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冴えない兄と可愛い妹、水着売り場にて

作者: だぶのー
掲載日:2026/07/06

コメディです!

デパートの水着売り場は、夏休みのせいで妙に熱気がこもっていた。色とりどりの水着が並び、試着室のカーテンが開くたびに、誰かの小さな歓声やため息が漏れる。


その中を、場違いなほど静かな兄妹が歩いていた。


「……なあ、やっぱ俺、ここにいる必要ないだろ」


さえない顔の兄がぼそっと言うと、隣の妹は即答する。


「あるよ。荷物持ちとして」


「役割が現実的すぎるんだよ」


「あと保護者」


「……それ親に頼めよ普通」


妹はくすくす笑いながら、売り場の水着を次々と見ていく。その横顔はやけに整っていて、すれ違う客が自然と視線を奪われていた。


ただし、その視線の意味を一番理解していないのは妹で、二番目に理解していないのが兄だった。


「なあ、なんかやけに見られてないか?」


「見られてるね」


「やっぱり俺浮いてるからか」


「違うと思う」


即答。


「じゃあ何だよ」


「お兄ちゃん、鈍いから教えない」


「なんでだよ」


妹は楽しそうに水着を一つ持ち上げる。


「ねえこれどう?」


「だから俺に聞くなって……」


「いいから」


「……シンプルなやつの方がいいんじゃないか」


「へぇ」


妹はにやっと笑った。


「お兄ちゃん、そういうのが好きなんだ」


「違う!!」


即座に否定する声が売り場に響き、周囲の視線が一瞬だけ増える。


「今の誤解生むやつだろ!」


「何が?」


「だから、その……」


「ふーん。必死」


「お前なあ……!」


妹は完全に楽しんでいた。


わざとらしく一歩近づいて、兄の顔を覗き込む。


「じゃあさ、お兄ちゃんが選んで?」


「は?」


「私の水着」


「いやいやいや、責任重すぎるだろそれ」


「逃げるの?」


「逃げるとかじゃなくて常識的に考えてだな」


「私、お兄ちゃんのセンス信じてるけど」


「やめろプレッシャーかけるな」


妹は少しだけ目を細める。


「……ほんとは、ちょっとだけ期待してる」


「何をだよ」


「お兄ちゃんが、ちゃんと私のこと見て選ぶかどうか」


「見てるだろ今も!」


「そういう意味じゃない」


その一言がやけに静かで、兄は一瞬言葉に詰まった。


「……意味わかんねえよ」


「わかんなくていい」


妹はすぐにいつもの調子に戻って、水着を2着並べる。


「で、どっち?」


「えー……」


兄は本気で悩み始める。


「こっちの方が落ち着いてていい気がするけど……いや、でもこっちも……」


「真剣すぎ」


「いや、そりゃ一応な」


「一応じゃなくてちゃんと見て」


「見てるって!」


そのやり取りを、周囲の女性客が「なにあれ兄妹?」みたいな顔で見ている。


ただし兄は気づかない。


妹は気づいていて、さらに楽しんでいる。


「……じゃあ、こっち」


兄が指した瞬間、妹はぱっと笑った。


「決まり」


「え、そんな即決?」


「お兄ちゃんが選んだし」


「いや最終的にはお前の判断だろ」


「でも最初に迷わずそれ見た」


「そこ重要か?」


「重要」


即答。


そして妹はその水着を抱えて、試着室へ向かう。


「待ってて」


「おう」


数分後。


カーテンが開く。


「……どう?」


そこに立っていた妹を見て、兄は一瞬だけ固まった。


さっきまでの「選択肢」じゃなくて、「完成形」がそこにあった。


周囲の空気が少し変わるのがわかる。


(いや、なんか……やたら見られてるなこいつ)


ようやく少しだけ違和感に気づきかける兄。


だが次の瞬間、妹が小さく首を傾げる。


「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「今、変なこと考えたでしょ」


「考えてない!」


「嘘つくの下手」


「下手とか言うな」


妹はふっと笑う。


「で?」


「……似合ってると思う」


「それだけ?」


「それだけって言われてもだな!」


「もっとちゃんと言って」


「ちゃんとって何だよ!」


兄が困っている間、周囲の視線はさらに増えていく。


その理由が妹のせいだと、兄は最後まで気づかない。


「じゃあこれにする」


「早っ」


「お兄ちゃんが選んだから」


「だから責任押し付けるなって」


妹は満足そうに笑うと、当たり前みたいに兄の腕をつかんだ。


「行こ。お兄ちゃん」


「おう」


その瞬間、通りすがりの客の一人が小声で言う。


「……あの兄、絶対気づいてないタイプだ」


別の人が続く。


「妹の方、完全に落としてるのにね」


「え、なにそれラブコメ?」


その中心で、兄だけが普通に歩いていた。


「なあ、なんか今日やたら疲れないか?」


「お兄ちゃんが鈍いからだよ」


「意味わかんねえってそれ」


妹は笑いながら、少しだけ兄の腕に寄りかかる。


「でも、そういうとこがいいんだけど」


「は?」


「なんでもない」


本人たちだけが一番気づかない。

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