第玖幕:回顧
良くして貰った先輩が独立したいと言った時は、正直馬鹿だと思った。そんな甘い世界じゃねぇ事は既に知っていたし、上手く行くはずない。しかしそいつはやる、と言った。オレは特にやりたいことも無く、毎日暇していたから、何となくその話に乗った。それで命を落しても構わないと思うほど、何もかもどうでも良かったのだ。まさか、本当にやっちまうとは思わなかったが。
梗哉と信弥の潜入は明日ということになった。そこで打ち合わせが行われた。
「じゃあ、二人は兄貴分弟分ってことでな」
「はい、湍水さん!」
犀が大好きな信弥はいちいち犀の言葉に相槌を打つ。しかも大声で。
「で、明花ちゃんがいるかどうかをまず探れ」
犀が明花の写真を二人に見せた。まだ黒髪の時だ。
「今は茶髪らしい」
「はい、湍水さん!」
梗哉は無言だった。謙太郎も余り口をきかなかった。
「次はあれだ、刺された女との関係だ」
「はい、湍水さん!」
部屋の中は犀と信弥の二人の声しかしない。
「なぁ、ケン」
急に梗哉が口を開いた。謙太郎は梗哉の方を見た。
「何でここまでするんだ?仮にもヤクザなんだろ?」
うつ向きながら話す梗哉に謙太郎は優しく微笑んだ。
「ウチはいわゆる人情派ってやつッスからね。殺しなんて、絶対しません」
少し考えてから再び梗哉が口を開いた。
「納得いかないな、オレは」
「ぼっちゃん。オレ達は穏便に事を運べるように、手伝うだけッスよ」
謙太郎は困ったように笑った。すると信弥が口を挟んで来た。
「梗哉君、よぉ聞きぃ。ウチはちょいとそこらの組とは違うねん。住民に優しい組やねん」
「春日部、そんな地球に優しいみたいな言い方はないだろ」
そう言いながらも、犀は肩を震わせていた。信弥は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ま、そういうこった。頭は争い事が嫌いでねぇ、滅多にケンカなんてしやしねぇ。若い者にはストレスだけどな」
「いや、皆、お頭の考えを尊重してますよ!」
謙太郎が必死に弁解した。
「サツの代わりにオレ達が体張るって訳や!」
ヘヘッ、と信弥は鼻をすする。梗哉は三人が組について話すのを聞き、少し息を吐き、気持ちの整理をしようとした。
「とにかく、肝心なのは明日からだ!今日はゆっくり寝な!」
犀はバッと梗哉の背中を叩き、部屋に戻るように促した。謙太郎や信弥も帰って言った。
その夜、犀は康晴と二人で酒を飲んでいた。犀はいきなりフッと笑った。すると康晴は不思議そうな顔をして、犀に尋ねた。
「どうした?」
「いいや、昔を思い出してよ」
「昔? いつ頃だ?」
「そうだな、丁度この組が出来た頃だ」
ほぉ、と康晴は声を出し、ニヤニヤとした。それに気付いた犀は康晴を睨んだ。
「……何か文句あんのか? コラ」
「ないさ。珍しいと思っただけだよ」
「最近そればっかだ。そんなに変かねぇ」
ふー、と溜め息をついた。酒を注ぎながら、康晴は楽しそうにしている。
「梗哉のお陰……か?」
「親バカが。梗哉のせいだよ」
犀は悪態をついた。しかし康晴は笑っている。
「お頭、アンタ、ホントによくやったよな。庶民派ヤクザを作るなんてよ」
「庶民派って何だよ」
ははは、と康晴が笑う。
「いや、オレぁ、改めて驚いてんのさ」
「……多くの犠牲も払ったがな」
康晴の声が急に低く、小さくなった。犀の表情も一瞬固くなる。
「仕方ねぇよ。何かを手に入れる為には犠牲はつきものだ。手にした物に価値がありゃ、それで十分じゃねぇか」
「……そうかな? オレは最近、自信がなくって来てな」
「アイツにもその内分かるさ」
そうして夜は静かに更けて行った。
アンタは
アンタだけは
後悔しちゃならねェんだ