必殺技
以前書いた改造人間2号の派生版みたいな話です。
「ふははははははー!」
白い花びらを模した仮面を被った人型の異形――自称『ジャスミン仮面』の哄笑が岩場に響く。何度となく正義と悪が雌雄を決してきた採石場、そこにまた戦いの一ページが記されようとしている。
「現れたな、トイレ仮面」
「トイレ仮面言うなー」
「いやだって、日本中の芳香剤をトイレの匂いに変えるのがお前の能力だろ?」
「トイレの匂いじゃねーよっ。ジャスミンだよっ。そういう不当な決め付けからジャスミンを開放しようと立ち上がった勇気の人なんだよ!」
「でも仕方ないじゃん。一般人の十人に九人までは絶対トイレの匂いだって言うぜ?」
西洋風甲冑を模したデザインの装甲服を身に纏った男、通称『ビッグドンキー』が、いつもながらの無遠慮な雰囲気で真実を突く。油断などこの場には存在し得ない。二人の戦いはすでに始まっているのだ。
ちなみに彼の名前だが、かの有名なイカレ――ではなく豪傑のドン・キホーテに感銘を受けた組織の最高責任者による命名なのだが、某ハンバーグレストランを髣髴とさせる話題は組織内ではタブーとされている。
「そんなことないよっ。十人居たら三人くらいはジャスミンだって言ってくれるよっ」
弱気な反論である。
「そもそもっ、正義の使者がそんな、人の名前で揚げ足とっていいのかっ。イジメ、カッコワルイ!」
「はいはい、悪かったよ」
涙声になってきたので、ドンキーは渋々折れることにする。実のところ名前という意味ではドンキーも相当なのだが、ジャスミン仮面がそのあたりに突っ込みを入れたことはない。
空気の読める良いヤツである。
「で、今日はどうしたんだよ。わざわざこんな場所に呼び出して」
「そうっ、そうだよ。名前なんてどうでも良いんだ。今日こそ、僕らの長かった戦いに雌雄を決する日になるだろう」
気を取り直し、ト――ジャスミン仮面は胸を張る。
「十五戦全敗のお前が雌雄とか抜かすことに違和感はあるが、とりあえずいつもの決闘がやりたいってことでいいんだろ?」
小指で耳をほじりながら、そんな台詞をのたまうドンキー。
「いつもの決闘? あんな児戯など真の決闘にあらず。それらは全て、これから始まる大決闘の余興に過ぎなかったと思い知ることになるだろう!」
「大きく出たじゃないか、トイレ仮面」
「だからトイレ仮面て言うなよー!」
すでにボロ負け一歩手前である。
「悪い悪い。つい癖でな。えーと……ホントの名前何だっけ?」
「ジャスミン仮面だよっ。まぁいい。こんな問答も今日で最後なるんだ。そう思えば腹も立たない」
「いやさっきまですげー腹立ててたじゃん」
「くくく、中途半端な必殺技しか持たぬ貴様の言葉など、もう我には届かぬよ」
「必殺技って『大風車クラッシュ』のことか?」
その名前はシャレを通り越して皮肉である。
「我はその技を何度となく喰らい、倒れ、苦しめられてきた。しかし、痛みに耐えながら布団の中でのた打ち回っていた時、ふと気付いたのだ」
「すいぶん生々しい告白だな」
「自分が生きていることに」
「なにそれこわい」
自らの意図が正確に通じていないと悟ったのか、ジャスミン仮面はやれやれとばかりに肩を持ち上げて呆れて見せると、仮面越しにでも分かるレベルのウザい顔を作って説明を開始する。
「お前の大風車クラッシュは必殺技だ。必殺技とは読んで字のごとく、必ず殺す技のことを指す。しかし見ろ。我はこうしてピンピンと生きている。お前の必殺技とは、すなわちその程度のレベルでしかないということだ」
