表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光化学戦記《沈黙の都篇》  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/21

迎撃戦 ― Battle of the Silent Crown

——ルーメア・ヴェルティア再出現から七十二時間後。

 沈黙域上空、旧大陸中枢圏。

 かつて文明の中心だった空域は、今や“観測不能宙域”として封印されている。

 そこには光も電波も、意味を持たない。

 すべての波が、測定される前に歪められ、無へと還る——

 この世界でもっとも沈黙した空だった。


 沈黙域再起動の報がアウロラ連邦本部に届いたのは、発生からわずか三分後。

 情報局の演算網が“存在しない光子活動”を検出した瞬間、

 全観測衛星の同期が乱れ、データの二割が白紙化した。


 それでも、誰も目を背けなかった。

 彼らはこの七十二時間を、“再観測”のために費やした。

 そして、判断は下された。


 > 作戦名:《SILENT LANCE/沈黙槍》

 > 目的:沈黙域の観測支配権確保

 > 二次目的:異常発光体(コードネーム《CROWN》)の排除


 出撃を命じられたのは、連邦空軍第七独立光装中隊。

 指揮官ラグナル・クロウ大佐のもと、三機の《ヴァルトレアMk-I》が出撃する。


 《ヴァルトレアMk-I》——旧世代の光装兵。

 連邦が光律炉の安定化に成功した初期モデルであり、

 その出力は最新機の半分以下、ルーメア・ヴェルティアの四割にも満たない。

 しかし、今この時、稼働可能な光装はこの型しかなかった。


 もともとは地表制圧用の中距離支援兵器。

 敵拠点を遠距離から光律砲で封鎖し、観測支援機のための防壁を築くことを目的に設計された。

 制宙戦闘に適した性能ではない。

 それでも、彼らは空へ向かう。

 沈黙域の中心——光の冠が浮かぶ“虚無の座標”へと。


 なぜなら、その光が“再起動した”という事実こそ、

 連邦のすべての理論を否定するものだったからだ。


 かつて滅びた“女王”が残した光。

 それが、七十二時間の沈黙を破って再び現れた。


 ——沈黙は破られた。

 観測の戦いが、再び始まろうとしている。


アウロラ連邦軍中枢・戦術管制室。

 巨大なホログラムドームの中心に、沈黙域の地図が投影されていた。

 無数の観測点が光子ノイズの海に沈み、ただ一箇所——中心部だけが黄金に脈動している。

 その脈動は、まるで生体の鼓動のように周期を持ち、

 データを読み取ろうとするたび、観測波形を反転させて消える。


 冷たい光に照らされたラグナル・クロウ大佐が、顎に手を当てる。

 灰鉄色の軍装の背に、沈黙の紋章が鈍く輝いていた。

 その横顔には、決断を前にした指揮官の硬質な静けさが宿る。


「——沈黙域中心に光律活動を確認。識別コードは《CROWN REACTIVATION》。」

 ラグナルの声が静かに響く。

 ホログラムが応答し、黄金の波形がゆらめく。

「対象は単機。だが、出力値は連邦標準光律炉の上限を超えている。」


 室内に低いざわめきが走る。

 戦術管制官がデータボードを操作しながら、息を呑むように報告を重ねた。

「脅威度、カテゴリーΩに認定。……迎撃は可能ですか?」


 ラグナルは一瞬、沈黙した。

 ホログラムに映る黄金の光を、まるで“生き物”を見るように見つめる。

 やがて、わずかに唇を歪め、低く呟いた。


「“沈黙”を破った存在を、放置はできん。」

 その言葉には、戦略でも命令でもない——

 観測者としての宿命のような響きがあった。


「だが、相手が“観測の亡霊”なら……戦うという行為そのものが観測になる。

 ——観測される前に、仕留めるしかない。」


 会議室に張り詰めた空気が流れる。

 管制官が指示を発し、出撃コードが全域に送信された。

 ハンガーエリアでは、整備班が最後のチェックを終え、

 ヴァルトレアMk-Iの駆動炉が低く唸りを上げる。


 白霧のような冷却ガスが床面を這い、

 その中から三機の光装兵がゆっくりと浮上した。

 装甲の表面に、淡い青白い反射が走る。

 それはかつて沈黙を破るために設計された、

