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4話 ~秘密と報酬~

 


「計太、お前の言う通り、彼女が一個人の市民として、自分の住まいを管轄する署の生活安全課へ行くことは可能だ。だがな……現実はそう単純じゃない」


 流星は一度言葉を切ると、窓の外に広がる本駒込の平穏な景色に目を向けました。


「同じ組織の人間が被害を訴えているとなれば、対応する側は極端に萎縮するか、あるいは逆に『警察官のくせに、その程度のことで騒ぐのか』という冷ややかな視線を向ける」


「えぇ…警察ってそんな感じなの?なんか引くわ」


「彼女のような若手のキャリア組は、現場の叩き上げの人間から見れば、エリートとして特別視される対象だ。パトロールを増やせと要求すれば、それが正当な理由であっても『特権を利用して自分だけ守らせようとしている』と、匿名で監察に密告されるリスクが常につきまとう」


 そうなれば、彼女のこれからの輝かしいキャリアには一生消えない『汚点』がつく。警察官が警察に守られるということは、時には自分の首を絞めることにもなりかねないんだ」


 流星の瞳には、組織の論理に縛られる者特有の悲哀が滲んでいました。


「だからこそ、彼女は『被害者』として警察の記録に残るわけにはいかない。事件になる前に、組織の論理とは無関係な第三者が、秘密裏に芽を摘む必要があるんだ。……わかったか、計太。これが、お前にしか頼めない理由だ」


「秘密裏って言えば格好いいけど、ようは警察の協力なしで、ひとりで事件を解決しろって事でしょ?」


「私も出来る範囲で協力はする」


 流星の言葉に、計太は眉を寄せてコーヒーカップをテーブルに戻しました。


「……理屈はわかったけどさ。兄さん、そんなこと言われても僕は呪術師であって探偵じゃないんだよ?」


「頼まれれば、人探しもすると言っていたじゃないか」


「そりゃそうだけど、難しいよ。僕みたいな一般人には聞き込みも出来ないし………これは管轄外だね」


 計太は面倒そうに背もたれに体重を預け、天井を仰ぎました。気乗りのしない態度を隠そうともしない弟に対し、流星は表情を変えず、静かに付け加えました。


「……ただで頼むとは言わない」


「え?」


 計太が顔を上げたのと同時に、流星がテーブルの中央へ、音を立てないようにそっと「それ」を置きました。


「これ……1960年製の初代グランドセイコー!? 国産時計の最高傑作じゃないか。しかも、この保存状態の良さ……。兄さん、これをどこで手に入れたんだよ!」


 計太の食いつきに、流星は事も無げにコーヒーを啜りながら答えた。


「親戚の春彦叔父さんが時計マニアで、珍しいものを集めているんだ。以前は自分のコレクションは誰にも触らせないと息巻いていたらしいんだが、最近病気で入院して考えを変えたらしくてね。自分が死んだ後にコレクションが散逸するのを心配して、何本か譲ってもらったんだ。……まあ、ただの胃潰瘍なんだがな。強気に見えて、案外心配性な性格なんだろう」


「流星の親戚ってことは、僕の親戚でもあるわけでしょ!? それなのになんで僕には直接くれないんだよ。しかも流星、時計になんて興味ないじゃん!」


 計太の切実な訴えに、流星は冷徹な一撃を放つ。


「春彦叔父さんは警察官なんだ。それで、同じ道を歩んでいる私のことを昔から可愛がってくれていてね」


「差別だ! 呪術師差別だ!」


 テーブルを叩いて憤慨する弟を無視し、流星は時計を指先で軽く叩いた。


「上原さんの身の安全を確保し、犯人を特定する。それが完了した時、その時計は正式にお前のものだ。……どうする、計太」


「やるよ」


 それは、隣にいた桜が目を丸くするほどの即答だった。あまりの変わり身の早さに、流星は思わず苦笑いを漏らす。


「管轄外じゃなかったのか?」


「ふん、侮ってもらっちゃ困るね。呪術師は万能なんだよ」


 鼻を鳴らして胸を張る計太に、流星は「分かっているよ。ただの冗談だ」と短く返した。


 計太はパジャマの袖を捲り上げ、隣でまだ呆然としている桜に向き直った。その目は先ほどまでの眠たげなものとは打って変わり、獲物を見つけた職人のように鋭く光っている。


「任せてください。この事件、僕がたちどころに解決してみせましょう」


 パジャマ姿の小さな「呪術師」が放つ奇妙な自信に、桜は毒気を抜かれたように、けれどどこか救われたような表情で小さく頷いた。






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