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Lv.BLACK  作者: 朝日野 夕
1/11

プロローグ①

血の匂いがする。


吸い込むたび、胸が腐っていくような甘い匂い。


「誰だよ……お前……一体……」


旧市街地の廃ビルにひとつの影がある。


それは、若い。


男だった。


名はレックスと言う。


目の前に転がっていたのは、血を流し、呻き声をあげる男の亡骸だけ。旧市街地の夜にしては明るい晩だ。派手なネオンや街灯はないが、どこを見ても人の気配があった。


「まずひとり」


レックスの格好は、暗闇に溶け込むかのように黒一色。街の喧騒が物音を掻き消しているおかげか、見張りを片付けるのが楽だ。細いワイヤーで、首を絞めあげ、声をあげる暇さえ与えない。(グレッグT11)を使うこともできたが弾数は有限だ。


影から忍び寄り、ワイヤー一本で、見張りをしていた四人の男たちの意識を確実に刈り取る。


「四人」


レックスは颯爽とギャングたちが縄張りにしている廃ビルに入り込む。廃ビルに灯りは無い。家具は汚れたソファと机だけの質素な空間だった。


レックスの任務は行方不明の女性の解放と、ギャングたちの殲滅。国家の無いこの時代、汚れ仕事を請け負うのはコンジットと呼ばれる集団の役目だ。反社会組織を解体させる目論みでコンジットを投入するのなら、普通なら複数人、せめて四人ほどの人材が必要なのだが、レックスの側には仲間どころか、サポート役のダイバーの姿すらなかった。


単独で、ギャングたちを殲滅しようとしていた。その明確な目的ゆえか、迷いのようなものは微塵も感じ取れなかった。小規模のギャングとは言え、相手も本職。たったひとりのコンジットすら倒せないなんてありえない。


その不可能を可能にするほどのスキルを、レックスは持っていた。人を殺す仕事だ。優しさなんて言う生ぬるいものなんて、この仕事には必要ない。コンジットに必要なものは、容赦なく撃ち殺せるか。その選択を迷いなく選択できる人間の寄せ集めが、コンジットたちだ。


レックスの武器は銃とナイフと、ワイヤーのみ。人殺しが持つには少し軽装備に思える。


「スリーカード! 俺の勝ちだな!」


「クソッ! これで……三連敗かよ」


狭い個室にふたつの影。敵は敵。見逃すなんてありえない。


武器は少し離れた場所にあるアサルトライフルだけ。今、敵は気配に気づいていない。


背後から、ワイヤーを片手に、素早く敵の首を絞める。筋肉が抵抗する。さらに締め付ける。力を失い倒れたその瞬間、ギャングたちは自分たちの行末を直観する。


「――は?」


一瞬のことに動けず、もうひとりのギャングの身体が硬直する。敵が動き出す前に仕留める。


「六人」


小さな足音が聞こえる。物陰に隠れ、息を潜める。


「おーい。俺もポーカーに混ぜてくれ――」


力任せに、首を絞める。機械の肉体のせいか、抵抗が強い。だから、力を込める。


「七人」


ここまでは順調だ。だが、そんな時ほど油断が出る。失敗は許されない。レックスにとってこれくらいはできて当たり前なのだから。


階段を登ろうと足を忍ばせた。


「――誰だ!」


声が上がると同時に、レックスはギャングの頭を撃ち抜く。とっさの判断で弾を一発無駄にしてしまった。


「八人」


どうやら、先程の声は気がつかれていないらしい。二階には、使い古された機械が並び、見張りが三人ほど、PCの画面を睨んでいた。監視カメラの死角から近寄り、胸を狙って確実に撃つ。


「十一人」


奥に行けば行くほど、人数が増えていく。こんなに大勢だと、人質の安否が不安だ。


――レベッカ・ケイシー。ブラックシティの公務員で一週間ほど前から行方不明の女性だ。おそらく、彼女はこの施設のどこかにいる。慎重に各部屋をクリアリングしながら、敵の気配にも注意を払う。


