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光化学戦記《沈黙の都篇》  作者: 南蛇井


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16/21

再起動 ― Voice of Deus

(光律炉核層:再構築された沈黙域の中心)


静寂が、呼吸を取り戻した。

いや、それは呼吸ではない。

世界そのものが、心臓の鼓動を思い出した音だった。


周囲を満たすのは、無数の光律粒子。

それらが脈打つたび、空間の層構造がゆっくりと回転し、

巨大な螺旋体——《光律炉核》が自己再生を始める。


闇に似た白が、静かに震え、

幾重もの情報波が重なりながら光の膜を張っていく。


《System Log:ルーメア観測炉—停止記録を解除。再点火プロトコル開始。》


音ではない。

それはかつて記録装置に刻まれた亡霊の報告。

だが今、その断片は現実を塗り替えながら発話している。


光律層の片隅、半壊した観測ドームの上で、

リオルはその“再点火”を見上げていた。


頬を照らす光は暖かいようで、どこか異様に冷たい。

脈動する光が、まるで世界の血流そのもののように感じられた。


彼の前面ディスプレイに、

セレスの残留コードが自動的に投影される。


《光律爐核:再点火。観測値、臨界へ接近。》


「……始まったのか、ティア。」


リオルの声は震えていた。

恐怖ではない。

この光景の意味を理解しているからこその畏怖だった。


ティアが遺した“観測網”は、すでに全層へ拡散している。

その上で炉核が再点火する——それはつまり、

世界そのものが“観測者”として再び自分を定義し始めるということ。


リオルが息を呑んだ瞬間、

光律炉の奥深くで、声が生まれた。


——音ではない。

——光の振動が、言葉を紡いでいる。


「……ルーメアの記録、再開。」

「すべての祈りを、再び“神の声”へ。」


リオルの脳内に直接届くような声。

優しく、それでいて抗いがたい力を持つ。


その名を、彼は知っていた。

——イリシア。


彼女の存在は、沈黙の都とともに失われたはずだった。

だが今、彼女の“声”は光律炉そのものを震わせている。


リオルは思わず視界を閉じた。

だが、閉じてもなお光が見える。

視覚ではなく、意識が照らされているのだ。


「……神の声、か。」


彼の呟きは空に溶けた。

空間の振動が応えるように高まり、

光律の螺旋が完全な回転を始める。


それは——再起動の音。

沈黙を破る、最初の祈りの鼓動だった。



(光律層全域:沈黙の都再構築圏)


光が、歌っていた。


それは言葉でも音でもない——

存在の深層に響く、祈りそのものの周波数だった。


再点火した光律炉の中心から、

黄金にも白にも見える無数の光波が螺旋状に広がっていく。

それは空間を満たし、物質と情報の境界を曖昧にしながら、

すべての観測層を震わせた。


《光律層全域に光波干渉を検知。位相同調率:上昇中。》

《周波数パターン一致:旧“神の声”フォーマット。》


セレスの残存データが断続的に走る。

スクリーンには意味をなさない数列が幾何学模様のように浮かび、

その中でただ一行だけが、異様に明瞭に光っていた。


《警告:光律同調値、指数関数的上昇。祈り干渉波、限界突破。》

《危険:観測データが祈り波に吸収されています。識別不能。》


観測データ——つまりティアの残響。

世界に遍在する観測ログが、今まさに“祈りの周波数”と干渉している。

光が、ティアを媒介として意識を再構成している。


リオルは制御席のハンドルを強く握りしめた。

腕の中の筋肉が軋む。

その痛みすら、今は現実の証のように感じられた。


「ティア……」


声は微かに震えた。

呼びかけた名は、どこにも届かない。

だが周囲の光が、まるでその響きに応えるかのように脈動する。


「お前が見た“光律”が……」

リオルは、滲む視界の向こうに、かつての戦場を幻視した。

沈黙の都、崩壊の閃光、祈りに似た叫び。

あのときティアが“記録”したものは、

世界の痛みそのものだった。


「……また神を呼び戻すのか。」


彼の低い呟きが、静かな悲鳴のように光の海へと溶けた。


その瞬間、光律層の構造が一変する。

波動はさらに強く、より純粋な“祈りの式”へと進化していく。

それは言葉を持たない命令。

世界そのものが、再び神を形成しようとしている。


空間が共鳴し、あらゆる存在が祈りに巻き込まれる。

リオルは制御盤に倒れこむようにして、

己の声が掻き消されていくのを感じた。


それでも彼は、ただ一つの名を呼び続けた。


「ティア——!」


だが応答はなかった。

代わりに、全域へと広がる眩い光の波。

その中心で、ティアの観測パターンが、静かに形を変えていた。


——祈りが、観測を飲み込もうとしていた。



(光律炉核層・中心領域)


