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陽炎 二十

 向けられた銀色のマイク。

 ざわつくインタビュールームで記者たちに取り囲まれている俺。

「槇原くん、今の心境は?」

 汗ばんだ記者が目玉に力を込めて言ったが、俺はそれに答えることができなかった。

「あの1球は、どういう想いで・・・」

 あの1球も、この1球も俺にはない。どの1球も俺の1球に変わりはないのだ。

「チームメイトは何と?」

 喧嘩を売っているのか。一見、平和的な表情をしている汗ばんだ記者だが、その口から飛び出した言葉は非常に残酷なものだった。

「あのワイルドピッチのことは何と?」

 そう・・・ワイルドピッチだった。最後は俺で負けてしまった。0対0で迎えた9回表。俺はいつものようにここをピシャリと押さえ、その裏の攻撃に移ることしか考えていなかった。8回裏の攻撃を終え、グローブを手に取った俺は颯爽とベンチを出ようとした、その時だった。

「槇原くん・・・」

 いつになく上ずった声で監督が俺を呼んだ。

「負けるなよ・・・です」

 その声はしっかりとしたものだった。マウンドに登る最中も、投球練習をしている時も、俺の頭の中では監督の言葉が反芻されていた。

(負けるなよ)

 その言葉の意味。

 その言葉の真意。

 昨夜俺が思ったことがその真意なら、俺はやらなければならない。例え悪評を貼られたとしても俺は・・・演じなければならないのだ。仲間の為に、そして未来の為に。

「槇原くん、答えてくださいよ」

 容赦のないマイクのプレッシャー。羞恥することのない記者の眼差し。俺はそれらから逃げることなく、こう答えた。

「正直初めてでした・・・あんなプレッシャーは」

 初めて表現した弱み。生身の人間としての証。いつもは悟られることのないように胸を張ってきた俺が初めて晒した本音。

「ほお~、槇原くんでもそんな事があるんですね」

 心底感心したような表情の記者は顎を摩りながら、うんうん、と首を縦に振った。

「そりゃそうですよ・・・僕だって人間なんですから」

 この発言は少なくともチームメイトには動揺を与えた。いつもマウンド上で気丈な振舞いをしている俺からは、いつも自信過剰なまでの言葉を吐き棄ててきた俺からは、とても想像がつかないものだったからであろう。

 いつもは明るいウッチーでさえも、変に気を遣うようになっていた。

(こんなんで本当に良かったのか)

 監督の言葉を俺は変に理解してしまったのではないか。監督の真意はもっと別の所にあったのではないか。

 それからしばらく人を遠ざけるようになってしまった俺。女房役のヤマでさえ、もう1週間も言葉を交わしていない日々が続いた。

(立ち直れるのか、こんなんで)

 演じようとしていた俺が、逆に嵌ってしまったようだった。

 部屋のカーテンを開けた。これも1週間ぶりのことだった。外はもう夕方だ。夕暮れの空を橙色の雲がひとつゆっくりと流れていた。こんなにたっぷりと時間を感じたのは、いつぶりだろうか。

 コチン。

 そんな時だった。窓ガラスに何かが当った。

 コチン。

 まただ。俺は変なイタズラだと思い、窓ガラスを全開した。するとそこには手を繋いだヤマと里村が立っていた。

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