彼女が誘拐されてから、かなり長い時間が流れている。最悪の場合も考えられるが、今はとにかく人質の救出を優先しなくては……。


「もったいねぇよなぁ」


ギャングたちの声がして、反射的に身体を伏せる。


「あの女、顔も身体も上玉なのに、なんでオークションに売らねぇんだ? あれくらいなら数百万の金が動くのに」


「仕方ねぇさ。ボスが気に入っちまったんだから、俺たちが何を言っても無駄だ」


「その話……詳しく聞かせてもらおうか」


ギャングたちは声のした方に振り返るが、そこには誰もいない。レックスはもうすでに、背後にまわっていた。


「手を挙げろ」


拳銃を突き立てられ、ギャングたちは大人しく命令を聞く。


「武器を置け」


ギャングたちは、素直に手のひらから武器を離す。


「さっき話していた女はどこにいる」


「だ……誰が話すか――」


サプレッサーの小さな音が鳴り、ギャングのひとりが力を無くして倒れる。


「十二人」


「ひ、ひぃ!」


「答えろ。さっき話していた女はどこだ」


「お、お願いだ。命だけは……」


「いいから答えろ。俺は気が短いんだよ」


「わかった! 言うよ! 言うから!」


「三階の奥の部屋に俺たちのボスがいる。女もきっとそこだ」


「そうか」


「見逃してくれるのか?」


その問いには答えない。


「これで十三人」


音も無く静かに、ギャングは地面に崩れる。


「次」


三階へと続く階段に六つの影。ここまでくれば、もう弾丸を節約する必要もない。


「ボスは今頃、部屋でお楽しみ中か」


「あーあ……俺も一回で良いから、あんな女を抱いてみた――」


ギャングたちからすれば、突然、談笑していた相手が胸を押さえて倒れたことに呆気にとられることだろう。動きが鈍る。


その隙を、男は見逃さない。


「十八人」


男はひとつミスをした。敵の頭を狙ったはずが少しズレて、敵の肩に弾丸が当たってしまった。敵は悲鳴を上げる余裕もないのか、震えている。


「……お前……何者だ」


「誰でもいいだろ。どうせ最後は地獄で会うんだから」


「十九」


三階は、やはりと言うべきか人が多い。だが、ここで時間を消費している場合ではない。隠れながら突破するのはもう無理か。


となれば。


正面突破だ。


「お前――」


誰かが呟こうとした。その声が途絶えた時、一斉にギャングたちが臨戦体制に入る。


「二十」


「敵だ!」


まずひとり、体躯のデカい巨漢が体当たりで仕掛けてくる。


「撃て!」


動きを固めて撃ち抜こうと言う算段なのだろうが、男はその動きを予測し、逆に巨漢を盾にしながら距離を詰める。


腹の隙間から銃弾を打ち込み、ふたり倒す。


「二十二」


「な、なんだコイツ!」


そこは、もうレックスの独壇場だった。ナイフを持って襲いかかる敵を間接技で無力化してから頭を撃ち抜き、銃を使いながら確実に人数を減らしていく。


「二十三……二十四……二十五……二十六……二十七……二十八」


最後のひとりは、先程体当たりを仕掛けてきた巨漢。弾幕に晒されながらも、まだ息絶えていないなんて、頑丈な奴だな。


「まだ……終わってねぇ……」


「俺と戦え……お前なんか……すぐにぶっ殺し――」


銃弾が、頭に直撃する。


「二十九」


「……最後」


最奥の自動扉が開き、男は人の気配を探す。比較的、綺麗な空間には、横たわった女の姿がひとつ。


「……遅かったか」


焦りのせいか、思考が鈍った。


あの女は罠だ。


その瞬間、ドス黒い殺気が男の真横から放たれる。


ナイフの刃先が頬をかすめた。


同時に敵が手元を蹴り飛ばし、銃が床に転がり落ちる。


「なんなんだよ……お前……」


「どうやった」


「どうやってひとりでここまで来た」


「お前……一体何者だ」


「……まさか、闇の男(シュバルツェマン)か? 聞いたことがあるぞ……一昔前に、伝説と謳われたコンジットの名前……かつて百人近いギャングを殺し、壊滅させた"最強"のコンジット……」


