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Lv.BLACK  作者: 朝日野 夕
5/11

プロローグ⑤

雨の降る夜。先程まで薄かった雨粒が本格的に水状のベールを作り出す。都市景観を彩るホログラムが夜を照らし虹彩の滲む水滴のかけらを吹き飛ばす猛風が第四地区高速道路に吹く。


漆黒の車が夜の街に駆ける。


申し分なく豪快なドライブだった。レックスたちは狭い道路を大きな音で駆け、海岸沿いのハイウェイを時速百十キロで飛ばした。あらゆるところに光と潮風が満ちていた。


「ドライブに付き合ってやるとは言ったが、どこまで行くつもりだ」


「別に目的地は無いぞ。お前と適当に走れるならどこへでも行ってやる」


坂道の角度が変わると、海がドス黒い暗色に染まって、それが視界いっぱいに広がった。特に行く場所が無いのなら、わざわざ俺を誘う必要なんてないのに……優しいのか、短絡的なのか、まぁ、そう言う義理人情の厚いR.Eだからこそ、安心して背中を任せられるのだから仕方ない。


「せっかくここまで来たんだ。海の方まで行ってみるか」


「海……か」


「どうした? 海に行くのは嫌か?」


「いや、なんでもない。ただ……お前と海に行くのも懐かしいなと思ったんだ」


「最後に行ったのはお前が街を出る半年前だったか……あれから、俺たちもずいぶん変わっちまったモンだよな」


「ああ……本当に、時間の流れは残酷だな」


R.Eと出会って今年で三年……いつ死ぬのかもわからないこの仕事で、こんなに長い期間、共に時間を過ごせるなんて奇跡に等しい。出会って数ヶ月間、生きていたらまだマシな方だ。コンジットたちはいつ消されるかわからない。企業の口止めや、ギャングの抗争に巻き込まれたりするのは日常茶飯事。コンジットと言うのは、勇敢な奴より、臆病で引き際をちゃんと理解している奴の方が優秀だったりする。


俺も、R.Eも自分の力量を理解しているから、生き延びているだけで、油断ひとつ見せて仕舞えば、すぐにゲームオーバーだ。


「もうすぐで着くぞー」


視界が開け海が見えると、風の音が変わった。


十字路に差し掛かろうとしていた時、黒い影が目の前に現れる。


咄嗟の判断で、R.Eがブレーキを踏む。焼きこすれたタイヤ跡がくっきりと残り、怒号が街の交差点に響き渡る。


「馬鹿やろう! 死にてぇのか!」


間一髪、接触は逃れたらしい。轢かれそうになった影は男か女かよくわからない中性的な面持ちの美青年。衣服は下着一枚だけで、上着すら身につけている様子もない。その姿に違和感を覚えるが今は、怪我をしていないか心配が勝つ。


