(初稿版)第二章・第一節:ダンフォードの冒涜
> 白の音だけが、聴こえていた。
吹き荒ぶ南極の風が、あらゆる音を飲み込んでいく。
通信機の雑音すらも凍てつく空気に散り、
ただ自身の呼吸と心拍だけが、内耳に反響していた。
「……目標地点、視界に入ったか?」
マコールの声が、無線越しにかすかに届く。
私は双眼スコープを外し、直接肉眼で雪の地平を見つめた。
それは、“見えてはならぬもの”のように、そこに在った。
地形に不自然な膨らみ。
雪と氷に覆われたその表面は、自然の造形にしてはあまりにも“均質”だった。
風に晒されても、輪郭は崩れない。
角はなく、しかし“直線”を思わせる曲面が連続している。
「……建築物、か?」
誰かがそう呟いたが、それが誰だったのか、私は記憶していない。
いや──あれは、誰の声だったのだろう?
「気温、マイナス52.7。地表放射……異常に高いな。地熱か?」
私は計器を確認しようとして、手袋越しにディスプレイを叩いた。
画面は、ゆっくりとノイズを描いたまま、停止した。
「全機材、反応低下。干渉波の可能性あり」
吹雪の隙間、
私はそれがこちらを“見ている”という感覚に捕らわれた。
それは視覚ではない。音でもない。
記憶のなかに、誰かの気配が侵入してくるような──
> “ようこそ、忘却の淵へ”
女の声だった。
しかし無線には誰の音声も記録されていない。
私の耳ではなく、記憶そのものに声が響いた。
振り返ると、マコールと二人の隊員がいた。
その隣に、もう一人──
フードを被った女の影が立っていた。
濡れていた。
吹雪のなかに、濡れて立っている──それだけで、現実ではないとわかった。
それでも、私は見てしまった。
> “ここはもう、誰のものでもないの。時間すら、帰れない。”
言葉が、私の中の何かを切り離していく。
意識が霧散し、視界が白に包まれるその瞬間──
> 「……あれは……何だ!」
叫んだのは私だったのか、誰かだったのか。
気付くと、“自分が今、何年にいるのか分からなくなっていた”。




