。4回、5回。ヤマを呼ぶ音につられ俺は歯を食いしばっていた。すると、
「もしもし・・・」
ヤマの声が聞こえた。
「お、おい。大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
「そ、そうか、それは良かった」
「もうすぐ戻る。里村も一緒だ」
俺は胸を撫で下ろしていた。ヤマの声を聞けてホッとし、里村もいると聞いて安心した。でもそれも束の間、部屋に戻ってきたヤマの顔を見て俺は愕然としてしまった。ヤマの顔は傷だらけだったからだ。
「ど、どうしたんだ・・・その顔」
「ん?・・・なんでもないよ」
「なんでもないじゃないだろ、その傷は」
「大したことじゃないんだから、騒ぐなよ」
「誰にやられたんだよ・・・それ一人じゃないだろ」
「いいってもう、忘れろ。忘れてくれっ」
いかにもヤマは何かを隠していた。俺とも目を合わせようとさえしなかったからだ。きっと人に言えないことがあったに違いない。
その晩、俺はまったく寝付けなかった。
里村のインタビューのことも然り、傷だらけのヤマのことも然りだ。俺の瞼の裏にはそんな二人の顔が焼きついたように映っている。そんなんじゃ寝れるはずがない。俺はこっそりと布団から這い出て、縁側の籐細工の椅子に腰を降ろした。今晩も月が煌々と俺を照らしていた。
(大丈夫かな・・・里村)
ヤマが戻ってきてから、里村の姿はまだ見ていなかったから。
(まさか、里村の顔にも傷が・・・)
そんな想像していると俺の目の奥が燃えるように熱くなった。
「寝れないのか」
ヤマだった。
「寝れるはずないか」
もうひとつの椅子に座ってきた。
「お陰さまでな」
「悪かったな、ホントに」
「ああ、まったくだぜ」
俺はもう一度月を見上げた。月の廻りに浮かぶ黒い雲がやたらと早く流れているように見えた。
「で、どうしたんだよ・・・その傷」
ヤマはまだ口を開こうとはしない。やはり何かを躊躇っているようだった。
「何で隠すんだよ。俺とお前の仲だろ」
「・・・ごめん」
「お前たち二人だけのことなら、俺は関知するつもりはない。でもその傷は・・・」
「ただごとじゃない・・・ってか」
「ああ、そうだ」
「やっぱ、マキにはかなわないな」
「だろ、だから白状しろよ」
ヤマも黄色い月を見上げた。
「誰にも言うなよ」
月の光でヤマの瞳が涙で歪んでいるのがわかった。ヤマの告白はこうだった。
「里村はホテルの裏の公園にいたんだ。でも一人じゃなかった。数人の男たちに取り囲まれていたんだ」
それを聞いた俺の肌は総毛立った。
「心配するな。ただ言い寄られていただけだ。里村は無傷だ」
俺は一瞬だけホッとしていたが、ヤマの傷を見ていたらまた胸の辺りが熱くなってきたのだった。
「俺は里村を救出しようと輪の中に飛び込んでいった。多勢に無勢ってホントだな。ぼっこぼこにされたよ。でもな、これだけは自慢できるんだぜ。俺は右腕を庇いながらも、ちゃんと里村を守ったんだからな」
誇らしげな表情だった。男爵イモみたいな顔のヤマが格好良く見えて仕方がなかった。
「ああ、本当にお前は・・・偉いよ」
心の底からでた言葉だった。尊敬というか、心服というか、感謝にも似た感情も覚えていた。
「で、お前は・・・殴ったのか」
ヤマは大きく首を左右に振って答えた。
「まさか」
「そうか、そいつは本当に頑張ったな。よく堪えたな」
「うん。みんなに迷惑は掛けられないからな」
この事件はこれで一件落着・・・かと思われた。が、再び事は起こってしまう。
それは俺たちが次の2回戦で勝利した日の夜のことだった。