「大丈夫か?」


車から降り、青年に近寄ると、正面から抱きついて震えた声を発する。


「お願い! 助けて!」


青年は怯えていた。


レックスの背後でオドオドと小動物のように隠れている。


「見つけたぞ……」


路地の方から、男が細い首を鳴らして静かに一声かける。一人じゃない。複数人の男をひきつれている。この男の顔……どこかで見たことがある。


「どこへ行くつもりだ……お前に逃げ場などあるはずがないだろう」


「さぁ来い……お前の主人は私だ」


強引に。


答えの有無を聞かずに男は女の腕を引く。


思い出した。ダイナーですれ違ったあの男だ。


「待ちな」


男の手首をねじ切るようにR.Eが掴んだ。


「おたくらどこの連中だ。この街の連中には見えないが……ギャングか? それともコンジットか? 少し乱暴しすぎなんじゃねぇのか」


「貴様に相手をする暇はない」


「さぁ、立て」


「い、いや……誰か……助けて……お願い」


「面倒な女だ。飼い主の言うことが聞けないのか?」


抵抗しないことを良いことに、男は鋭い拳を女に浴びせる。一発……二発……三発と、容赦も無く殴り飛ばす様は見ているだけで、胸がイライラする。


「やめて……おねが……」


人間を物だとしか見ていないクズの匂いがする。


「その女から離れな」


レックスが重い口を開く。語気は静かな怒りに包まれ、どこか冷たさを感じる。


「邪魔をするな……これ以上ここに残ると言うのなら、殺すぞ」


「やってみるか?」


男はゆっくりと、視線をレックスに向ける。その言葉が気に食わなかったのか、鋭い眼差しを向ける。身体がお互いに向き合い、落ち着いた足取りで、男はレックスの方へ歩き出す。表情は落ち着いているが、明確な殺意が奴の身体を駆けめぐっている。


素早く、一撃を拳に乗せる。ゲシュタルト手術で強化した腕はまっすぐ、レックスの方へと伸びる。


あたるな。


男はそう確信した。


油断。


レックスは、常人であれば避けきれない一撃を無駄な動きなく、華麗に避ける。男が怯んだ隙に、ふところに入り込み、柔術を使って地面に叩きつける。


「殺すなよR.E……」

 

「アイアイサー」


男の部下たちは呆然と立ち尽くし、覇気の無い叫び声をあげて、R.Eにナイフを向ける。突き刺そうと、一歩前に出る。その腕を捕まえ、引き寄せ、肘で首を突き飛ばす。


「カハッ……」


「ひ、ひぃっ!」


赤子の手をひねるかのように、レックスは何倍もの差がある巨体のゲシュタルトたちを投げ飛ばす。殺しはしない。少し眠ってもらうだけだ。


R.Eが殴り、レックスが投げる。その姿を見た感想は――"美しい"の一言につきる。見事な連携……見事な格闘センス。五人ほど並んでいた屈強な男たちがいとも容易く鎮圧させられる。まるで、舞踏のように、綺麗で引き込まれる光景だった。


レックスは、ナイフを奪い、逃げようとした部下の足に投げる。


「ぐ、ぁ……」


「さぁて、まずは、話を聞かせてもらおうか」


「言え。誰の差金だ」


「た、頼む……命だけは、命だけは許してくれ」


「それは、お前たちの答え次第だ」


「で、お前たちは誰の部下だ。この女との関係は?」


「お、俺たちは、ヘアリッドだ。そこの女は俺たちの商品で……逃げ出した商品を捕まえようとしただけだ!」


「本当か?」


女に訪ねると、小さくコクリと頷く。


運が良い。


「なら……お前らの中でオークション会場を知っている奴はいるか?」


「オークション会場は知らない……俺たちはただ、商品を集めろとだけ命令されたんだ」


「嘘……じゃあ無さそうだな」


「嘘なんてつくかよ! 早く解放してくれよ……命は取らないんだろ? なぁ」


「誰が殺さないと言った?」


「へ……?」


「気が変わった。お前たちの拠点を教えろ」


「だ、誰がお前らなんかに教えるか……」


銃声が一発、繁華街に響いた。


「次は外さない」


「答えろ。お前たちの拠点はどこだ」


「し、知らないんだ!」


「そうか、なら死ね」


「本当なんだ!」


「俺たちのボスは、部下に命令をするだけで表舞台には顔を出さない。だからこそ、特定の拠点を持たずに俺たちはストリートで暮らしていけている……ヘアリッドは拠点を持たずに自由を追い求めるギャングだ。俺たちの魂はいつもストリートにある。俺を殺すのなら殺せばいい、だが、いつかボスがお前たちに報いを受けさせるだろう。俺たちのボスを舐めるなよ。せいぜい、その日まで生き延びてろクソ共が……」


R.Eの一撃が効いたのか鈍い音が響き、部下の首関節は折れ曲がり意識が飛ぶ。気絶……にしては少しやりすぎたか。


「さて……次はアンタの番だな。お嬢さん」


「アンタは一体……何者なんだ?」

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