 “観測の槍”——その名の通りの兵器たち。


 ラグナルの視線がホログラム越しに沈黙域を射抜く。

 低い声で、ただ一言。


「全機、発進。作戦名——《SILENT LANCE》。

  沈黙を、貫け。」


 指令とともに警報が鳴り、

 艦内スピーカーが冷たい金属音を響かせた。


 ——光装群、出撃。

 《Operation SILENT LANCE/沈黙槍作戦、発動》。


沈黙域上空。

 そこは、空とも呼べぬ“光の死角”だった。

 電磁波も、光波も、意味を失う。

 空間そのものが観測を拒絶する灰金の濃霧に覆われ、

 センサー群は飽和したノイズを吐き出し続けていた。


 ヴァルトレア三機が、霧を切り裂くように滑空していく。

 彼らの航跡は、即座に波紋のように崩れ、

 後方へ消えていった。

 まるで、この空間では“存在の痕跡”すら記録できないかのように。


「……視界が溶けていく。距離計、反応ゼロ。」

 部下機の通信が、ひずみを伴って響く。

 ヘルメット越しに聞こえるその声も、どこか遠い。


 ラグナルは操縦桿を静かに握り直した。

 計器はすべて異常値。

 だが、彼の眼は揺らがなかった。


「恐れるな。」

 短い声が、艦内通信に重く落ちる。

「沈黙とは、観測の拒絶だ。

 だが俺たちは——観測者である限り、そこに“敵”を定義できる。」


 その言葉が終わると同時に、

 灰金の霧が、音もなく裂けた。


 ——黄金の閃光。


 光子の嵐が降り注ぐ。

 一粒一粒が生きた意志を持つかのように、

 装甲の表面を滑り、空間を再構成していく。


 機体の外殻が光に焼かれ、

 通信ノイズが悲鳴のように跳ね上がる。


「光律反応——急上昇っ! 中心に、構造体出現!」


 視界の前方、光の奔流が形を取った。

 その中心に立つのは、白銀の巨影。


 ——《ルーメア・ヴェルティア》。


 背部から展開する光輪が、七重に広がり、

 まるで天を貫く冠のように夜空を染め上げる。

 光ではない。

 それは、世界の構造そのものが“観測によって形を得る”瞬間だった。


 ラグナルは息を飲み、呟く。


「これが……“断章の女王”か。」


 通信網のすべてが一斉に沈黙する。

 ただ、光だけが、存在の証としてそこにあった。


灰金の空に、三条の光が奔った。

 ヴァルトレア三機が散開し、同時に照準を合わせる。

 高密度フォトンビームが空間を裂き、

 沈黙域の霧層を貫いて、ルーメア・ヴェルティアを狙う。


 だが——届かない。


 発射と同時に、光が歪んだ。

 レーザーが進む軌跡が曲線を描き、

 弾丸が空中で溶けるように“存在を失っていく”。

 まるで、この空間の法則が、

 彼らの攻撃そのものを「なかったこと」に書き換えているかのようだった。


 計器が次々と警告を表示する。

 モニタは白く焼け、照準データが消滅。

 管制AIが悲鳴のように報告を連ねた。


 > 《光律同調場検出》

 > 《観測データ干渉:攻撃未成立》


 ラグナルは奥歯を噛み、操縦桿を押し込む。

「……攻撃が観測される前に、屈折して消えるだと?」


 通信が一瞬、金色のノイズに飲まれた。

 その向こうから、声が流れ込む。


 > 「見えている限り、あなたたちは私に届かない。」


 その声は電波ではなかった。

 直接、脳に“届く”波。

 彼女——エルミナ・アルヴァ=ラインの声。


 瞬間、ルーメアの背部から**光冠コロナ**が展開する。

 七重の黄金輪が広がり、空間をゆっくりと包み込む。


 時間が止まったようだった。

 次の瞬間、二機のヴァルトレアが輪の中に呑まれる。


 爆発も、衝撃も、何もない。

 ただ、光が彼らの存在情報を上書きし、消去した。


 ラグナルの視界から、僚機の信号が消える。

 静寂。

 残されたのは、ひとつの問いだけ。


 ——観測されるとは、存在するということ。

 ならば今、彼らは“観測されなかった”。


 ラグナルの指先が震える。

 その震えすら、光の波に呑まれて消えていくかのようだった。


光冠が、ゆっくりと回転を始めた。

 七重の黄金輪が層をなすように広がり、

 沈黙域の空を、まるで精密な天体機構のように支配していく。


