プロローグ⑦
目を上げると遠く。
コンクリート製の巨壁が見える。
巨壁の下。門の前に様々な種類の自動人形と検問をするゲシュタルトたちが効果的に配され、その巨壁の奥からは手入れのいきとどいていないスラムが広がっているのが見えた。
検問官が車を誘導し、路肩に停める。スキャナーが車体をスキャンし、紅く灯っていたランプが赤に染まる。銃が引っかかったか。
「お前ら、こんな夜遅くに第三地区に何のようだ? 何か悪さを企んでるんじゃねぇだろうな」
「こんな時間にお散歩でもするのか? さっさと帰らなきゃママが心配するぜ?」
その言葉に、レックスは眉をまげる。
ジャケットからホロ手帳を取り出すと、見せつけるように、検問官につきだす。
「俺たちはコンジットだ。武器の使用も許可されている。任務で第三地区に用があるんだ。通してくれ」
「フン。コンジットなら最初からそう言えよ」
「通してやれ」
門が大きな音を立てて開く。轟音。重く、身体の内側が震えるほど力強い振動だ。この感覚も久しぶりだ。他の居住地区に行くのは数年ぶり。
第三地区は、第四地区よりも、廃れている。どこを見ても錆びついた建造物しか見えず、鬱陶しいホロ看板も、ネオンの光もない。あるのはホーロー看板とブリキ作りの建物だけ。
行き先は、廃工場。少し距離はあるが、そこまで時間はかからない。物珍しそうに車を見つめる浮浪者が窓の外に見えた。この街に住む人間は、だいたいが浮浪者だ。この地区じゃ、車はお宝。警護もつけずに車を放置すれば、一瞬で鉄屑に変えられる。ギャングだろうが、企業の連中だろうがお構いなし。こんな場所だからこそ、ストリートで暮らすヘアリッドにとっては、居心地がいいんだろう。ストリートの魂は伊達じゃないってことだ。
かつては人で溢れていたこの地区も、今じゃギャングたちの棲家。企業や、権力者たちから見捨てられたゴミ溜めか……。昔は、こんな街じゃなかったのに。一昔前までは、貧困層の連中が暮らしていて、治安も今と比べて良好だった。何がこの街を変えてしまったのか……ま、そんなことを考えても仕方ないか。
「あとどのくらいで着く?」
「二十分はかかるかな。心配しなくても大丈夫だよ。この地区のマップは全部、頭に入ってるから」
さすがだな……元本業とは言え、腕は鈍ってないようだ。
ゴミで溢れた川を超えて、エンジンの音が闇をつんざきつつ、一台の自動車が、無言のまま、ハンドルをきる。
人の気配がない。それも当然か……ヘアリッドたちの棲家に近づくのは、ただの馬鹿か、勇気と無謀の違いもわからない愚鈍な奴だけだ。道は舗装はされているが、整備されているとは言えない。すれ違う車も無いし、窓の外には建造物の影しか無い。
車が信号で止まった。
乾いた銃声が聞こえる。
「おいおい……穏やかじゃねぇな」
視線の先に、小さな子供と母親らしき人影が見える。ヘアリッドの連中から逃げ出そうとでもしたのか、母親は地面に伏せながら銃を片手にギャングたちに標準を合わせる。
震えている。この街では、男だろうが、女だろうが、子供だろうが関係ない。この街で暮らす連中は、ヘアリッドの所有物。この街から離れることを、飼い主は認めない。
「どうする?」
容赦のない弾幕が母親を襲う。血を流し、倒れ、子供が泣く。
「放っておけ。俺たちの任務を忘れるな」
「あんな小さな子供も助けられないなんて……」
「それがこの社会だ。弱ければ死に、強ければ奪う。助けたきゃ強くなれ……誰にも負けないくらい、優しい人間でいろ」
タシギは唇をキュッと絞り、歯を鳴らす。
「そんな顔……すんじゃねぇよ」
「はい……」
タシギの表情が少しだけ乱れた。静かな湖に木の葉を放り込んだみたいに波紋が彼女の顔に広がり、そして収まった。収まった時、表情は以前のそれよりも幾分歪んでいた。
車が工場の前で止まる。コンテナの隙間に入り込み、外部から姿は見えない。車を隠すにはうってつけの場所……よくこんな場所を知っていたものだ、ここまで細かい配置を覚えているのか……と、タシギの記憶力に深く感心した。
ここからは、レックスたちの仕事だ。いつものように、敵を見つけて、撃てばいい。
「……さっさと終わらせるぞ」
「おうよ」
レックスはインカムを装着し、拳銃とナイフ、そしてワイヤーの普段通りの装備を身につけ、R.Eはアサルトライフルを二丁、背負い灯りのない暗闇に足を進めていく。
その姿には恐怖や不安というものは存在しない。ごく自然に、闇に溶け込むかのように二人は歩いていく。
静寂の中に……深く、沈んで行く。