「だとしたら?」


「ハハハ……まさかこんなところで、伝説の男と出会うとはな……俺も運がないぜ」


「俺を殺したいんだろ。こいよ、相手してやる」


最初に動いたのはレックスだった。ナイフを持った片手を男の首に狙う。男は肌に触れるギリギリのタイミングで避ける。反射的にカウンターを繰り出すが、狙いがさだまっていないせいか、空を横一文字に切り裂く。


その動きを見て、男がまた暗闇の中から襲いかかる。


男は全裸。動きやすい格好ではあるが、どこを刺されても致命傷になる。頭、身体のボディーパーツ、ゲシュタルト手術を受けたゲシュタルトらしく、どれもタイニー社製のコスチュームばかりだ。肉弾戦ではこちらが劣る。裸とは言え相手は機械の肉体。


男が、レックスの胸を突き刺そうと飛びかかる。腕を掴み、異常な握力を持って、男のナイフを手から外す。男は焦りのせいか表情が歪んでいる。拳で応戦するが、動きは素人そのものだった。


男の腹に一撃、拳が入る。


男はよろめき、レックスとの距離をはかる。


固い。


「さすがは伝説の男だ。俺がここまで追い詰められるとはな……だが、お前はここで終わりだ」


突如、男の左腕がはり裂ける。男の腕にはアーマーライフルが装着されており、狙いをレックスに絞る。


「死ねやぁ!」


弾幕が、空間に弾ける。レックスはすぐさま、机の裏に飛び込む。その移動の最中、銃はなんとか拾えたが、弾がかすった。横腹が悲鳴をあげている。なんとかして、自分が有利なうちに仕留めなくては……アーマーライフルと言えど、リロードの時間は必ずある。その隙を狙う。


音を聞きわけながらタイミングを見計らう。弾の音がおかしい。先程の重い音と比べて比較的、軽くなっている。オーバーヒートか。試作品や安物のアーマーライフルは普通のライフルと比べて弾づまりやオーバーヒートを起こしやすい。人体に移植された武器はどれも、汎用性に欠ける。だからゲシュタルト化するのは嫌なんだ。


「クソッ! オーバーヒートしやがった。これだから安物は……」


チャンスだ。


BANG! BANG!と、レックスの発射した弾幕が二度、暗闇に線を引く。その弾は男の肩と腕に被弾する。


「クソッたれが!」


男のアーマーライフルが火を吹く。狙いをさだめていないせいか、辺りに乱発された弾丸は乱れた軌道を描く。


――カチッ。


軽い音がした。


弾の切れる音。


今だ。


火薬の焦げた匂いが充満する。足と腕、そして胸を狙い確実に動けないよう、弾を撃ち込む。抵抗されないよう身体を押し倒す。男も予感した。これ以上、抵抗しても意味がない。自分はこの男に撃たれる。逃れられようのない運命がすぐ目の前に立っている。


「ま、まって――」


慈悲はない。拳銃をつきたて、銃弾が男の頭にぶつかり、確実に気絶させた。


「三十」


これで全員。


任務完了。


負傷はしたがそこまで深い傷じゃないのがせめてもの救いだ。


油断したな。


こんな任務で負傷するなんて、俺も腕が落ちたものだ。


レックスは、レベッカの方へ近寄る。全裸の肉体には痛々しいあざが刻まれており、この部屋で何が行われていたのかなんとなく理解できた。


「クズどもが……」


「おい、大丈夫か?」


声をかけても返答が無い。レベッカのまわりには使用済みの薬物が散乱しており、息をしていない。


彼女はもうすでに死んでいる。


「クソッ……」


吐き捨てるようにレックスは呟く。生体サインが汚染されているのだろうか……普通、ここまで衰弱していると、医務寮の医療兵が来てもおかしくない。ランクにもよるが、彼女のランクはせいぜいシルバーが限度だ。低ランクの人間は死んでもいいとでも思っているのか、生体サインの汚染で救助に来れなかったのかはわからない。せめて、あの世では、もっとマシな生活を送れることを祈るばかりだ。レックスは噴き出してきた汗をぬぐうと、旧市街地の冷たい風が廃ビルを包んだ。

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