プロローグ⑧
どうすることもできない巨大な影を感じる。感じたくないのに、感じてしまう。自分たちを非力だと思わせる何かが。
暗闇には幾十の影がある。
子供、そして女。
雑に管理された工場の中で声を上げるものはひとりとしていない。皆、自分の置かれた状況を理解している。だからこそ、抵抗しない。
空虚な工場の中に呻き声が響き、暗闇には、毛髪の無いスキンヘッドの男が横たわっていた。
「勝った……俺はまたお前らより、強いことを証明した」
年若い青年がひとり、凍りついた表情で立っていた。
「俺は強い。だから、お前は負けた」
「ぐ、ぁ……」
横たわる影に、青年は冷たい視線を向ける。
「お前は弱い……この組織に弱い奴はいらない」
「次だ」
「誰でもいい。俺と戦え」
「ま、待ってください。ウルフさん……これ以上やったら、部下の数が……」
辺りには血の匂いが充満している。倒れている部下の数も尋常じゃない。ウルフからは危険な紅い匂いがする。彼にとって、仲間だろうが、敵だろうが、そんなことは関係ない。信じれるのは、自分自身の力だけだ。他には何もいらない。
「お前は俺より強いのか?」
「へ?」
「お前らの飼い主は俺だ。俺は強い奴の言うことしか聞かない。お前……俺と戦え」
「いや……仲間同士で勝負とか意味不明――」
「意味なんて、この社会には必要ない」
「この世界は、強い奴だけが生き残る。ボスは俺に言った……お前は強い……だから、弱い奴から奪え……とな」
「お前はどっちだ……」
◇
◇
◇
薄闇を探るように、工場の中を、一瞥する。人の気配はない……ハズレか。未だに商品がどこに集められているのかわからない。タシギの言っている通りなら、すぐに見つかると思っていたのだが、想像以上にこの廃工場は広大だ。廃工場はとにかく広い。どこに敵がいるのかもわからない。
商品がどんな扱いを受けているかはわからないが、命を取られることはない……と思う。相手がどんな出方をするのかわからないうちは、慎重に動かなければ……。
「どうだ、レックス。商品は見つかったか?」
「いや、まだだ。そっちは?」
「ダメだ。商品どころか、人の気配すら無い」
考えろ……もし、自分がギャングだとして、大事な商品をどこに隠す。大きな場所はダメだ、目立ちすぎる。逆に目立たない場所はすぐに警戒される。もしものことがあったらすぐに逃げれて、大勢の人質を隠せる場所……。
「倉庫……」
「倉庫? 倉庫がどうしたんだ?」
倉庫だ。倉庫なら工場棟より狭いから、監視もしやすい。もしものことがあってもすぐに逃げれるし、なにより人目につきにくい。
「R.E、倉庫を探せ! 商品はきっとそこだ!」
「待てよ。もし、商品が倉庫にあるとしても、そこに敵がいたら危険だ。一旦、合流しよう」
確かにR.Eの言う通りだ。単騎で敵陣に攻めるのは悪手。だが、今はとにかく敵の居場所を確定させておきたい。ここからだと、一番近い倉庫は資材倉庫か……。
窓から中を覗き込む。中には何もない。資材倉庫とはいえ、今はガラクタばかり。見たことのない機械に、錆びついた道具……こんなものどうやって使うんだ。
ふと、目を下におろす。何か踏んだ。銀色に輝く旧硬貨。珍しいものもあるものだな。この街では、旧硬貨を拾った奴は幸運になると言うジンクスがあるが、そんなスピリチュアル的な話には興味がない。運が良かろうが悪かろうが、今のレックスには関係のない話だが……まぁ、運も実力のうちと言うだろう。せっかくだ。たまには運に身を任せてみよう。
胸ポケットに硬貨を滑らせる。さて……今は、とにかくR.Eと合流しなくては。
「R.E、今どこにいる」
R.Eの返事がない。電子的な砂嵐がザザーとだけ鳴る。