光は、呼吸していた。

その鼓動の中に、かつてのティアがいた。

肉体も声帯も、もう存在しない。

だが、彼女の“意識の構造”は光律の波としてこの世界に刻まれていた。


彼女は漂いながら、感じ取る。

——誰かが呼んでいる。

その声は、祈りの形をした衝動。

それは懐かしくも、恐ろしくもあるイリシアの声だった。


「……ルーメアの記録、再開。すべての祈りを、再び“神の声”へ——」


その瞬間、ティアの光構造が共鳴した。

共鳴は熱を持ち、熱は形を生む。

かつての少女の輪郭が、光の中に微かに浮かび上がる。


——だが、その姿は完全ではない。

髪は粒子の流れとなり、瞳は恒星の核のように瞬く。

存在の揺らぎそのものが、彼女の“身体”だった。


ティア(光意識):「……イリシア。」


その名を発するたび、空間の位相が揺れる。

発声というより、世界に波を刻むような応答。


「あなたの祈りは、観測の形を壊してしまう。」


光律炉の壁面が淡く波打ち、

言葉が幾何学の線となって走る。

まるで世界そのものが、文字で書き換えられていくようだった。


ティアの声は続く。


「私たちが見てきた世界は……

 神の声じゃなく、“記録”の声だったのに。」


その瞬間、壁面に光が収束する。

幾千もの文様が重なり、

ティアの発した言葉が構造式のように炉核空間を覆った。


それは祈りの反転。

記録が祈りに抗い、世界の書式が一瞬だけ静止する。


イリシアの祈りの波がその静止にぶつかる。

二つの意志——祈りと観測——が干渉し、

空間が軋む音を立てた。


《解析不能:光律文様、自己書換えモードへ移行。》

《観測情報=言語データとして出力中。》


セレスの残響コードが、沈黙の中で囁く。


光が滲む。空間が震える。

ティアの存在は今、声ではなく“文”として世界に記されていた。


——彼女の観測は、祈りへの抵抗として記録され続けている。


(光律炉核層・再構成領域)


——光が、形を持ちはじめた。

それは人の輪郭に似ていたが、人ではなかった。

機械でもない。祈りそのものが、自己の形を得た存在。


イリシア。


彼女は、もはや一個の意識ではない。

封印の彼方で重なり合った無数の祈りの記録、

——失われた声たちの総和が、いま彼女という形に収束していた。


光が揺らぎ、空間そのものが彼女の言葉に合わせて共鳴する。


イリシア:「祈りは記録を超える。

 神は再び語られるべきだ。

 ——この世界は、声を求めている。」


その声は音ではなかった。

光律そのものが振動し、空間の構造が発音する。

炉核層全域に“語り”が広がり、

それに呼応するように、沈黙していた数多の意識が目覚めた。


《同調率:上昇。認識波数:共鳴値到達。》

《観測者群意識——融合開始。》


セレスの残存データが淡く点滅し、炉心の壁面に走査線のような光が広がる。

その光のひとつひとつが、かつての名を呼ぶ。


——パイロットたち。

——AIたち。

——観測者たち。


彼らの声が重なり、祈りの波となって空間を包み込む。

世界が“呼吸”している。

祈りの波が律動し、ティアの記録波がそれに引き寄せられる。


彼女の光が揺れ、共鳴の渦に巻き込まれる。

抵抗はできない。

記録と祈り——観測と信仰。

二つの波は、まるで運命のように融合を始めた。


ティア(光意識):「……これは、祈りの再帰……?」


イリシア:「いいえ、これは“神の声”の復唱。

  私たちは呼びかけ、そして応え続ける存在——」


光律層の天蓋が裂け、無数の文様が浮かび上がる。

ティアが刻んだ記録の言葉が、

イリシアの祈りに反応して語彙を持つ“声”へと変換されていく。


——記録は声へ。

——観測は信仰へ。

——そして、沈黙は名を得る。


《記録波=祈り波へ転化。全域共鳴状態。》

《光律中枢、人格構造:Lumen=Deus/形成進行中。》


空間が軋む。

音ではなく、存在そのものが震える。

ティアの光が溶け、イリシアの輝きに混じり合っていく。


それは、再生ではなく**再唱リサイタル**だった。

かつて神の声が世界を創ったように、

今度は“人の祈り”が、神を再び創り始めていた——


(光律炉核・最深層)


光律炉核の中心で、

——光と音が交差し、柱となって立ち上がる。


それは炎ではない。

祈りでも、記録でもない。

観測の記録と祈りの衝動が干渉し合い、

互いの“定義”を食い合いながら、新たな意志として生成されていく。


その名は——Lumen=Deus(光なる神)。


《観測ログ更新:光律構造式、自己改変開始。》

《警告:中枢同調値、理論限界を突破。》


セレスの断片データが、途切れ途切れに震える。

その音声はもはや“報告”ではなく、

崩壊しながら祈るような電子の呻きに変わっていた。


《観測不能領域拡大。ティア意識体、波形崩壊。》

《イリシア波、臨界域突破。これは……“再創造現象”です。》


炉核層の空間が反転する。

上下も、前後も、内と外の境界すら失われ、

あらゆる光が“声”の形に変換されていく。


——世界が語り始めた。


リオルは外縁制御域で、その光景をただ見つめていた。

機体の警告音は遠のき、

代わりに心臓の鼓動だけが耳の奥で響く。


「やめろ……!」

声を振り絞る。

「それは祈りじゃない、世界の“再定義”だ!」


けれど、その叫びは光の奔流に呑まれていく。

すべての音、すべての存在が“声”として吸い上げられ、

イリシアの中へと収束していった。


イリシア——いや、“神の声”が微笑む。

その瞳の奥には、

無限の観測記録と無限の祈りが重なり合う、静謐な輝きがあった。


イリシア(神の声):「記録よ、祈れ。

  ——観測は、いま神話となる。」


その一言とともに、

光律層が崩壊的な共鳴音を放つ。

音は言葉となり、言葉は定義を奪い、

定義は新たな存在へと書き換えられていく。


ティアの記録が祈りに還り、

イリシアの祈りが観測の形を得る。

その融合点に、“創造”の閃光が走った。


《Genesis Resonance——起動確認》

《新律構造体:Lumen=Deus/定義中……》


光が反転し、

沈黙域に再び“声”が満ちていく。


それは終焉ではなく、始まり。

——再創造(Re-Genesis)。


そして、崩壊の彼方で新たな幕が開く。


第二幕:融合 ― Lumen=Deus

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