(初稿版)第一章・第二節:自由の守護者アメリカ
アメリカ合衆国は、自由の象徴だった。
少なくとも、世界がそう“信じさせられていた”。
真珠湾を襲撃され、戦争へと突入した彼らは、ヒロシマとナガサキで戦争を終わらせ、ナチスの狂気を裁く国際法廷の主催者となった。
その物語は明快だった。
「自由」と「民主主義」の陣営が、「独裁」と「全体主義」に打ち勝ったのだと。
そして、新たな時代が始まった。
戦争ではなく、冷戦という見えない戦いが。
今度の敵は、かつての味方──ソビエト連邦だった。
東西で分断されたベルリン。
北緯三八度線で凍りついた朝鮮半島。
鉄のカーテン。赤の脅威。スパイ戦。核の抑止。
アメリカは「自由世界」のリーダーとして、あらゆる手段を正当化し始めた。
「共産主義に対抗するため」──この魔法の言葉は、どんな嘘も、どんな戦争も、正義に変えた。
──選挙の不正介入。
──反米政権の転覆。
──傀儡政権の擁立。
──CIAの極秘作戦。
──マスメディアの協力。
それらは決して報道されず、もしも漏れたとしても、それは“陰謀論”として片づけられた。
「自由の敵」に対抗する手段は、しばしば自由を踏みにじっていた。
だが、誰もそれを告発できなかった。なぜなら、それを語ること自体が、「敵の手先」とみなされたからだ。
やがて、“自由の守護者”は世界中に軍事基地を展開し、監視網を張り巡らせた。
日本にも、韓国にも、西ドイツにも、イギリスにも。
表向きは「同盟」だったが、実態は明らかだった。
世界は、アメリカという一つの「神」を中心にした擬似宗教空間と化していった。
この神は、十字架の代わりにミサイルを掲げ、聖典の代わりにテレビを使った。
彼らの教えはこうだった。
> 「我々の自由は、世界の平和のためにある。
我々の覇権は、あなたの安全を保障する。
だから、我々を信じなさい。」
信じなかった国は、燃やされた。
信じた国も、縛られた。
信じるふりをした者たちは、時に買収され、時に消された。
その一方で、人々はテレビに映る“アメリカンドリーム”に憧れ続けた。
ジーンズ、ロック、映画、ハンバーガー。
「自由」という幻想は、カラフルで、甘く、魅惑的だった。
そして誰も気づかなかった。自由とは、檻の中に描かれた夢であることに。




