プロローグ⑩
身体が痛い……意識は起きているはずなのに体がついていかない。全身の細胞が動くことを恐れてストライキを起こしているようだ。骨が悲鳴をあげて、関節が麻痺している。一瞬、死を覚悟した。胸の焼ける痛覚が死を約束するかのように、冷徹な感覚が走る。
胸に一発、確かにくらったはずだ。
なぜ……俺は、死ななかったんだ。弾丸は確かに胸に当たった。胸元を手探りで触る。固い感触がジャケットの上から感じる。さっき倉庫で見つけた旧硬貨だ。熱で溶かされた弾薬が、旧硬貨に着弾して割れている。
運が俺の味方をしたってわけか……。
軽い笑みがこぼれ落ちる。
「レックスさん!」
タシギの声だ。
「大丈夫? 怪我はしてない?」
「馬鹿……なんでここに来た」
「銃声が聞こえたから……その……何かあったのか心配で……」
この会話だけで、タシギがなぜ、コンジットを辞めたのか理解できた気がする。タシギは、人一倍優しい……助けを求める人を見捨てない馬鹿な奴だ。優しさなんてこの業界で生き延びたければ必要のないものなのに。本当に……馬鹿な奴だ。けど、その馬鹿さ加減が、心底、羨ましい。
誰かを助けたいなんて思ったのは、ずいぶんと前だった気がする。コンジットになったのも、最初は人を助けたいと思ったから……今の自分に、そんな甘い考えはない……けど、似てるな……俺も、タシギも根っこでは同じことを考えている。誰かを助けたい。今でもその気持ちに嘘はない。ただ……やり方が違うだけ。
それだけのことだ。
「商品は……?」
「みんな逃げたよ」
「そうか……」
「良かった」
レックスにも……こんな目ができるんだ。まっすぐで優しい瞳だ。彼も、優しい人なんだろうな……敵を殺さず、自分のことより商品たちを心配するなんて普通の人間にはできない。自分のことばかり考えている連中が悪いわけじゃない。それは、わかっている。タシギが憎んでいるのは、そうせざるを得ない世界そのものだ。
優しい人が、優しい人のままで生きていけないこの世界が……憎い。
命を奪わずとも、戦える力を手に入れたらボクは一体、どんなふうにその力を扱うのかな。レックスのその力が羨ましい。
「く……あ……」
ひとり、ギャングが目を覚ました。
「お目覚めか」
銃口が、ギャングのこめかみを狙う。
「や、やめてください……抵抗しないから……」
「お前にひとつ聞きたいことがある」
「オークション会場はどこだ。嘘をつけばこの銃で、もう一度、お前を撃つ。ゴム弾でも、当たりどころが悪けりゃポックリ死んじまうぞ」
「オークション会場は俺たちも知りません……会場を知っているのはヘアリッドの中でもごくわずかな人間だけなんです」
なるほど……つまり、ここに来たのは無駄足だったと言うわけか……。
「でも……商品の仕入れ先なら知ってます。第四地区に俺たちが経営している会員制のバーがあるんです。そこで、上玉な商品を見定めて、オークションに売り捌いているんです」
「そのバーの名前は?」
「『ラヴ・キッド』です」
「知っていることはこれで全部です……」
「なら、もうお前に用はない」
ゴム弾が、鈍く脳天にめり込む。この一撃で死にはしないだろう。
今日は疲れた……身体が休息を求めて体温を高めている。ベッドに潜り込めば一秒で眠れそうだ。
身体を起こして、レックスはR.Eの巨体を背負う。
「帰るぞ」
「え……あ、はい!」
夜明けだ、新しい空気がインクを垂らしたように光り、世界を蘇生させる。夜が明けて、街の空は白く染まる。見上げると、星ひとつない分厚い雲に覆われた大空が広がっていた。街の灯も反射して、わずかに光を取り込む。
焦げ臭く、蒸し暑い空気。銃撃戦の後の残り香が鼻をつきたて……消えていく。




