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陽炎 十二

『隣のコンビニにいるよん』 

 隣りのコンビニといっても、少し離れたひと角曲がった所にある。俺はそこに素直に向かうことができなかった。自然と体が拒んでいるのか、何かが俺に教えているのか。ホテルを出て右に曲がるルートを俺は逆方向に歩いていた。

 ホテルを周るように歩けば結局は目的地のコンビニには辿りつく。はっきり言って無駄な時間稼ぎをしていた俺。歩く速度を上げ俺はロードワークへと切り替えた。

 心が落ち着いていく。すうーっと。

 こうしている時が一番、自分らしいと思える瞬間だった。朝の夢見が例え最悪でも、一旦マウンドに上がればそれらはすべて無になる。このロードワークもそうだった。走っている最中は余計な事は忘れられる。だから度々俺はこうして走っていた。思えば、悩み事や考え事があると常々走っていたような気がする。最近は走る機会がめっきり増えているように思えた。

 そんなに大きくないホテルなので、俺はさらに遠回りしていた。走るとすぐに着いてしまうから。

 札幌の街の中。ビルとビルの間に公園があった。寂しげに外灯がぽつりと立っている公園だった。俺は公園の前で速度を緩め、大きく息を吸いながら中へと歩いていった。

 中に入ってすぐ、携帯がまた震えた。里村からだと思っていた。俺は焦る素振りをしないようにポケットから取りだし、覗くように画面を見た。思った通りだった。内容も想像できた。どうせ『まだ来ないのか』というような怒りマークの付いた文面に違いない。俺はそれを頭に浮かべながら指を滑らせていた。

『まだ?』

 案の定、予想通りのメールだった。俺は少しだけニヤついていた。

 俺は『もう着く』とだけ素早く打ち、また走り出したのだった。

 3分も走れば着いてしまう距離だ。角を曲がるとコンビニの明かりが見えた。俺は思わず生唾を飲んでいた。

 暗闇に煌々と浮かび上がるコンビニの照明。前面が一面ガラスなので全開に中の様子が見えている。ガラス越しにある本棚。俺はそこに人影を確認した。

(あれか)

 里村が本を手にしていた。まだ俺の存在に気付いてはいない。俺は道路を横断しようと左右を確認した。その時だった。俺が左側を確認しようと首を90度回すと、遠くホテルの方から歩いてくる数人のグループを見つけた。

(・・・ヤマだ)

 5、6人の先頭を悠然と歩くヤマの姿を確認した。俺は見つからないように電柱に半身になって立っていた。

 ヤマはコンビニに入ると、本コーナーにいた里村を見つけてびっくりした表情を見せていた。里村はそれとは正反対に驚いた表情は一切見せずに、常に落ち着いた様子でヤマと話をし、何度か首を横に振っていた。

 俺は来た道を戻っていた。来る時よりも速いスピードで。薄暗い公園の前まで戻った時、ポケットの中の携帯がまたしつこく震えた。

『どこにいるのよ』と血管マークが付いていた。

『公園。ロードワーク中』

『私も行く』

『来なくていい。ヤマと一緒だろ』俺は携帯を右手に持ち替えた。

『いたの?近くに』

『行ったけど、戻った』

『公園ってどこ?』

『来なくていいって。俺もホテルに戻るから』

『もう出たよコンビニ』

『場所わかんないだろ』

『迷っちゃうかも』俺は、チっと唇を噛んでいた。

『ホテルに戻れよ』

『公園さがす』俺はすでに公園を後にしていた。

『コンビニの反対側だ』

 返信は途絶えていた。俺は嫌な予感を打ち消すように走りだした。

 赤信号。

 二つ目の交差点で止まった。走った距離以上に息が乱れていた。

「おーい」交差点の向こう側。暗闇から声が聞こえた。「東吾くーん」と。俺は目を凝らし、里村が手を振っているのを確認した。

 薄暗い公園に戻っていた。今度はひとりじゃなかった。風に揺すられる木々が少し不気味だった。

「こういうの、よくないと思うんだよな」

 俺が沈黙を破った。里村は俯いたままだ。

「ヤマたちはどうした」

 里村は俺の方に顔を向けた。ぽつんとある外灯だけではその表情まではわからなかった。

「先に帰ったよ。私まだ雑誌読みたいからって言ったの」

 俺は首を2度縦に振った。

「ごめんね」さっきとは違い、声のトーンが落ちていた。「大切な時期なのにね」

 返す言葉が見つからなかった。

「ヤマちゃんはいい人だよ」と体ごとこっちに向けた。「でも・・・」里村は口を噤んでしまった。

「それ以上は言うなよ」

 里村はそれを聞き、夜空を見上げた。

「今だけは、そのままでいてくれ・・・」

 そう言って、俺も夜空を見上げた。満天の星空が拡がっていた。

「・・・せめて、この夏が終わるまでは」

 目頭が熱くなってきた。星空が歪んだ。ゆっくりと歪んでぼやけていった。

「先、帰るね」里村は駆けだしていた。「なんか寒くなってきたし」振り返って彼女は走って行った。

 こういう時はよく流れ星が見えるものだ、ともう一度夜空を見上げた。しかし、夜空は知らぬ間に黒い雲に覆われていたのだった。

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