冴えない兄と可愛い妹、水着売り場にて
コメディです!
デパートの水着売り場は、夏休みのせいで妙に熱気がこもっていた。色とりどりの水着が並び、試着室のカーテンが開くたびに、誰かの小さな歓声やため息が漏れる。
その中を、場違いなほど静かな兄妹が歩いていた。
「……なあ、やっぱ俺、ここにいる必要ないだろ」
さえない顔の兄がぼそっと言うと、隣の妹は即答する。
「あるよ。荷物持ちとして」
「役割が現実的すぎるんだよ」
「あと保護者」
「……それ親に頼めよ普通」
妹はくすくす笑いながら、売り場の水着を次々と見ていく。その横顔はやけに整っていて、すれ違う客が自然と視線を奪われていた。
ただし、その視線の意味を一番理解していないのは妹で、二番目に理解していないのが兄だった。
「なあ、なんかやけに見られてないか?」
「見られてるね」
「やっぱり俺浮いてるからか」
「違うと思う」
即答。
「じゃあ何だよ」
「お兄ちゃん、鈍いから教えない」
「なんでだよ」
妹は楽しそうに水着を一つ持ち上げる。
「ねえこれどう?」
「だから俺に聞くなって……」
「いいから」
「……シンプルなやつの方がいいんじゃないか」
「へぇ」
妹はにやっと笑った。
「お兄ちゃん、そういうのが好きなんだ」
「違う!!」
即座に否定する声が売り場に響き、周囲の視線が一瞬だけ増える。
「今の誤解生むやつだろ!」
「何が?」
「だから、その……」
「ふーん。必死」
「お前なあ……!」
妹は完全に楽しんでいた。
わざとらしく一歩近づいて、兄の顔を覗き込む。
「じゃあさ、お兄ちゃんが選んで?」
「は?」
「私の水着」
「いやいやいや、責任重すぎるだろそれ」
「逃げるの?」
「逃げるとかじゃなくて常識的に考えてだな」
「私、お兄ちゃんのセンス信じてるけど」
「やめろプレッシャーかけるな」
妹は少しだけ目を細める。
「……ほんとは、ちょっとだけ期待してる」
「何をだよ」
「お兄ちゃんが、ちゃんと私のこと見て選ぶかどうか」
「見てるだろ今も!」
「そういう意味じゃない」
その一言がやけに静かで、兄は一瞬言葉に詰まった。
「……意味わかんねえよ」
「わかんなくていい」
妹はすぐにいつもの調子に戻って、水着を2着並べる。
「で、どっち?」
「えー……」
兄は本気で悩み始める。
「こっちの方が落ち着いてていい気がするけど……いや、でもこっちも……」
「真剣すぎ」
「いや、そりゃ一応な」
「一応じゃなくてちゃんと見て」
「見てるって!」
そのやり取りを、周囲の女性客が「なにあれ兄妹?」みたいな顔で見ている。
ただし兄は気づかない。
妹は気づいていて、さらに楽しんでいる。
「……じゃあ、こっち」
兄が指した瞬間、妹はぱっと笑った。
「決まり」
「え、そんな即決?」
「お兄ちゃんが選んだし」
「いや最終的にはお前の判断だろ」
「でも最初に迷わずそれ見た」
「そこ重要か?」
「重要」
即答。
そして妹はその水着を抱えて、試着室へ向かう。
「待ってて」
「おう」
数分後。
カーテンが開く。
「……どう?」
そこに立っていた妹を見て、兄は一瞬だけ固まった。
さっきまでの「選択肢」じゃなくて、「完成形」がそこにあった。
周囲の空気が少し変わるのがわかる。
(いや、なんか……やたら見られてるなこいつ)
ようやく少しだけ違和感に気づきかける兄。
だが次の瞬間、妹が小さく首を傾げる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「今、変なこと考えたでしょ」
「考えてない!」
「嘘つくの下手」
「下手とか言うな」
妹はふっと笑う。
「で?」
「……似合ってると思う」
「それだけ?」
「それだけって言われてもだな!」
「もっとちゃんと言って」
「ちゃんとって何だよ!」
兄が困っている間、周囲の視線はさらに増えていく。
その理由が妹のせいだと、兄は最後まで気づかない。
「じゃあこれにする」
「早っ」
「お兄ちゃんが選んだから」
「だから責任押し付けるなって」
妹は満足そうに笑うと、当たり前みたいに兄の腕をつかんだ。
「行こ。お兄ちゃん」
「おう」
その瞬間、通りすがりの客の一人が小声で言う。
「……あの兄、絶対気づいてないタイプだ」
別の人が続く。
「妹の方、完全に落としてるのにね」
「え、なにそれラブコメ?」
その中心で、兄だけが普通に歩いていた。
「なあ、なんか今日やたら疲れないか?」
「お兄ちゃんが鈍いからだよ」
「意味わかんねえってそれ」
妹は笑いながら、少しだけ兄の腕に寄りかかる。
「でも、そういうとこがいいんだけど」
「は?」
「なんでもない」
本人たちだけが一番気づかない。