「あー……まぁ言いたいことはわかった。ちなみに誤解なきように言っとくと、普通の人間が喰らってたら確実に死んでるからな。お前が特別丈夫だったってだけの話だからな、それ」
「そう、すなわちお前の必殺技は我には通用しないっ」
「いやいやいやっ」
トイレ仮面の暴走は止まらない。
「しかし我の新開発した必殺技は看板に偽りなし。全ての命運を断ち切る無慈悲な刃だ」
「何か自意識過剰な中学生みたいだな、おい」
「あらかじめ教えといてやるぞ、ビッグドンキーよ。この技は真なる必殺技だ。もしこの技を発動してお前が生きていることがあるとするなら……」
「するなら?」
「僕が死ぬっ!」
「お前が死ぬのかよっ!」
「恐ろしい技だろう。さぁ盛大にビビるがいいっ」
そう宣言するトイレ仮面の膝が高速で振動していることは言うまでもない。
「いやまぁ確かに目の前で死なれたら、ちょっと気分悪いけどさぁ」
「くくくっ、もう勝った気でいるのか。奇跡ってのは起きるから奇跡って言うんだぜ」
自分の勝利する確率が低いということは自覚しているようである。
「今日はこれから仲間と焼肉行くってのに、グロ画像見たら食欲なくなるじゃねぇか」
「そんな予定はキャンセルだっ。我など、この戦いが終わったら結婚するつもりなのだ!」
それは死亡フラグである。
「よし、もうやめとけ。その趣味の悪い嫁さん大事にしてやれ」
「やかましいっ。もう遅いっ。この戦いに勝利すれば多額の報酬が貰える約束になっているんだ。結婚資金なんだよ、それがっ!」
「だーかーらー、死んだら元も子もないだろーが」
「死なないもんねー。死ぬのはお前だもんねー」
「あーもうっ!」
「喰らえっ。ジャスミン・ラストキャンドルアタック!」
まさに風前の灯。トイレ仮面の背負っていたバックパックが稼動を始め、轟音を撒き散らしながら熱を帯びていく。何もかもを巻き込んで噛み砕くかのような吸引音を昂ぶらせ、そのオクターブが人間の聞き取れる範囲を超えた瞬間――
静寂が訪れた。
風がささやかな声を残して通り過ぎ、小鳥の囀りが遠くに聞こえ、天を渡る雲の動く音すら聞こえてきそうな、そんな静寂だった。
世界は何処までも平和なのかもしれない、そんな風にすら思える。
「……あれ?」
「おいこら、ひょっとしてこれは不発なのか?」
「いや、えーと、はい」
「そうか、良かったじゃないか。お互い死ななくて。ところで――」
安堵の溜め息を漏らしつつ、未だにワタワタと落ち着きのないトイレ仮面に数歩歩み寄ると、ドンキーは言葉を続けた。
「大体想像はつくが、お前の必殺技とやらはどんな技なんだ?」
「え? こう凄い勢いで噴射して、相手に体当たりして大爆発を起こすという派手な技だと聞いたけど。あ、この装備作ってくれたの博士なんで」
確かにそれは使用者が確実に死ぬ。
「お前さー、それって勝ちがなくね? 良くて引き分けじゃね?」
「……あ」
気付いたらしい。
「ホントに良かったなぁ。失敗してよ」
「ううう、うるさいっ! 今日のところは運が悪かったんで見逃してやる。いいか、こっちが見逃してやるんだからなっ。大事なこと教えてくれてありがとうとか、ちっとも思ってないんだからなっ!」
「酷いツンデレを見た」
「もう帰る! やってらんねーよ、バーカバーカ!」
逃げ出すように(多分)泣きながら走って採石場を後にするトイレ仮面。その様は完全に子供以下である。
とはいえ、こうして世の芳香剤に平和が訪れた。戦えドンキー、みんなの明日を守るために。
「いや、別に芳香剤なんて守らなくてもいいんじゃね?」
ホントにもう、何だコレ……。




