書き換え
柔らかな世界に漂う。
なんで、こんなところにいるんだ?
こんな場所、知らないぞ。
「うーん、それは君のキャパが小さいからでしょ」
何も存在しなかった空間に突如聞こえた意味不明な声。
なんだ、夢か。
「だぁかぁらー君の脳みそがちっさいからだって言ってるだろ」
なにげに失礼な声ではないか、夢の癖に。
「てめっ、僕をお前の様な低能な奴の夢にするな!」
だんだん扱いが酷くなってる。
やだなぁ、こんな夢。自分、いたってノーマルだからさ。
「地味に痛い」
鼻を抓まれる夢なんて余計に嫌だ。
苦しいじゃんか…、苦しい?
「で、どういうことか説明してもらおうか」
…態度の悪いコイツの話を掻い摘むことにする。
その①俺は死んだ
その②本当は死ぬはずじゃなかった
その③殺す人間を間違ったのは…
「お前が悪いんじゃねぇか!?」
目の前に居る自称天使である。
「お前、もういい。天使やめろ。いっそ死神に転生してしまえ」
その④上司に伝える気はなく、俺は冥界への道へ引っ張られているとのこと
上司とは俺達の世界で言う神様らしい。
神様なら何とかしてくれるんじゃないかとの提案だが…
「ヤダ」
即答。かと言ってそのまま死んでたまるかである。
「何とかなるかもしれないんだろ、掛け合えよ、てか、責任とれよ」
「ヤダヤダヤダ!!嫌なもんは嫌だ!」
まるで駄々っ子…神様、再教育をお勧めします、というか天界追放だろ。
「…あのな、「お前は知らないから言えるんだ」
急に静かになったソイツは勝手に語り出す。
天使は人々の救いでなければならない
人間は日々進化し、変わりゆく
故に天使は日々進化し、その変化に遅れることは許されない
「天使に失敗は許されない」
遅れたからと言って追放することは忍びない
その上、現在の人間界の流行りはリサイクルだ
我々天界に属するものもそれにのっとって行動せねばなるまい
「そこから作られた天界の法が『天使リサイクル法』」
「リサイクル…?」
「そうだ。それを僕たち天使が何て呼ぶか分かるか…?」
そんなに長く話したという訳でもないのに天使は酷く年をとったかのように思えた。
「僕たちは…いや、僕はそれを『書き換え』と呼んでいる」
天使は見た目の年齢をとらないらしい。
人間よりはるかに長命であるもののガタは来るのだという。
「僕以外の天使はすでに書き換えが行われている…そして、その法律を覚えていない」
中には暴れ出す者もいたから、そんなことが起こらぬように書き換えて忘れさせたらしい。
皆が怯える姿を見た、連れ去られて、『リサイクル』された仲間は皆同じ笑みを浮かべ、表情を変えることもないとも語った。
「もう、潮時かもなぁ…」
どうやら、バレたらしいと乾いた笑い声を上げる。
俺はと言うと、とても笑える気分じゃなかった。アイツがあんな話するからだ。
「悪かったな、兄ちゃん…お前蘇生して貰えっから安心しろよ」
白くなる景色に霞んでいく天使、必死でその手を取ろうとする俺。
待てよ、待てよ。
そんな話聞いた後で目覚めたら後味悪いじゃねぇか…!
「楽しかったよ…」
掠れていたけど、そう言ったんだと思う。
嫌いじゃなかったぞ、お前のこと。
「お前なぁ…」
「兄ちゃん地味に痛いっ」
俺には年の離れた弟がいる。
大きくなる度に思うのだが、
「お前、本っ当に態度悪いよなぁっ?」
…まるでアイツみたいだ。
ふと思う。
アイツは元気にしているだろうか、と。
やっぱり、書き換えられてしまったのだろうか、俺のことも忘れてしまったのだろうか。
まるで、遠くに居る友人に送るようなセリフに笑ってしまう。
「お前みたいな低能が僕の友人だって…?」
足元から聞こえたその声に時が止まる。
恐る恐る首を下に曲げると。
「…お前、天使か?」
不遜に笑うソイツがいた。
「よろしくな、お兄ちゃん?」
-これから先が思いやられる