侍女の独白~白雪姫の真実:毒リンゴは死の魔法ではない~
かつて、この国はとてもとても栄えた国でございました。
国の所有する炭鉱では、美しい宝石が採掘され、それを他国に売ることで、莫大な富を得ていたのです。
豊かなのは懐ばかりではございませんでした。この国を治める王様も、王妃様も。その娘である白雪姫様も、それはそれは美しい心をもっていました。貧しい者には分け与え、全ての民に優しく接してくれておりました。
しかしその豊かな治世は、長くは続きませんでした。王妃様が亡くなってしまったのです。
王様は幼い白雪姫のためにと、後妻を迎えました。
新しい王妃が来てから、王様はすっかり変わられてしまいました。周辺諸国と戦争をするようになったのです。ほどなくして、王様は戦死されてしまい、国の実権を王妃が握ることになりました。
それからの民の生活は悲惨でございました。戦争国家の悪評から、宝石を買い取ってくれる国もなくなり、国は貧しくなったのです。
それでも王妃は絢爛豪華な贅沢生活をやめることはありませんでした。王妃は戦争の戦利品と民から絞れるだけとった税によってその生活を続けていたのです。
可哀そうな白雪姫様は、この王妃に召使のような扱いを受けていたのです。そうして彼女が十五になったある日のことです。
彼女はその美しさに嫉妬した王妃に毒リンゴで殺されたのです。
なんと恐ろしいことでしょう。王妃は死の魔法を使う魔女であったのです。
しかし、神様は白雪姫様を見捨てはしませんでした。
通りがかりの隣国の王子により、死の魔法は解け、二人は結ばれました。
王子によって、魔女の罪は白日のものとなり、彼女は処刑されました。
その最後は悲惨なものでございました。
王子と白雪姫様の結婚式で、熱い鉄の靴を履かされ、踊らされ続けたのです。その余興を皆、笑顔で見ておりました。魔女が死ぬまでずっと。
白雪姫様は新しい王妃として即位されました。私たちは、この国がまたかつてのような豊かさを取り戻すことを強く確信しておりました。
しかし、そうではなかったのです。
この国は何も変わらなかった。
王となった白雪姫様の伴侶は、まるで彼女の傀儡で、前と変わらず戦争三昧。
税の重さは変わらずに、そればかりか増すばかり。
何も、何一つ変わりはしなかったのです。ただ、王妃の顔が変わっただけ。
以前よりも、さらに美しく。
私は、若いころ。まだこの国がかつて、美しく皆が豊かだった頃に、白雪姫様の侍女をしておりました。だから、彼女ことはよく知っておりました。美しく、誰よりも心優しい娘でございました。
そして今は、白雪姫様の一人娘である。お姫様の乳母をしています。
彼女はかつての白雪姫様に瓜二つ。いえ、髪は黒檀よりも黒く、肌は雪よりも白く、唇は血よりも赤い。白雪姫様よりも、もっと美しい娘でございました。
そんな姫様に、何故か……。白雪姫様は辛くあたるのです。魔女のようなひどい金切り声で実の娘を呼ぶのです。
私はそれがひどく恐ろしかったのです。信じられなかったのです。
だから、姫様の扱いについて、恐れ多くも、彼女に進言しようと。ある夜、彼女の部屋を訪れました。
かつての彼女であれば、私が真摯にお伝えすれば、聞き入れてくれると思いましたから。
白雪姫様の部屋の扉をノックしようとしたとき。中から、何やら声が聞こえてきたのです。
不穏な空気を感じ取った私は、こっそりと扉を開けて中の様子を伺いました。
「鏡よ。鏡。世界で一番美しいのは誰?」
大きな鏡の前で、白雪姫様はそう尋ねていたのです。不思議に思い、私は、よくその鏡を見てみることにしました。
驚きました。
鏡に映っていたのは、白雪姫様ではございませんでした。
鏡に映っていたのは、しわがれた老婆だったのです。その姿には覚えがありました。かつて白雪姫様の結婚式で鉄の靴を履いた魔女。前王妃の真の姿です。
魔女は鏡の中から白雪姫様を指さしました。
「それは、お前の娘だ。お前の娘は、お前よりも美しい」
白雪姫様はそれを聞いて、髪を振り乱し、あたりのものを蹴散らして、獣のような唸り声をあげておりました。
そこに私のよく知っている。かつての優しく、美しい姿はありませんでした。醜い女が一人いたのです。
私は恐ろしさに悲鳴を上げたいのを、口を押えて必死でこらえておりました。
早くこの場から駆けて逃げ出したいのを我慢して、ただ彼女に気が付かれないようにと、にじりにじりと後ろへ下がっていきました。
悠久とも思える長い時間をかけて、廊下の曲がり角までくると、私は踵を返して駆け出しました。あんなに早く走ったことなどございませんでした。涙で前も見えませんでした。もつれる足をただ上げて、一目散に小さな姫様の部屋に向かいました。
ずっと不思議でございました。
なぜ白雪姫様は鉄の靴を履かせるなんて、恐ろしい方法で魔女を処刑したのか。心の美しい彼女が何故、自分の娘を愛さないのか。
そして、どうして、魔女は、毒リンゴなんて使ったのか。
ただ殺すだけなら、魔法よりももっと確実なものがあると思うのです。
なぜ、通りすがりの王子によって解けるような魔法を使ったのでしょうか。
そもそもそれは、本当に死の魔法だったのでしょうか。
魔女はどうして醜い姿で彼女にリンゴを届けたのでしょうか。
白雪姫様は死んでもなお美しかった。だから王子に見初められたのです。
魔女は、彼女が美しいままであることを、許せたのでしょうか。
もしかして毒リンゴの魔法は、魔女が、世界で一番美しくなるための魔法だったのではないでしょうか。
世界で一番美しくなりたいのであれば、その人に成り代わってしまえばいい。それが一番簡単です。
もし毒リンゴの魔法が魂を入れ替えるための魔法であったのなら。
あの鉄の靴を履かされて死んだ彼女こそが……。
こみあげる吐き気を飲み込み、私は姫様の部屋を開けました。粗末なベットで眠る彼女を起こし、トランクに着替えだけを詰めて、眠い目をこすったままの幼い彼女をひっぱって、こっそりと城を脱出しました。
そもそも白雪姫様が、粗末な扱いを受けながら、15歳まで生かされていた理由はなんででしょうか。
気に食わないなら、幼いうちに殺してしまえばいい。その美しさだけが憎いのであれば顔を火や酸で灼いてしまえばいい。
でも、魔女はそれをしなかったのです。
どんなに美しいものでも、いつかは老いる。醜い老婆となり、死んで腐っていく。それは自然の摂理です。
ただ、あの魔女がもし、永遠に世界で一番美しいものであり続けたいと願っているなら、それに成り代わり続けるのが一番手っ取り早いのではないでしょうか。
私は、私の右手の中にある、姫様の手をさらに強く握りしめました。可愛い可愛い、小さな手。
白雪姫はきっと、執拗に追ってくるでしょう。新しい自分の体を手に入れるため。今の老いから逃れるため。
私はただ恐ろしい。
ただ、きっと。美しい小さな姫様だけは、どうにかしてでも逃がしてみせます。
それが、私が白雪姫様に、その前、そのまた前に魔女に殺されたであろう美しい彼女たちのためにできる。贖罪なのですから。
だから、どうか。神よ、
この小さな姫様をお守りください。
fin