「R.E?」
外に出ようとしたその時、その瞬間、耳障りな鋼の撃ち合う音がした。銃声……R.Eのいる方向だ。
まずい……。
嫌な予感がする。レックスの勘はよく当たる。主に悪い方にだが――。
◇
◇
◇
倉庫の奥。たくさんの人影がある。商品に、ギャングたちが十三人ほど。その中央に立つ、一際大きな影。
「お前……強そうだな」
「なんだクソガキ……俺のことを捕まえただけで満足したってか?」
「俺は強い奴が好きだ」
「お前、俺と勝負しろ」
「たぶんお前は、俺の部下たちよりも強い。だから、戦ってみたい」
「人の話はちゃんと聞けよ……母ちゃんに教わらなかったのか」
「母親……母さん……かあさん……かあさんは死んだ。俺が殺した。俺はかあさんよりも強い。それだけだ」
「話の通じねぇガキだな」
「いいぜ。そこまで言うなら、相手してやるよ!」
ナイフを抜いた。掛け声とともに突き刺すと、R.Eの腕は飛び、ウルフが避ける。攻撃はしない。R.Eの攻撃を防ぎ……かわしながら、相手の力量を測っている。このガキ……相当に強いな。R.Eの目から見ても、ウルフの動きは洗練されているのがよくわかる。
コイツの動き……無駄が無い。俺が近接格闘で苦戦するなんて久しぶりだ。瞬発力だけなら、レックス並み……レックスの瞬発力も怪物染みてるが、コイツも引けを取らないくらいには強い。だが、コイツには油断がある。人を舐め腐った目。隙は必ずどこかにあるはずだ。
一度距離を取り、呼吸を整える。
「やはり、お前は強いな。だけど、俺には勝てない」
見てみたい。コイツがレックスと戦うところを……。ナイフを右手に持ち帰え、コスチュームの出力を最大にする。この一撃なら、コンクリートだって打ち砕く。これで決める。
「なるほど……お前の動きはだいたいわかった」
「無駄が多いな。どれも力任せで技がない、単細胞の戦い方だ」
「次は俺の番だ」
突き立てたR.Eの腕を、膝で蹴り上げる。
「ぐ……!」
間接がしびれる……こんな軽い一撃で、止められたのか。
隙を見逃さず、確実に間接を外し、こぼれ落ちたナイフを、拾って、R.Eを見下ろす。
「これで終わりか?」
「お前も所詮、この程度か……やっぱり俺は強い――」
そう言いかけた瞬間、鋭い一撃が、ウルフの頬にぶつかる。身体が宙に浮き、地面を転がる。
「誰がこの程度だって?」
ゆっくりと、余裕な表情を浮かべながら、ウルフはR.Eを睨みつける。
「……お前は弱いな」
「ガッカリだ」
瞬きをした瞬間、R.Eの意識が飛ぶ。
何が……起こった。
サイバネアイに映らないほどのスピード。強化コスチュームか……。闇市でしか見かけない非正規品。どこだ……どこでそれを手に入れた。
「死んだな」
「俺は強い。お前は弱い。これが真実だ」
「俺は最強になった。もう誰も、俺には勝てない」
「――なら、俺と戦ってみるか?」
背後から声……いつの間に背後に……気配がしなかった……いや、気配を殺していたのか。部下はどうした……アイツらは一体なにをしているんだ。まさか、コイツひとりに負けたのか。何者だ……コイツ。まっすぐとした殺気、馬鹿真面目なほどに透き通った殺意を感じる。
「お前は強いのか?」
「俺は、俺より強い奴と戦いたい」
「俺は強い。誰にも負けないくらい、強い」
「来い……俺と戦え」
二人は互いに見つめ合う。鼓動が高まるのがわかる。なんだ……この感覚。初めてだ……苦しい……なのに、どこか心地いい。風が強く吹く。静寂と共に流れ出す殺気に包まれながらふたりは静かに見つめ合う。
"その瞬間"をジッと待ちながら、レックスとウルフは大きく呼吸した。胸がジャケットの下でゆっくり盛り上がり、そして……沈んだ。




