第拾伍幕:ビールと盗聴器とモテ具合
葛西組の事務所では犀、謙太郎、そして脩平がだらりとしていた。
「謙太郎! すまんがビール!」
「……犀の兄貴、緊張感ないのにも程があるッスよ」
「瀧田! オレにも」
「……オレもいつかこうなるのかな」
謙太郎はガクッとして、大人しく冷蔵庫へ向かった。ビールを二本取って、ソファーへ向かう。
「さぁて、キョウちゃんシンちゃんは無事かな〜?」
ニヤリとしながら、犀はカタカタとキーボードを打つ。これからの時代はヤクザもパソコンが必要だと言って、勝手に買って来たパソコンだ。しかし今ではただのお飾りになってしまっている。
「おっ! 二人バラバラに行動してるぜ」
「それって、ヤバくないッスか?」
「あんだけデカい口叩けんだ。大丈夫じゃない?」
脩平はケラケラと言った。謙太郎はそれを困った顔で見た。犀は相変わらずキーボードを打っている。細かい作業は余り得意ではない。発信機を付けられたことが奇跡なのである。
「オレ、見に行って来ます!」
「いーって。お前が行くとややこしくなんだろ」
「でも」
「瀧田ァ、オレだって危険なことは何度もしてるんだぜ。見極めくらい出来る。本当にヤバくなったら助けにだって行くさ」
脩平はビールの缶を開けながらそう言った。一口飲んだ後の満足そうな顔は、謙太郎を更に心配にさせた。
「梗哉の方は……お、クラブじゃねぇか。悪いねェ」
犀はニヤニヤしながら言った。脩平も興味をもったようで、身を乗り出した。
「春日部はブルー・コアにいるな」
“ブルー・コア”という単語にピクリと謙太郎が反応した。それに気付いた犀は苦笑する。脩平は犀を軽く押し退けて、パソコンの前に座った。
「犀さん、せっかくの盗聴機なんだぜ。聞いてみよう」
手際良く作業する脩平を恨めしそうに見ながら、犀はビールを飲んだ。そして脩平はよし、と言った後、マウスをクリックした。
『ねぇ、お酒飲まないのぉ?』
『好きじゃないんだ』
「ぼっちゃんの声だ!」
ばか正直に反応する謙太郎を犀と脩平はギロリと睨んだ。すんません、と謙太郎は頭を掻く。
『真面目ねぇ。アンディゴの人間にしては珍しいよ?』
『それよりもここ、どこなんだ』
『クラブよ。アンディゴの第二の溜まり場。楽しい奴らばっかりよぉ。キョウヤもすぐに気に入るわ』
『……』
「うーん、あのガキ、早速女をたらしこんだか」
犀が苦々しく言った。脩平もけっと悪態をつく。謙太郎は大人気ない兄貴分に溜め息をついた。
「ぼっちゃん、カッコいいッスもん。組長向きだし。モテるに決まってるじゃないッスか」
「謙太郎、お前それ、オレらはモテないって言いたいのか?」
「犀さん、オレまで仲間に入れないでよ。オレだってそこそこモテるんだからさ」
「とにかく! 信弥のも聞いてみましょう」
はいはい、と嫌そうに言いながら、脩平はパソコンを動かした。
『もう一人の方は目付きが悪いだけで役に立ちそうにねェ。だからお前に頼むんだぜ』
『ああ、それでオレは何をすればいいんだ?』
「うわっ! 春日部が標準語喋ってるッ!」
「犀の兄貴、うるさいッスよ。かなり大切なトコなんだから」
「はいはい」
『この写真の女を懲らしめてやって欲しい。お前なら出来るだろ?』
『……名前は?』
『山河友海だ』
「!?」
『この女、何したんだよ』
『そこまでは言えねぇな。まだ完璧に信用してる訳じゃないからな』
『分かった。オレは与えられた仕事をしよう』
それはどこでも同じこと。