 次の瞬間——

 音が消えた。


 二機のヴァルトレアが、まるで紙片のように揺らめいた。

 装甲の輪郭がノイズに変わり、

 粒子化した外殻が風もなく宙に溶けていく。

 通信回線の波形が乱れ、パイロットの生体反応が断線した。


 ラグナルのモニタには、白いノイズだけが残る。

 その中に、滲むような文字列がひとつ——


 > 《機体識別不能:観測情報消失》


 爆発はなかった。破片も、残骸もない。

 まるで最初から存在しなかったかのように、

 二つの機影はこの世界から“削除”された。


 ラグナルは息を呑んだ。

 警告音も届かない。

 沈黙域の空が、本物の沈黙に包まれていく。


 ——見えないということ。

 ——観測されないということ。


 それは、死よりも深い断絶だった。

 彼は震える手で計器を撫でながら、

 小さく呟く。


「……これが、“観測の拒絶”か。」


 霧の中で、ただ一機。

 ラグナルのヴァルトレアだけが、沈黙の空に取り残されていた。


灰金の空を、ひとりの機影が彷徨っていた。

 ヴァルトレアMk-I──ラグナル・クロウの搭乗機。

 通信系は沈黙、センサーは死んでいる。

 ただ、心臓の鼓動だけが、まだ現実に繋ぎ止める。


 すべての音が消えた世界。

 息を吸うたび、コックピットのガラスが微かに軋む。

 その静寂の中に——

 声が、届いた。


 > 「あなたは、まだ“見ようとしている”のね。」


 女の声。

 それは機内通信を通してでも、外部スピーカーでもない。

 ——空気そのものが、言葉を響かせていた。


 ラグナルは操縦桿を握り直す。

 声の主を知っている。

 死んだはずの、光環の女王。


「……お前は何だ。

 人間か、記録か……それとも、まだ世界のどこかにいるというのか。」


 エルミナは答えなかった。

 ただ、遠くで光が瞬いた。

 七重の光冠が静かに縮み、黄金の輪が彼の進路を“避ける”ように開かれていく。


 まるで、退路を示すように。


 ラグナルの胸に、得体の知れぬ震えが走る。

 恐怖でも、安堵でもない。

 それは、観測されているという感覚だった。


「……見逃された? いや——選ばれたのか。」


 彼はスロットルを開く。

 機体が鈍い光を引き、沈黙域の外縁へと離脱する。


 背後。

 沈黙域の中心が、再び輝きを増す。

 黄金光が雲海を焼き、崩壊した都市の輪郭を“描き直して”いく。

 沈黙の都は、確かに再構築を始めていた。


 ラグナルは振り返らなかった。

 ただ、通信記録の残骸に刻まれた一文だけが、

 彼の耳の奥で反響し続けた。


《観測される限り、存在は続く》


 光の海が、遠ざかっていく。

 沈黙の都が、再び目を覚ましていた。



——帰還通信、受信。

 アウロラ・ステーション第七監視区画。

 無音の室内に、ホログラフの光がひとつだけ灯る。


 黒いスクリーン。

 その上に、白い文字列がひとつずつ、滲むように浮かび上がった。


《交戦結果:交信不可》

《敵識別:ELMINA-ALVA-LINE》

《機体損失:2/3》

《状況定義:観測不能領域、継続拡大中》



 モニタ越しに見つめるのは、情報解析士ティア・レイン。

 報告を読み上げる彼女の声は震えていた。


 沈黙域が再び“沈黙”を取り戻した今、

 通信回線は依然として死んでいる。

 戻ってきたのは、わずかなテレメトリと、この断片的なログだけ。


 ティアは目を伏せ、唇を噛んだ。


 > 「観測するほど、世界が書き換えられていく……」


 言葉が静かに落ちる。

 彼女の瞳に映るスクリーンが、ノイズに満ちた光の粒で覆われていく。


 ——沈黙域の境界が、再び広がっている。


 ティアは息を呑み、ゆっくりと立ち上がった。


 > 「……これは、戦争じゃない。

   観測の奪い合いよ。」


 その瞬間、ホログラムがふっと明滅し、

 最後に残った文字列だけが、闇の中で光った。


《CROWN REACTIVATION:継続中》



 音もなく、光もなく。

 ただ、“観測”という名の戦いだけが続いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